第93話 独身おっさんのお買い物
先日町長と話したことがきっかけで、俺はこの町に土地を買い、家を建てることになった。
自宅となる土地を見学。
町長からは小さな丘と聞いていたが、一つの丘が全て柵で囲まれており、信じられない広さだった。
「マ、マジかよ。何が小さな丘だよ。これが全部俺の土地になるのか?」
一人で住むような広さじゃない。
家を建てても土地が余る。
「こんなに広いなら野菜でも作るか。あっはっは」
金貨十枚という破格の安さで、町長と正式に売買契約した。
俺はついにこの町に居を構えることになる。
――
「土地の次は家だ。ジルダに聞けばいいか」
俺は町の石工屋海の石を訪れた。
「いらっしゃいませー」
「お、ジルダが店番なんて珍しいな」
店舗兼事務所には、若頭ジルダの姿があった。
ジルダは年齢が近く、仲の良い飲み友達の一人だ。
「なんだよ、マルディンかよ」
「おいおい、客に対してなんつー態度だよ」
「だってお前、石買うのか?」
「石っていうか、家を建てようと思ってな」
「家か。そりゃいいな。ん? ……家? え? 家! マジか!」
ジルダの表情が五段階に変化する。
その様子に、俺は思わず吹き出した。
「あっはっは。お前なんだ、その顔は」
「お前! 家建てんのか!」
ジルダは驚きつつも、俺を応接用のソファーに案内して、珈琲を淹れてくれた。
俺は町から土地を買ったことを伝え、詳細が記載された書類を手渡す。
「なるほど、あそこの丘か。いい場所じゃねーか」
「そうなんだけど、ちょっと広すぎんだよ」
「小さな丘とはいえ、丘全部だもんな。まあでも、いいじゃねーか。野菜でも作れよ。はは」
俺と同じことを言うジルダ。
「なあジルダ。海の石で家を作ってくれんのか?」
「ああ、やるぞ。この町は石造りじゃないと台風に耐えられないしな。設計から施工まで全部やってる」
「本当か! 助かるよ!」
「予算はどれくらいだ?」
「予算か。一応金はあると思うんだけど。……なあ、家っていくらするんだ?」
「ん? お前、騎士隊長だったんだろ? 家くらい建てただろ?」
「あー、隊長になった時は、領地と館をもらった。とはいえ、昔からあったものだから俺が建てたわけじゃないぞ」
「す、すげーな。さすが騎士隊長だ」
珈琲をすすりながら、驚愕の表情を浮かべているジルダ。
「お前さ、家を建てるって簡単に言うが、間取りとか考えてんのか?」
「いや、全く考えてない」
「一人で住むのか?」
「そうだ」
「でもお前、この町に定住するんだろ?」
「ああ、もちろんだ」
「じゃあ、将来的に結婚や家族のことも考えないとな」
「相手がいねーよ」
「は? 色々噂は聞いてるっての!」
「どんな噂だよ!」
ジルダが腕を組み、俺を睨んでいる。
「アリーシャさんは渡さないからな!」
「なに言ってんだよ! 関係ねーっつーの!」
何やらぶつくさ文句を言いながら、珈琲を口にするジルダ。
「まあそれは別にどうでもいいのだが。いや、よくないが……。家っていうのは一生ものだ。将来を考えて建てるのは当然だろ。結婚して家族が増えたからって、家を広くするなんて簡単にできないぞ。それに家は子孫に引き継いでいくんだ。だから、俺たちも新たに家を建てることはそう多くない。修復がほとんどで、新築は年間で十件程度だった」
「なるほどね」
「だが、今は町が急速に発展している。転入者は基本的に借家だから、町役場や商人から建設の依頼が殺到してるんだよ」
「今の俺も借家だ」
「普通はそうなんだよ。一生借家に住む人もいるんだぞ? 転入半年で、自分の家を建てるお前が特別なんだ」
ジルダが白紙の紙を取り出した。
数字を記入している。
