第91話 南国への転勤1
俺の過去を告白してから一週間以上が経過。
告白直後は町行く人々から質問攻めにあっていたが、それも落ち着いた。
俺の想像とは反対に、皆好意的だったことに驚く。
町の人には感謝しかない。
「この町に来て本当に良かったな」
秋の風を感じながら、ギルドへ向かってのどかな町道を歩く。
ギルドに到着すると、入口にラーニャが立っていた。
「マルディン!」
俺に向かって大きく手を振るラーニャ。
珍しく興奮しているようだ。
「どうしたんだ? そんなに興奮して」
「聞いてよ! この出張所が支部に昇格したのよ!」
「支部に……? マジか!」
「ええ! マジよ、マジ! やったわあ」
ラーニャが俺の言葉を真似しながら、手を叩いて喜んでいる。
「実は支部の規定には少し足りなかったけど、急速に発展してる町だし、嘆願書を書いて申請したのよ」
「そうか、やったな!」
「アリーシャちゃんと、ラミトワちゃんがBランクを取ってくれたおかげよ」
「お前自身がBランクを取ったのも、このためだったのか」
「そうよ。あとはマルディンの影響もあるのよ」
「俺の? いや、Cランクじゃ何もないだろう?」
「詳しく話せないけど、クエストの達成率とか規定の収益があってね。マルディンが来てから、向上していたのよ」
「そうか。まあ力になれたのなら良かったよ」
「ウフフ。ありがとう!」
ラーニャが俺に抱きついてきた。
「やったわ!」
「お、おい!」
これほど喜ぶラーニャは初めて見た。
よほど嬉しいのだろう。
俺も素直に祝うことにした。
「まあいいか。本当におめでとう」
「うん! ありがとう!」
しばらくして、俺たちは主任室へ場所を移す。
ソファーに座ると、ラーニャが珈琲を淹れてくれた。
「お、すまないな。ありがとう」
「ギルド総本部からの通知と一緒に、ラルシュ産の珈琲豆も送ってくださったのよ」
俺はカップを手に取り、香ばしく芳醇な香りを楽しみ口に含んだ。
「こりゃ美味いな」
「今やラルシュ王国の特産品の一つだもの」
珈琲を飲みながら、焼き菓子を一つつまむ。
甘い焼き菓子と、苦みと酸味のある珈琲の組み合わせは絶妙だ。
「ところで、支部になると何が変わるんだ?」
「ギルド本部からの援助が厚くなるわ。助成金や設備投資もしてくれるのよ。何より、支部になったことで主要機関の支部が設置されるの」
「ということは、開発機関に依頼する時でも、イレヴスまで行かなくて済むのか」
「ええ、そうよ。だけど、うちは特例で支部に昇格したし、近くのイレヴスに全機関が揃ってるから、まずは調査機関、研究機関、開発機関が設立されることになったわ。将来的には全機関が設立されるけどね」
「そうなると、このギルドの建物は狭いんじゃないか?」
「将来を見越して、新しいギルドを建てる計画があるそうよ。とはいえ来年以降だから、しばらくはこのままね。各機関は町の建物を利用することになるわ」
「そうか。でも楽になるな」
ラーニャが珈琲を口にした。
そして、笑みを浮かべて俺を見つめている。
「ウフフ。次はマルディンの番よ?」
「そうだな。タイミングを見て昇格試験を受けるよ」
「Aランク?」
「バ、バカ言うな! Bランクに決まってるだろう!」
「えー、でもマルディンならAランクも取れるでしょう? 元騎士隊長だもの」
「さすがに無理だ。それに、あの試験は運にも左右される。受験者のレベルが上がれば上がるほど残るのが難しい」
「……まあそうね。確かにあの試験は厳しいものね。でも期待してるわ」
「まあ、頑張るよ」
その後も今後の体制について話をして、俺はギルドを出た。
なお、ギルドハンターに関しては、当然ながら極秘扱いだ。
――
俺は町の酒場に到着。
ここで人と会う約束をしている。
店員に待ち合わせを伝えると、すでに来ていると個室に案内してくれた。
「マルディンさん、初めまして。ティアーヌと申します」
「初めまして。マルディンです」
ティアーヌと名乗る女性が立ち上がった。
明るい金色の長髪が特徴的で、白い長袖シャツに黒いタイトなズボンを合わせている。
この国ではあまり見かけない服装だ。
握手を交わし席につくと、ちょうど店員が麦酒を木樽ジョッキで二杯持ってきた。
「マルディンさんはお酒を飲まれると伺っていたので、注文しておきました。料理も注文してます」
お互い麦酒を一口飲んだ。
「それにしても、この国は秋でも暑いですね」
「確かにそうですね。夏を経験した俺は涼しく感じますが、祖国の夏よりも遥かに暑いです」
「マルディンさんはジェネス王国出身とお聞きしています。私はイーセ王国北部の出身で、同じくらい寒い場所でした。ですから、この暑さに驚いてます」
「イーセ王国北部でしたか。あそこも寒いと聞いてます」
「はい。まさかそんな私が南国に転勤できるとは思いませんでした。辞令が出た時は本当に嬉しくて。ふふ」
そう、このティアーヌは冒険者ギルドの職員だ。
俺がギルドハンターに就任したことで、サポート役をやってくれることになっていた。
「実は私、調査機関の支部長として、この町に転勤してきたんです」
「調査機関支部長?」
「はい。そして、ギルドハンターとなるマルディンさんのサポートも行います。内容は交渉、調査、報告、総本部との連絡などです。他にも御用があれば、何なりと仰ってください」
「待ってください。なぜ調査機関なんですか? ギルドハンターは治安機関の管轄でしょう?」
「仰る通りですが、ティルコア支部にはまだ治安機関が設立されません。そのため当面の間、私が兼任することになりました」
「そうなんですね」
「私はマルディンさんの経歴を存じ上げてますので、お互いの仕事のために、私の経歴をお伝えします」
ティアーヌが自分の経歴を話してくれた。
ティアーヌの年齢は二十八歳で、十代の頃から調査機関の諜報員として活動。
現在も現役の諜報員として活動することもあるそうだ。
「以前は主任でした。実は支部長へ昇格と同時に、転勤が決まりました」
「昇格の条件が転勤だったとか?」
「そこまで露骨ではないです。元々私は南国への転勤を希望していたので、考慮していただいたのだと思います」
「南国へ転勤? なぜですか?」
「マルディンさんと一緒です。暖かい土地に住んでみたかったんです」
「なるほど。その気持ち、よく分かりますよ」
「私の活動地域は、イーセ王国北部とジェネス王国北部でしたから、本当に寒さが厳しくて」
イーセ王国西部と、ジェネス王国東部の国境は隣接しており、両国とも北部は北海に面している。
特に海岸沿いは、北海からの冷たい風が常に吹きつける極寒の土地だ。
「ジェネス王国北部ってことは……」
ジェネス王国北部は、俺の生まれ故郷でもある
「はい。セーム港の事件も知ってます」
「そう……ですか」
「たった一人で北方蛮族船団を壊滅させたなんて凄いです。私はその話を聞いて、一度マルディンさんにお会いしたいと思っていました」
笑顔を見せるティアーヌ。
北部出身らしく、肌は白くきめ細かい美しさだ。
ティアーヌが麦酒を口にした。
笑顔だった表情が僅かに硬くなる。
「あの、マルディンさん」
「なんですか?」
「ティルコアの町の人に、セーム港の事件をお話されたとお伺いしましたが……」
「そうですね。全て話しました」
「その……千人殺しも?」
その言葉に反応して、俺はティアーヌの瞳を見つめた。




