第98話 翼の折れたサーカス5
俺は繁華街にある調査機関へ向かった。
「あれ? マルディンさん。どうしたんですか?」
「ティアーヌ、度々すまない。溺れる月のアジトを知りたいんだ」
「溺れる月のアジトですか? ちょっと待ってくださいね」
「すぐ分かるのか?」
「この町に進出しようとしてる犯罪組織は洗い出してます。新しい町に赴任したら、最初にやることの一つですからね。調査機関のマニュアルにあるんです。それに、イレヴスの調査機関からも情報をもらってるので」
「そうか、さすがだな」
「ちょっと待ってくださいね。今書類を取り出しますから」
新しく作られた棚に、整然と並べられている書類。
ティアーヌの性格は、相当几帳面なのだろう。
棚へ移動し、書類を取り出している。
俺はソファーに腰掛け、ティアーヌの様子を眺めていた。
「クワア!」
「あ、ごめんなさい。ファルシル。あなたの活躍も伝えますね」
部屋の奥にある檻の中で、大鋭爪鷹のファルシルが不満げに鳴き声を上げた。
「ん? 何でファルシルがいるんだ? 今朝皇都へ飛び立ったはずだろう?」
俺はソファーから立ち上がり檻へ近づく。
「ファルシルがいつもより頑張ってくれました。おかげで、交差する翼の情報が分かりましたよ」
「おいおい、いくら何でも早すぎないか?」
「なぜでしょうね。マルディンさんのことが気に入ったのでしょうか? つい先程、帰還したんです。ふふ」
檻の中へ視線を向けると、ファルシルが大きなくちばしを開き、少しだけ翼を広げた。
まるで貴族のように優雅な所作だ。
「クワアア」
誇ったような鳴き声を上げるファルシル。
「ファルシルは凄いな。ありがとう。これからも頼むよ」
「クワアア」
「今度美味い肉を持ってくるよ」
「クワア! クワア!」
翼を細かく羽ばたかせ、喜びを表現するファルシル。
次回来る時は、アリーシャの肉屋で差し入れを買ってこよう。
ティアーヌが棚から溺れる月の書類を取り出し、さらに別の書類をテーブルに置いた。
交差する翼に関する書類だろう。
ソファーに座るティアーヌ。
俺も改めてソファーへ移動した。
「お話があったシタームという青年ですが、確かに交差する翼に所属してました。ですが、昨年怪我を理由に解雇されてますね」
「ああ、本人から聞いたよ」
俺はティアーヌに、今回の事情を全て伝えた。
「なるほど。溺れる月に命令されたと……。恐らく日常的な暴力と親への脅迫で、洗脳していたのでしょうね。よくある手口です。シタームはどうしますか? 当局に身柄を引き渡しますか? 事情が事情ですから、それほどの罪にはならないとは思います。何なら根回しもしますよ?」
「あ、いや……。えーと……。すまんすまん。俺の勘違いだ。俺とシタームは顔見知りだった。以前から頼まれていた剣の稽古をしただけだよ。それに、シタームは溺れる月に所属なんてしてないはずだ」
「あ! そうでしたね! 私もうっかりしてました。ふふ」
ティアーヌが書類を手にする。
「シタームの怪我が発生した状況、治療した医師、使い続けた上層部。きな臭いですね。それに、タルースカ本部のこの資料によると、交差する翼は裏で……」
「金貸しと繋がってる?」
「そうです。若手の団員を拘束する手段のようですね。で、使えなくなったらすぐに捨てる。すると、あら不思議。金貸しの背後にいる犯罪組織が近づく。借金のある若者ですから、あとはいいように使われるだけ……。男も女も……」
「胸くそ悪いぜ」
ティアーヌの言葉を聞いて、握りしめていた右拳に気づく。
「もちろん全てのサーカス団で、こんなことが行われているわけではないと思います。極一部に限った話でしょう」
「そうだな。そう願うよ」
「ところで、溺れる月のアジトをどうするんですか? 一応こちらがアジトの情報になりますが……」
ティアーヌが書類の束から一枚抜き取った。
溺れる月はこの町を狙っている。
以前、下部組織を使った進出に失敗したことで、俺を標的にしたのだろう。
シタームのような素人を使って俺を挑発してるのか、それとも本気で俺を殺せると思ってるバカなのか。
もしくは命を狙ってるという警告か。
いずれにせよ、行くだけだ。
「顔が怖いですよ?」
「ん? そ、そうか」
ティアーヌに言われ、俺は深呼吸する。
「アジトはいくつかあるようです。本部はイレヴスの繁華街にありますね」
ティアーヌから書類を受け取った。
内容を確認すると、本部には常時五十名ほど配置されているようだ。
「ティアーヌ。色々とありがとう」
俺はソファーから立ち上がった。
「行ってくるよ」
「何しにですか?」
「挨拶だ」
「一人で行くんですか?」
「そうだ」
書類を片付けるティアーヌ。
「じゃあ私も行きますね」
「おいおい、危険だぞ?」
「危険と分かっていて、一人で行く方がどうかしてますよ」
「ちっ」
「こう見えて私は調査機関の支部長ですよ? それに私がいると色々と便利です。後始末もできますからね。あと、せっかくなので溺れる月の帳簿とか、こっそりいただこうと思いまして。ふふ」
「そうか。好きにするといい」
俺たちはティルコアの中心地にある駅へ向かった。
イレヴス行きの大型馬車に乗車し、二人がけの席に座る。
「マルディンさん。到着は深夜になりますから、少し寝てください」
「大丈夫だ。資料を読みたいしな。さすがに無計画で突入はしないさ」
「え? あ、あの……、こういうのって普通は入念な準備をしますよ? いくら凄腕のギルドハンターでも、突然今日決めて襲撃する人なんていませんから」
「無計画も計画のうちだ」
「あら、なんか詩人みたいですね」
「うるせーな!」
「ふふ」
ティアーヌがリュックから資料を取り出した。
「休息も仕事のうちです」
「……分かった。すまんな。ありがとう」
ティアーヌに感謝して、俺は腕を組み、瞳を閉じる。
騎士団時代の影響で俺はいつでも寝られるし、僅かな睡眠でも体力を回復できる身体になっていた。