第90話 告白2
診療所の前に到着したが、レイリアは診療中だったため、俺は一旦ギルドへ戻った。
「昼飯でも食うか」
食堂のカウンターへ行くと、アリーシャとラミトワが座っていた。
二人の前にはフェルリートが立ち、三人で楽しそうに会話している。
「ちょっといいか?」
「マルディン。どうしたの?」
フェルリートが俺に気づくと、アリーシャとラミトワも同時に振り返った。
「話があるんだ」
「「「「話?」」」
ちょうど三人揃っていたため、俺は全てを話した。
――
「おっさんが騎士! すっげー! かっけー!」
「私はマルディンの実力を知ってましたから」
「わあ、マルディンって偉い人だったんだ」
三人がそれぞれの反応を見せた。
どれも好意的だ。
だが、アリーシャとフェルリートは、少し曇った表情を浮かべている。
「あの、マルディンは……この町を離れるんですか?」
「ん? なぜだ? 今後も住み続けるさ」
胸に手を当て、大きく息を吐くアリーシャ。
フェルリートにも安堵の表情が見えた。
「良かったあ。秋になって、マルディンに元気がなくて悩んでる様子だったから、もしかしたら町を出るのかなって皆が噂してたの」
「俺が? まあ確かに悩んでたが、町は出ないよ。それに俺は家を建てるからな」
「「「家!」」」
アリーシャとラミトワが立ち上がり、フェルリートはカウンターに乗り出して驚いていた。
「なに! おっさん、家建てんの!」
「どこに住むんですか?」
「えー! すごーい!」
過去の話よりも食いつきがいい。
この娘たちにとって、俺の過去はあまり関係ないようだ。
「場所は今の家の近くの小さな丘だ」
ラミトワが俺の腕を掴む。
「マルディン! 私の部屋を作って!」
「は? 何でだよ!」
「いいじゃん! あの丘なら土地は広い! シャルムの家も建てて、荷車も置く!」
さすが優秀な運び屋だ。
すぐに土地が分かったらしい。
「あー、申し訳ないが、お子様は入れない土地なんだよ。すまんな」
「ふざけんな!」
怒河豚のように頬を膨らますラミトワ。
俺の背中を、まるで太鼓を叩くように両手で殴りつけている。
何も痛くないどころか、マッサージのようで気持ちが良い。
その様子を見たアリーシャが、声を出して笑っていた。
「マルディン、珈琲淹れたよ」
フェルリートがカウンターに珈琲カップを置く。
俺はラミトワの頭を軽くなでて、椅子に座った。
「いいなあ。私も一緒に住みたいなあ」
「おいおい、お前だって家があるだろう」
「でも私は一人だもん。マルディンと一緒に住んだら、毎日ご飯作れるのになあ」
「ま、まあ、それはあれだ……。ありがたいが、たまにな。たまに……。いてっ!」
突然背中を殴られた。
ラミトワだろう。
「なんでフェルリートはいいんだよ!」
「お前料理できないだろ?」
「フフフ、分かった! そこまで言うならいいだろう! おっさんに私の必殺の料理を食わしてやる!」
「いやいや、本当に死ぬだろ?」
「うるさーい!」
大騒ぎするラミトワ。
「あっはっは。お前は本当におもしれーな」
窓から涼しい風が入る。
俺は娘たちを眺めながら、珈琲を口にした。
フェルリートが用意した紙に、全員思い思いに家を描いている。
ラミトワの絵が驚くほど上手い。
「お前、めちゃくちゃうめーな」
「だろー! 私は絵も上手いんだ! このまま設計図だって描くよ。私の部屋はっと」
「ってか、なんで城なんだよ」
「え? だって私お姫様だもん」
「お姫様? えーと、フェルリート姫に、アリーシャ姫だろ」
俺は食堂を見渡した。
目の前のラミトワに視線を向ける。
「あ、メイドの方ですか?」
「ふざけんじゃねーぞ!」
「あっはっは」
俺が冒険者ランクを上げようと決意したのは、この娘たちのおかげだ。
