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第96話 翼の折れたサーカス3

 翌日、ギルドへ向かうために港付近を歩いていると、百メデルトほど先で手を振る人影が見えた。


「おーい!」

「ん?」

「マルディン!」

「グレクか!」


 手を振るグレクの後ろに、もう一人の男が立っていた。


「よう、グレク。どうした?」

「昨日話したシタームだよ! 突然帰ってきたんだ! いやー、マジで驚いたぜ!」

「シターム?」

「シターム、お前が探していたマルディンだ」


 シタームの顔に視線を向けると、顔が少し赤く腫れていた。

 無理やり薬を塗りたくったようだが、火傷と殴打の痕のようだ。


「シタームです。皇都のサーカス団交差する翼(シルシェット)に所属してます」

「マルディンだ。この町で冒険者をやってる」


 シタームの年齢は二十五歳だ。

 昨日話題になったことで知っている。


 身長はグレクと同じくらいで細身。

 皆が言うように、身体能力は高そうだ。

 しかし、昨日見たサーカス団の連中のような、日々鍛えている身体ではない。

 さらに右足を少し引きずっていた。


「皇都から移動して昨日隣町のイレヴスに到着したのですが、そこでマルディンさんのお噂を聞きまして……」

「噂?」

「はい。元騎士の方がこの町に移住したと聞いたので、一度お会いしたいと思ったんです」

「……そうか。わざわざご丁寧にありがとう」


 シタームはフード付きのケープを羽織っている。

 素材は麻とはいえ、まだ日中は少し汗ばむ時期だ。

 胸のあたりの不自然な膨らみを見て、俺はシタームがケープを羽織っている理由に気づいた。


 シタームを観察していると、グレクが俺の肩に手を置く。


「シタームは滞在中のサーカス団に用事があるらしく、すぐに皇都へ帰るんだってさ」

「そうか。急だな。ゆっくりすればいいのに」

「まあ、交差する翼(シルシェット)っていや、皇都で最も人気のあるサーカス団だからな」

「そうだな。じゃあ、シターム。またどこかで」


 俺はシタームと握手を交わす。

 そこで震える手、手汗、高い心拍数を確認した。


 ――


 シタームたちと別れた俺は、行き先を変更した。

 繁華街にある一軒の廃墟となった酒場へ向かう。

 以前、犯罪組織がアジトにしていた場所だ。

 現在は冒険者ギルドが借りたようで、調査機関(シグ・ファイブ)が事務所として使用している。


「マルディンさん。おはようございます」

「おはよう、ティアーヌ」


 調査機関(シグ・ファイブ)の支部長ティアーヌが出迎えてくれた。

 ティアーヌは支部長でありながら、ギルドハンターのサポート役でもある。


 俺はフロアを見渡した。

 廃墟だった酒場とは思えないほど明るく清潔だ。

 フロアの中心には、五つの机が島のよう並べられている。

 その手前には、応接用のソファーとローテーブル。

 部屋の奥には大きな檻がある。

 バーカウンターがあった場所には、いくつもの書類棚が設置されていた。


「他の職員はいないのか?」

「そうですね。今は皆さん、外出してます」


 外出というか調査などの活動だろう。


「今日はどうしました?」 

「聞きたいことがあるんだ。ギルドハンターとは関係ないんだが、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですよ。何でも聞いてください」

「皇都のサーカス団、交差する翼(シルシェット)の団員を知りたい」

「人物の名前は分かりますか?」

「シタームという二十五歳の男だ」

「分かりました。タルースカの調査機関(シグ・ファイブ)本部に大鋭爪鷹(ハースト)を飛ばしますね」


 俺は部屋の奥の檻にいる大鋭爪鷹(ハースト)に目を向けた。

 檻には名札がついており、ファルシルと記載されている。


「クワアア」


 黄色い大きなくちばしを開き、挨拶するかのように鳴くファルシル。

 俺はモンスター事典を思い出した。


 ◇◇◇


 大鋭爪鷹(ハースト)


