第95話 翼の折れたサーカス2
「ジルダさん!」
「げ! フェ、フェルリート! マルディンもいんのか!」
フェルリートが、石工屋海の石の若頭ジルダに声をかけた。
アリーシャも一緒にいる。
「アリーシャもサーカスを観たの?」
「ええ、そうよ。ジルダさんが誘ってくれたのよ」
「凄かったよね!」
「そうね。驚きっぱなしだったわ。フフフ」
フェルリートとアリーシャが会話している隣で、ジルダが俺に向かって必死に表情で訴えかけてきた。
ジルダはアリーシャに好意を持っている。
チャンスとばかりに、サーカスのチケットを使ったのだろう。
早くこの場を立ち去りたい様子のジルダ。
俺になんとかしろと、目で合図を送っている。
「ご一緒いいですか?」
アリーシャが席に座ってきた。
「あ……」
俺は恐る恐るジルダに視線を向けると、怒りと悲しみに満ちた表情を浮かべながら睨んできた。
「……俺のせいじゃないだろ」
「え? なんですか?」
小声で呟くと、アリーシャが反応した。
「いや、なんでもないよ。一緒に飲もうぜ。あっはっは」
「ご一緒……いい……ですか」
ジルダも諦めて席に座った。
血の涙を流しそうなほど、歪んだ笑顔を浮かべている。
「二人とも麦酒でいい? 買ってくるね」
フェルリートが立ち上がると、突然手を振った。
「あー! グレクさん!」
「え? あ! フェル! バ、バカ! 呼ぶな!」
フェルリートに名前を呼ばれた漁師のグレクが、焦ってその場を立ち去ろうとしていた。
「グ、グレク! てめー! 待ちやがれ!」
ジルダが立ち上がって叫ぶ。
それでも逃げようとしたグレクだが、そうはいかなかった。
グレクと一緒にいたレイリアが、俺たちのテーブルに近づく。
「あら、皆も一緒なのね。じゃあ、ご一緒いいかしら」
「どうぞどうぞ! レイリア先生!」
「サーカス凄かったわね。皆で感想を話したいわ」
「ですよねー! 話しましょう!」
嬉々として席を案内するジルダ。
グレクは怒りの形相で、ジルダと俺を睨んでいた。
「俺は関係ないだろうが」
誰にも聞こえない声で呟く。
「あれー! また増えてる! ちょっと待ってて!」
麦酒を持って戻ってきたフェルリート。
テーブルに麦酒を置いて、またバーカウンターへ走る。
「本当にいい娘ね。フェルリートは」
フェルリートの後ろ姿を眺めながら、レイリアが呟いた。
「ええ、自慢の妹ですから」
「そうね。あなたたちは姉妹のようなものだものね」
笑顔で話す二人の隣で、憮然とした表情を浮かべるジルダとグレク。
「なあ、お前たちも幼馴染で兄弟みたいなもんだろ?」
「うるせーよ!」
「てめー、覚えてろよ!」
「俺のせいじゃねーだろ!」
戻ってきたフェルリートと六人で乾杯した。
――
「そういやさ、シタームは元気かな」
「おお、あいつな。皇都のサーカス団へ行ったんだろう? あいつなら活躍してんだろ」
早々に麦酒を飲み干したジルダとグレクは、黒糖酒を飲んでいる。
こいつらは本格的に飲みに走ったようだ。
「シターム?」
「マルディンは知らないよね。この町にいた人で、何年か前に皇都のサーカス団の入団試験を受けに行ったんだよ」
フェルリートが教えてくれた。
「戻ってこないということは、入団して忙しくしてるのでしょう」
「そうね。あの子は真面目だし、あの身体能力は凄かったもの。きっと活躍してるわ」
アリーシャとレイリアが話している。
この二人は葡萄酒を飲んでいた。
「でもよ。一度くらい帰ってきてもいいだろ」
「そうだな。両親は口に出さないけど、心配してるだろうよ」
「この間、診療所にドルムさんが来たわよ。サーカスの話はするけど、息子の話はしなかったわ」
「うちの店にメリーヌさんが来た時も同じでした」
ジルダ、グレク、レイリア、アリーシャが話す内容を聞き、俺は驚いた。
「ん? そのシタームって、父親がドルムで、母親がメリーヌ?」
「そうだよ」
「なんだ。あの二人に息子がいたのか。知らなかったよ」
「二人はあまり話さないからね」
そう言いながら、フェルリートが俺のグラスに黒糖酒を注いでくれた。
ドルムは漁師で、メリーヌは籠編み職人だ。
二人とも寡黙で真面目な性格をしている。
俺は早朝のトレーニングで二人とよく顔を合わせるため、顔見知りだった。
「そうか。息子は皇都のサーカスにいるのか」
「シタームさんは凄かったんだよ。小さい頃に追いかけっこして、唯一勝てなかったのがシタームさんだもん」
「フェルリートが?」
フェルリートの身体能力は目を見張るものがある。
いくら小さい頃とはいえ、そのフェルリートが勝てないとなると、相当な身体能力だろう。
「あいつ、この町で一番足が速かったんじゃねーか?」
「そうだな。フェルリートに勝てたのはシタームだけだからな」
そう言いながら、黒糖酒を飲み干したジルダとグレクが席を立つ。
「おら、マルディン。女性陣の酒とつまみを買いに行くぞ」
「分かったよ」
男三人でバーカウンターへ向かう。
席から離れたところで、ジルダとグレクがお互いの肩に手を置いた。
「グレクよ。次、頑張ろうぜ」
「そうだなジルダ。今日はもう仕方がない」
「ああ、本当にチャンスだったのにな」
「全部マルディンのせいだ」
二人が恨めしそうに、視線を俺に向けた。
「俺は関係ないだろ!」
「てめー、今日の飲み代全部出せよ!」
「お、いいこと言うねジルダ。そうだ、マルディンが出せ」
「ふざけんな!」
言い合いながらバーカウンターへ向かう。
「ほら。早く帰らないと、姫たちの機嫌が悪くなるぞ」
「急げマルディン」
「ちっ、分かったよ!」
席に戻った後は、今日のサーカスの感想で盛り上がった。




