表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第四章 迷いと疑惑の秋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/242

第94話 翼の折れたサーカス1

 ◇◇◇


 ティルコアの隣街であるイレヴスを根城としている犯罪組織、溺れる月(モヴァス)

 イレヴス最大の犯罪組織と言われており、窃盗から殺人まで何でも行う。

 特に暴利の金貸し業で、のし上がってきた組織だ。


 イレヴスの繁華街にある溺れる月(モヴァス)本部。

 その最上階の一室に、いかにもそれらしい風体の男たちが集まっていた。


「おい、ティルコアに住み着いた例の冒険者が、実は元騎士って話を聞いたか?」

「ああ、聞いたぜ。北国の騎士なんだろ?」

「一夜で千人殺ったって話だぞ」

「んなもん嘘に決まってんだろ」

「だったら俺は一万人殺しだ。ぎゃはは」


 高級素材である白理石の大きなテーブルに、十人の男たちが座る。

 溺れる月(モヴァス)幹部たちによる定例会議だ。


「そんなことより、ティルコア進出に失敗して夜哭の岬(カルネリオ)が怒ってるらしい」

「マジかよ。だったらテメーらでやれって話だ」


 以前マルディンが壊滅させた犯罪組織は、溺れる月(モヴァス)の下部組織にあたる。


「おい! シターム!」

「は、はい!」

「珈琲まだかよ! このボケが!」

「はい! ただいま!」


 怒鳴られたシタームという男が、沸かした湯をポットに注ぐ。

 そして、一人一人の好みに合わせて珈琲を淹れていく。


 上座の男が珈琲を口にした。


「熱っ! 冷ませって言ってんだろ!」


 男は湯気が立つ熱い珈琲を、シタームの顔に向かってぶちまけた。


「熱っ! ……す、すみません」

「クソの役にもたたねーな。消えろ!」

「す、すみません」


 怒鳴ったこの男は溺れる月(モヴァス)のボスだ。

 溺れる月(モヴァス)の実質的な支配組織である夜哭の岬(カルネリオ)から、ティルコア進出を急かされている。

 成功させなければ命がないことを知っており、苛立ちが止まらない。


「消えろって言ってんだろ!」


 怒鳴られたシタームは、右足を少しだけ引きずり部屋を出た。


 キッチンで顔を洗うシターム。

 額から頬にかけて痛むため、鏡を見ると赤く腫れていた。

 シタームは大きく息を吐き、濡らしたタオルを顔に当て冷やす。


「俺は……俺は……。なんで……」


 シタームは唇を噛み締め、声を絞り出した。


「おい! シターム! こっち来い!」


 出ていけと言われたのに、すぐに呼び出されたシターム。

 理不尽すぎるが、いつものことだ。


 シタームは部屋に戻り、椅子に深く腰掛けるボスの前で、床に正座した。

 右膝が痛むが、正座しなければ殴られる。


 ボスが一本の暗殺短剣(カーティル)を床に放り投げた。


「テメーがマルディンって奴を殺ってこい」

「お、俺がですか? で、でも」

「うるせえ! 口答えすんな!」


 男が右足でシタームの頬を蹴り飛ばす。

 唇が切れ、鼻血がたれるシターム。


「汚ねー血をつけんな! クソが!」

「すみません」


 左手で鼻を押さえながら、右手のシャツの袖で、男の靴を磨くシターム。


「テメーはクソほど借金が残ってんだろうが!」

「そ、それはもう」

「また口答えか? ああ?」

「い、いえ」

「てめー、失敗したら分かってんだろうな。親がどうなっても知らんぞ?」

「わ、分かりました。やります」


 暗殺短剣(カーティル)を拾い上げたシターム。

 周りの男たちの嘲笑に気づかず、扉へ向かった。


 ◇◇◇


 町役場の隣にある広大な中央公園。

 その中心に建てられた巨大なテントでは、空中ブランコや大玉を使った曲芸、物が消える奇術、何種類もの動物たちによる芸が行われていた。


「すごーい! 見て! マルディン! 凄い凄い!」

「あ、ああ。見てるさ」


 俺はフェルリートとサーカスを観に来ていた。

 

 隣に座るフェルリートが、俺の腕を掴んで身体を揺らす。

 そのおかげでまともに見ることができない。


「きゃー! 見た今の! 空飛んだよ! すごーい! すごーい!」

「そ、そうだな……」


 頭が揺れて全然見えないが、フェルリートが喜んでいるならそれでいい。


「終わっちゃったあ」


 会場に響き渡る拍手喝采。

 しばらくの間、立ち上がって拍手していたフェルリートが、寂しそうに声を上げた。


「さあ、行くぞ」

「うん……」


 テントを出た俺たちは、隣に建てられた大きなテントの酒場へ移動。

 これもサーカス団が運営しているテントだ。


「はあ、凄かったなあ」

「そうだな」

「マルディンはサーカスを観たことあるの?」

「ああ、何度かあるよ」

「いいなあ」


 寂れた港町だったティルコアは、これまで一度もサーカス団が来たことはなかったそうだ。

 町長を中心とした町役場の熱心な誘致が成功し、二週間の開催が決まった。

 昨日から始まったサーカスは、最終日までの全てのチケットが完売したという。


「また見たいなあ」

「だけど、もうチケットは手に入らないぞ」

「そうなんだよね。私は買えなかったもん。マルディンのおかげで観れたけどさ」

「まあ、俺も偶然手に入ったからな」


 先日、町役場へ行くと、サーカス誘致成功を記念したイベントを開催していた。

 イベントの目玉は、サーカスのチケットが当たるくじ引きだ。

 顔馴染みの受付嬢に勧められるがままやってみたところ、チケット二枚が当たった。


 隣で悲しそうな表情を浮かべるフェルリート。

 幼い頃に両親を亡くしたフェルリートは、生活するだけで精一杯の人生だっただろう。

 この娘には、もっとたくさんの経験をさせてやりたい。


「いつか皇都のサーカスに連れてってやるよ」


 世界有数の巨大都市である皇都タルースカには、サーカス団や劇団があり娯楽も盛んだ。


「ほんと? 約束だよ!」

「ああ、いつかな」

「明日行こうよ! 明日!」

「無茶言うなって」

「ちぇっ」


 口をとがらせるフェルリート。

 ひとまず麦酒で乾杯した。


「マルディン、今日はありがとう」

「ん? 気にすんな。いつも世話になってるしな」

「えー? 私の方こそお世話になってるよ?」

「そんなことないさ」

「ふふ。嬉しい」


 フェルリートは、その小さな顔よりも大きな木樽ジョッキを両手で抱え、笑顔で麦酒を飲んでいる。


「あれ?」


 そう呟くと、突然フェルリートの手が止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