「この町の石造りで、一般的な家だとしたら……。そうだな。ざっと金貨五十枚ってとこだな。冒険者にとっては安く感じるだろ?」
「そんなことないさ。ただ、冒険者の装備は高額だ。剣や鎧の方が高いこともある」
「そりゃ、剣や鎧は直接命を守るものだし、冒険者の装備はあまりに特殊だ。一般的な物価とはかけ離れてる世界だしな」
「まあそうだな。固有名保有特異種を一頭討伐すれば、それだけで一生食っていけるっていう世界だし」
「ほんと冒険者ってすげーよな。だけど、家だってこだわっていくと、もっと高額になるぞ」
ジルダが紙に大まかな家の絵や、間取りのようなものを描き始めた。
さすがに上手いものだ。
「マルディンの場合は、将来的に家族が増えることを考えて作るべきだ。あと、元騎士って公表したんだ。今後は馬だって持つだろ? 厩舎や物置小屋も作った方がいいぞ。もちろん後から建築することも可能だが、町の発展速度を考えると今作るべきだ。一年後には建築費用がもっと上がってるだろうし、納期もかかると思うぞ」
「なるほどな。早めに対応した方がいいのか」
「そうだ。今ですらすでに建築関係は人手不足だ」
「分かった。じゃあ、そうだな……。予算は金貨三百枚でどうだ?」
「ぶぅぅぅぅ!」
ジルダが驚きのあまり、珈琲を吹き出した。
「おい! 汚ねーな!」
「ごほっ! ごほっ! さ、三百枚だと!」
「ああ。俺は一生この町に住むんだ。金がかかっても構わん。いい家を作ってくれ」
「お前! 金貨三百枚なんて大豪邸だぞ!」
俺はギルドハンターの契約金を全て使うことにした。
財産を没収された経験がある俺は、金に執着心がない。
金を使うことで周りが幸せになるのであれば、それが一番だと思っている。
もちろん、冒険者は金がかかるが、それは今後稼げばいい。
「俺はいい家が手に入り、海の石は儲かる。何も問題ないだろう?」
「そ、そりゃそうだが……。そんな金額、町役場とかギルドの建築と同じ規模だぞ。親方に聞かないとな。こりゃ大工事だ」
「全て任せるよ。好きなように作ってくれ」
「わ、分かった。とりあえず設計図を描くから、仕上がったら見てくれ。そこから色々と決めていこう」
「ああ、助かるよ。あ、希望がある」
「なんだ?」
「地下室を作ってほしい」
「地下室?」
「ああ、何かあった時に避難できるし、葡萄酒を保管できるからな」
「任せろ。何千本も保管できる貯蔵室を作るぞ」
「そんなにいらねーって!」
ジルダが別の書類を用意した。
申込書のようだ。
「いつぐらいに完成する?」
「これだけの予算だ。かなりの工事になる。まあ全部こちらで決めていいのであれば、設計に一ヶ月だろ。火を運ぶ台風までは約九ヶ月か。建築を同時進行で進めたとして……。そうだな。火を運ぶ台風が来る前には、必ず完成させる。そして、火を運ぶ台風にも余裕で耐えられる家を作るよ」
「頼もしいぜ。よろしく頼む」
俺は申込み用紙にサインした。
――
それから数日後、俺は海の石で正式な契約を結び、その場で金貨三百枚を支払った。
親方は驚きつつも、すぐに職人の顔を見せる。
「マルディン、おめーに最高の家を作ってやるぞ! 腕が鳴るぜ!」
「そうだ、親方。一つ頼みがあるんだ」
「なんだ?」
「町に合った外観にしてくれ」
「なるほどね。おめー、いい男だな。がはは。了解した」
親方は俺の意図に気づいたようだ。
俺はティルコアが好きだし、この町の文化を尊重している。
自分の家も、土地の文化にならったものにするのは当然だろう。
「マジで楽しみだぜ。あっはっは」
これで本当に、この地が俺の第二の故郷となる。
いや、もう故郷に帰れないことを考えると、ここが俺の故郷だ。