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第99話 翼の折れたサーカス6

「ここですね」


 溺れる月(モヴァス)のアジトに到着した俺たち。

 すでに深夜のため、都会の繁華街とはいえ周囲には誰もいない。


 アジトは三階建ての石造りで、周辺でもかなり立派な建物だ。

 相当な収益があるのだろう。


「何で儲けてるかは言わずもがな……」


 アジトを見上げると、空には三日月が浮かんでいた。


溺れる月(モヴァス)の名前通り、夜に溺れさせてやるぜ」

「ふふ、やっぱり詩人ですね」

「う、うるせーな」


 恥ずかしさが込み上げてきた俺は、話題を変えようとティアーヌに視線を向けた。

 ティアーヌは大きなリュックを背負っており、見たところ武器を持っていない。


「ところで、ティアーヌは何の武器を使うんだ?」

「私は特注の刺突短剣(スティレット)です」


 ティアーヌがリュックから、長さ三十セデルトほどの刺突短剣(スティレット)を取り出し、黒いベルトで腰に吊り下げた。

 通常よりも細い両刃の刺突短剣(スティレット)は、それこそ刺突に特化しているようだ。


「マルディンさんは、長剣(ロングソード)と腕の糸巻き(ラフィール)ですか?」

「ああ、そうだ」


 今回はリーシュが作った糸巻き(ラフィール)を装着している。

 俺はこれまで、この糸巻き(ラフィール)はクエストだけで使用するつもりだった。

 正直、殺戮になると分かっている状況では使いたくなかった。

 だが素性を明かし、ティルコアを守ると決めた俺は、どんな状況であろうと誇りを持って戦う。

 それが俺の覚悟だ。


「それにしても、そのリュックは大きすぎないか?」


 まるで冒険にでも行くような大きなリュックを背負っているティアーヌ。


「お土産をたくさん持って帰ろうと思いましてね」

「なるほどね。まあ程々にな」

「それでは行きましょうか」

「そうだな」

「夜に溺れさせましょう!」

「うるせーな!」


 俺たちは表の扉から堂々と入った。


 ――


「なんだテメーら!」

「襲撃だ!」

「殺せ!」


 一階に入ると、剣を構えた男たちが次々と襲いかかってくる。


 俺は狭い廊下を進みながら、糸巻き(ラフィール)を操作。

 むしろ狭い場所で本領を発揮するのが(フィル)だ。

 俺に近づく者は武器を落とすと同時に、指や手首を失い廊下にうずくまる。

 廊下には薄っすらと赤い霧が発生していた。


「す、凄いですね」

「お前もな」


 背後から迫る男たちの喉に向かって、刺突短剣(スティレット)を突き刺していくティアーヌ。


「無理しなくていいぞ?」

「大丈夫です。でも、マルディンさんは背後を守る必要もないんですね」

「まあ、(フィル)は全方向に対処できるからな」

「本当に凄いですね」


 話しながら廊下を進む。

 俺たちが通った後は、戦意と身体の一部を失った男たちがうずくまっていた。


「このまま三階へ行きましょう」

「そこがボスの部屋か?」

「そうです」


 廊下を進み階段の入口に差しかかった瞬間、階段の上から飛び降りてくる影に気づく。

 即座に視線を向けると、空中で剣を振り上げた男が迫っている。


「ティアーヌ! 上だ!」


 俺たちは咄嗟に左右へ飛び退いた。


「貴様ら、どこの組織だ?」


 軽い身のこなしで、華麗に着地した男。

 剣士の空気をまとっている。

 相当な腕前だろう。


「上には行かせん。ここで死ね」

「お、お前は! ハカフ!」


 ティアーヌが叫んだ。


「俺の名前を知ってるのか?」


 ハカフと呼ばれた男が一度距離を取り、洗練された動きで長剣(ロングソード)を構える。


「マルディンさん! Bランク冒険者のハカフです! 討伐リストに入ってる危険人物です! 気をつけて! 厄介な相手です!」


 ティアーヌが刺突短剣(スティレット)を構え、男から目を離さずに声を上げた。


 討伐リストということは、ギルドマスターの始末の対象となる。

 思わぬところでギルドハンターの仕事に繋がった。


「マルディンだと? き、貴様! あの」


 言いかけたまま、ハカフと呼ばれたBランク冒険者の首が、胴体とズレ始める。


「だから俺に隙を見せるなって」


 ハカフが何かを言いかけた状態で、口を開いたまま首が床に転がった。

 そして、首を追うように、ゆっくりと前のめりに胴体が倒れる。


「え? う、嘘……でしょ……」


 ハカフの死体を呆然と見つめるティアーヌ。


「さあ、上に行くぞ」

「は、はい……」


 このハカフは雇われの用心棒だったのだろう。

 ハカフを殺したことで、襲いかかる者たちが一気に消えた。

 俺たちは周囲を警戒しながらも、敵に遭遇することなく階段を上っていく。


「この先です」


 三階の廊下に進み、ボスの部屋の前に到着。

 俺とティアーヌは扉の左右に分かれ、壁に背をつけた。

 扉を不用意に開けると弓で狙われる。


 ティアーヌの顔を見つめ、目で合図。

 扉を開け、素早く部屋に侵入するも、もぬけの殻だった。


「窓です!」


 ティアーヌの声に反応し、窓に目を向けると、柱に結んだロープが窓の外へ続いていた。


「窓から逃げたか!」


 俺はすぐに窓から顔を出す。