 階級 B ランク

 分類 四肢型鳥類


 体長約一メデルトの中型鳥類モンスター。

 翼を広げると、三メデルトの大きさになる。


 非常に高い知能を持ち、狙った獲物を上空に持ち上げ、落下させる狩りを行う。

 また、上空から大岩を落とすこともある。

 人間や家畜はもちろんのこと、中型モンスターですら持ち上げて空を飛ぶ。


 野生の大鋭爪鷹(ハースト)は非常に恐ろしい存在だが、生まれた直後から飼育し訓練すると驚くほど従順になる。

 大鋭爪鷹(ハースト)は自衛能力も高いため、通信手段の中心を担う。

 手紙から国家間の重要書類、軽い荷物まで輸送する。


 高速かつ長距離飛行が可能で、能力が高い個体になると、一日で数千キデルトもの移動が可能。


大鋭爪鷹(ハースト)を飛ばす」は手紙を書くと同義語。


 ◇◇◇


「よろしくな。ファルシル」

「クワアア」


 檻の前で声をかけると、嬉しそうに鳴いて応えてくれた。


「ファルシルの速度なら、明日には返事が来ると思いますよ」

「そんなに速いのか」

「ええ。ファルシルはとても優秀なんです」

「クワアア!」


 ファルシルが力を見せつけるように、檻の中で片翼を広げた。


 ――


 俺は続いてレイリアの診療所へ移動。

 太陽は頭上に来る手前で、昼休憩まで時間がある。

 診察中だろうから、少し待たせてもらうつもりだ。


「あら、マルディン。どうしたの?」


 ロビーに入ると、レイリアの姿があった。


「忙しいところすまんな。ちょっと話があってな。って、診察中か?」

「今は大丈夫よ。今日は診療自体が少ないのよ。皆サーカスを観に行ってる影響ね。ウフフ」


 俺はロビーのソファーに腰掛け、珈琲の用意をしているレイリアに視線を向けた。


「シタームが帰ってきた」

「え? シターム? え! 本当に!」

「ああ、さっきグレクと一緒にいた。だけど、すぐに皇都へ戻るようだ」

「そうなのね。皇都で活躍しているのかしら」

交差する翼(シルシェット)に所属って言ってたよ」

「凄いじゃない!」


 レイリアが珈琲カップを二つテーブルに置く。

 そして、俺の隣に座った。


「いや、そうでもない」

「ん? どういうこと?」

「今日の診察が終わったら、ちょっと付き合ってくれないか? そこで全部話すよ」

「分かったわ。あまり良さそうな事情じゃないようね」

「そうだな。辛い内容かもしれんよ」


 レイリアがそれ以上質問してくることはなかった。


 ――


 夕方になり、俺はレイリアを迎えに診療所へ向かう。

 診療を終えたレイリアが、ロビーで待っていてくれた。


「レイリア。火傷と殴打に効く薬草を持ってきてくれ」

「分かったわ」

「それと、万が一危険な状況だったとしても、絶対に守る」

「ウフフ、何の心配もしてないわ。騎士様」

「ちぇっ。じゃ、行こう。歩きながら話すよ」


 診療所を出て町道を進む。

 白かった雲が、徐々に黄色く染まり始めた。


「これは俺の想像なんだが、シタームは恐らくサーカス団に所属してない」

「え? どういうこと?」

「面識のない俺を探していた。それに季節外れのケープを羽織り、不自然な胸の膨らみ。あれは懐に暗殺短剣(カーティル)を忍ばせている。異常な手汗や心拍数。……恐らくシタームは俺を殺しに来た。だが、初めての殺しで緊張しているってところだろう」

「な、なんですって!」

「俺を狙っているのであれば、犯罪組織だろう。最も考えられるのは、イレヴスの溺れる月(モヴァス)だな」

溺れる月(モヴァス)って、以前あなたが壊滅させた組織に指示してたっていう?」

「そうだ。俺が騎士だったことなども噂になってるだろうし、本格的に俺を排除してティルコアに進出したいのだろう」

「え! 待って! あの子が溺れる月(モヴァス)にいるってこと?」


 普段は冷静なレイリアが、珍しく大きな声で驚いていた。


「あくまでも可能性の話だがな」

「し、信じられない。あんなに真面目でいい子だったのに」

「俺に接触するなら自宅だ。もし、自宅で待っていたら……その可能性は高い」

「……分かったわ」


 ざわめく胸中とは正反対の、のどかな町道を歩く。

 どんなことが起ころうと、この美しい景色は変わらない。

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