「まあ、完成したら遊びに来いよ」
「絶対住み着いてやるからな!」
ラミトワが描いた家には、『私の家』と大きく文字が記されていた。
――
夏よりも日の傾きが早い。
空が赤みを帯びてきた頃に、レイリアの診療所に到着した。
「あら? マルディン、どうしたの?」
「話があるんだ」
「話?」
俺の顔を見つめているレイリア。
そっと俺の左腕を二回叩いた。
「ねえ、ちょっと散歩しない?」
「そうだな。少し歩くか」
行き先を決めずに、二人で歩き始める。
俺は唐突に騎士だったことを伝えた。
「あなたが月影の騎士?」
「そうだ」
「なんだ、やっぱり騎士だったんじゃない」
「……そうだな」
「ウフフ。じゃあ、本物の騎士様に守ってもらえるわね」
「そうもいかないだろうよ」
「どういうこと? この町を出るの?」
「いや、住むよ。家を建てることにした」
「あら、家を建てるのね。誰かと住むの?」
「一人に決まってるだろ」
「ウフフ、そうなのね。じゃあ私が住もうかしら」
「お前は自宅があるだろ!」
レイリアまで住むと言い出した。
まあこれは大人の冗談だろう。
「で、そんなに深刻な表情をしてる理由は? 浮気でもしたの?」
「な、なに言ってんだ! ってか、浮気ってなんだよ!」
俺は立ち止まった。
レイリアが二歩先で立ち止まり、俺に振り返る。
「レイリア。俺はこれまで何人もの人間を殺してる」
「人を……?」
「そうだ。それに一夜で千人を殺したこともある殺人鬼だ」
「そんな卑下して言わないの。あなたは騎士だったんでしょう? 状況ってものがあるじゃない」
「そうだが。それでも」
レイリアが二歩進み、俺の正面に立つ。
そして人差し指を立て、俺の唇に押し当てた。
「そうね……。医師という立場だと、思うところはあるわ。それに、あなたのことを知らなければ恐れたでしょう。町の人だって、出て行けと言ったかもしれない」
唇から指をそっと離すレイリア。
「だけど、あなたはこの町で何人もの命や心を救ったのよ。たった半年で信頼を築いたの。皆があなたという人を知っている。だからこの町の人たちは、あなたを恐れることはないわ。とっくに町の住人として受け入れているのよ? でももし……。もし皆があなたを恐れたとしても、私だけは信頼してる」
「……ありがとう」
優しく微笑むレイリアが俺の隣に立ち、腕を回して背中に触れた。
「ねえマルディン。今日の夕飯、一緒にどう?」
「飯? まあいいけど」
「じゃあ、今から買い物して、あなたのお家に行きましょ。ごちそう作ってお祝いよ」
「家で? ってか、お祝いってなんだよ」
「あなたがこの町に住むって覚悟を決めた日?」
「そんなもん、とっくに決めてるよ」
「じゃあ、私とずっと一緒にいるって決めた日?」
「な、なんだよそれ!」
「ウフフ。理由なんて何でもいいじゃない。私が一緒にいたいのよ」
「くっ……。ア、アラジ爺さんの飯はどうすんだよ」
「父は今、友人たちと旅行よ。明日帰ってくるんだって」
レイリアが腕を組んできた。
これほど嬉しそうなレイリアは初めて見る。
「騎士団時代の話をもっと聞きたいわ」
「良い話なんてないぞ? 皆騎士を勘違いしてる。華やかなことなんて何一つない。血生臭い話ばかりだ」
「それでも聞きたいの」
「ちっ、嫌いになっても知らねーぞ」
「あら? 私に嫌われたくないから話せないの?」
「うるせーな! ちげーよ!」
「うふふ。嬉しい」
今日のレイリアはやけに絡んでくる。
俺の腕から離れない。
「ねえ、今日はこのまま泊まるわね」
「ダメだ! 帰れ!」
「いいじゃない」
「ダメだ!」
「うふふ」
レイリアと町道を歩く。
水平線に沈みゆく太陽が、俺たちを背後から照らす。
二人の影は丘の上まで伸びていた。