 すると、ロープをつたって逃げる一人の男が見えた。


「追います!」

「いや、大丈夫だ」


 部屋を出ようとしたティアーヌを制し、俺は街路樹に向かって糸巻き(ラフィール)を発射。

 そのまま窓から飛び出し、(フィル)を巻き取りながら着地。


 地上から壁を見上げると、男はまだロープで下りている最中だった。

 ティアーヌが窓から顔を出している。


「手伝ってあげますね!」

「や、やめろ!」


 男の静止を笑顔で受け流し、ティアーヌがロープを切断。

 二階付近から落下した男は、石畳に膝から叩きつけられた。

 骨が割れる乾いた音が鳴り響く。


「ぎゃああああ!」


 地面に倒れ、のたうち回る男。


「ぐううう。テメー。はあ、はあ。騎士を首になったっていう、い、糸使いだろ……。くそ。あのバカ失敗しやがって。ぐ、ぐう」

「お前、シタームが俺を殺れると思ってたのか?」

「はあ、はあ」

「答えろよ」

「テ、テメー、騎士を首になって……よく生きてられんな。恥ずかしすぎるわ。この追放野郎が。はあ、はあ」


 痛みに悶え、額から大量の汗をかきながらも、俺に悪態をつく男。


「あっそ」


 俺は右膝を蹴り飛ばした。


「ぐああああ」

「なあ、右膝を怪我したシタームに、お前らは何したんだ? 毎日殴って蹴ってたんだろ? 今みたいによ」

「はあ、はあ」

「なあ、答えろよ? もう一度蹴られたいのか?」

「や、やめろ! あ、あんな借金まみれのガキ……。どうなってもいいだろうが」

「その借金は誰が作ったんだ。あ?」

「はあ、はあ」


 男は何も答えない。


「足が痛そうだな。楽にしてやるよ」


 どんなに強がろうが、部下を置いて逃げるようなやつは間違いなく命乞いをする。

 最後の最後で自分だけ助かろうとするクズだ。


「ま、待て! か、金やる。な、金やるから」

「金? いらんよ。死んだら使えないだろ? お前みたいにな」

「ま、待て! 待ってくれ! はあ、はあ」

「お前は今から死ぬんだ。どうだ? 怖いか? ここで終わるんだぞ?」

「はあ、はあ、はあ」

「ほら、少しだけ時間をやるから人生を振り返れよ。クソみたいな人生を」

「た、頼む! 頼みます! お願いします!」

「なあ、どうだ? これから死ぬ気持ちは? 死ぬって怖いだろ?」

「お願いします! 助けてください!」

「お前たちに人生をめちゃくちゃにされた若者も、同じように助けてって言ってただろ? 何で聞いてやらなかったんだ?」

「もうしませんから!」


 男の顔が汗と涙で歪む。

 痛みなのか恐怖なのかは不明だ。

 男は腕の力で身体を起こし、骨が見える血だらけの足で、無理やり正座した。


「お願いします! 命だけは! どうか!」


 そのタイミングで、ティアーヌが扉から出てきた。


「マルディンさん。山ほど証拠を集めてきました。酷いなんてものじゃないですよ。何人か監禁されていた若者もいましたし」

「そうか……」


 俺たちの会話を聞いていた男が、頭を何度も地面につける。


「ま、待て! 待ってくれ!」

「もう二度としないと約束するか?」

「します! します! しますから!」

「そうか」


 身体中の体液という体液を流す男。

 だが、その表情に僅かながら安堵のような笑みがこぼれる。

 何を期待しているのだろうか。


「いい心がけだ。あの世でしっかりやり直せ」

「な! なんで!」


 俺は小さく円を描くように、右腕を振った。


 ティアーヌに視線を向けると、背中のリュックが大きく膨れ上がっている。


「ここはどうするんだ?」

「イレヴスの調査機関(シグ・ファイブ)治安機関(シグ・スリー)に協力を依頼してるので大丈夫です。マルディンさんは先に宿へ行ってください。私も後ほど行きますので」

「そうか。分かった。すまないな」

「ふふ。私がいると便利でしょう?」

「そうだな。助かるよ。ありがとう」


 俺はティアーヌと別れ、深夜も営業している冒険者用の宿へ移動。

 風呂付きの部屋を二部屋取り、血を流した。


 ――


 ソファーに座り、ティアーヌの帰りを待つ。

 窓の外に視線を向けると、薄っすらと赤みを帯びている。


「静かだな……」


 夜明け直前の音のない世界。

 普段なら俺は起きる時間だ。


 その静寂を破るかのように、扉をノックする音が鳴り響く。


「マルディンさん。マルディンさん」


 ティアーヌの声だ。

 俺はすぐに扉を開けた。


「早かったな」

「あれ? 起きてたんですか?」

「ああ、さすがにお前に後始末をやらせといて、寝たりしないよ」

「え? そ、そんなお気遣いいただかなくても……」

「いいんだ」

「優しいですね。ありがとうございます。ふふ」


 部屋に入ってきたティアーヌが、大きなリュックを床に置いた。


「マルディンさん。私もお風呂だけ入らせてください」

「おいおい。お前の部屋は別に取ってあるぞ」

「宿の人には言ってあるので大丈夫です。すぐに発つので、もったいないじゃないですか。それに、マルディンさんがいれば警戒する必要がないので。ふふ」

「ちっ。分かったよ。ちゃっかりしてるな」

「血を流したら出発しましょう」


 俺たちはそのままイレヴスを出発し、ティルコアへ帰還した。

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