第18話 卒業式イブ
三月十六日の夜。
卒業式の前夜だった。ヤスノリは今日、学校で卒業文集入りの卒業アルバムをもらった。卒業生徒がわずか十一名だと、どうしてもアルバムと文集を別々に分けるわけにはいかなかった。
もらった(文集入りの)卒業アルバムよりも先に、家にあった家族の写真が貼られたアルバムをまず最初に眺めてみることにした。ヤスノリの小学校卒業という一つの節目における、中田家の歴史のおさらい、という意味を込めて。
もらったものをさっさと開けてみるのも、なんだか味気ない。楽しみはやっぱり後に取っておかなきゃな…。
二階の部屋に家族写真のアルバムを持ち込んで開くと、亡くなる数年前のものと聞いている、中年の顔をした女性が目に留まった。写真でしか知らない祖母のツギノだった。
おばあちゃんが生きていたら、明日の卒業式にどんな言葉を掛けてくれるのかな。おばあちゃんの声って、どんな声なんだろうな…。
家族写真のアルバムを閉じると、いよいよ、もらったばかりの卒業アルバムを少し緊張しながら開いた。
開かれたページには、わずか十一名の卒業生一人一人の写真が載っていた。ヤスノリはまずハナの写真を探してみる。
写真のハナと目が合った。天然の、くせのかかった髪。まっすぐ見つめてくる瞳でハナは写っている。
一応、自分も含めて他のメンバーの写真にも、さっと目を通す。
卒業アルバムを閉じると、次は、これも、もらったばかりの卒業文集を開いてみた。ヤスノリは文集に載った、この前、提出した自分のメッセージを目で追った。
「お月さん、いっつも桜色。水床島だけの秘密」 中田 康範
自分の言葉と名前が活字になるというのは初めての経験だったし、何か背筋がしゃんとするような感じのいいものだった。
そうだ、ミツアキのやつは、なんて書いたんだろう?
お互いのメッセージはもらった文集で確認する、という約束を思い出して、今度はミツアキのメッセージを見てみる。
「今まで、ずっといてくれてありがとう…」 寺野光秋
ヤスノリは笑ってしまった。
なんだ、あたりまえじゃないか。だって僕たちはいとこ同士だし、今までずっと一緒だったし…。これじゃあまるで、長かった結婚生活を振り返ってみた亭主の言葉みたいだ。なんだ、ミツアキもマス目を埋めるのに苦労して三点リーダーを使ったのか。
じゃあ、ハナはどうだろう?
「時の流れの滸で、思い出という小道で…」 増田ハナ
国語が得意なハナらしい詩的表現だった。字数を数えてみると、最後の三点リーダーを入れてちょうど二十字だった。
でも、ハナのやつ、なんか難しい字を使ってるな。ああ、これって『水滸伝』の『滸』の字じゃないか。そうだ、これ、『ほとり』って字だったんだ…。
ヤスノリは去年の修学旅行前の授業を思い出した。
念のため、『ほとり』をひらがなにした場合の字数を確かめるように指折り数えてみる。
なんだ、十九文字か、最後に一文字余るだけで、ちゃんとマス目に収まるじゃないか…。でも、なんで三点リーダーなんか使おうとしたのかな、『ほとり』って、ひらがなで書いてもちゃんと字数は収まってくれたのに…。
そう思うと、ヤスノリは卒業アルバムを閉じた。




