第88話 田舎の訪問者5
ギルドハンターに任命された俺は、翌日からウィルの指南を受けることになった。
ウィルが言うには、俺のギルドハンター適性は問題なく、むしろ向いているそうだ。
正式な任命書は後日送られてくる。
なお、俺のギルドハンター就任に関して、ギルド上層部以外には極秘だ。
ティルコア出張所にも知られてはいけないと念を押された。
ムルグスは一週間ほど滞在して町を視察。
中央局の局員として、急速に発展していくティルコアの問題点を挙げていた。
この問題点と、ムルグスの権限を使えば、この町に皇軍の駐屯はほぼ確実だそうだ。
ムルグスとウィルが滞在してる間は、毎日三人で酒を飲み、仕事の苦労などを笑い飛ばした。
そして、ムルグスは皇都タルースカへ、ウィルは冒険者ギルドの総本部へ帰っていった。
◇◇◇
タルースカ空港に到着したムルグス。
迎えに来ていた馬車に乗り込む。
「室長、出張お疲れ様でした。いかがでしたか?」
「魚と酒が美味かったねー」
普段は昼行燈として知られているムルグス。
緊張感のかけらもない、間延びした口調だ
「いいですね。私もいつか行ってみます」
「これから発展する町だからね。行くといいよ。楽しいよー」
部下から分厚い書類の束を受け取ったムルグス。
不在時の報告書だ。
ムルグスは部下と会話を楽しみながらも書類に視線を落とし、ページを一枚、また一枚と素早くめくっていく。
全てを読み終えると、的確な指示を出していた。
馬車は特殊諜報室の本拠地である中央局都市開発室に到着。
室長室へ移動したムルグス。
部下が淹れた珈琲を口にすると、机に両肘をつき手のひらを組む。
そして、表情を引き締めた。
「マルディンのことは放置して構わない」
「え? 放置……ですか?」
「奴は本当に祖国を追放され、この国に移住しただけだった。何の野心もないし、国や町に危害を加えることもない。むしろ、町を守る存在になっているほどだ」
「そ、そうだったんですね」
「マルディンはティルコアに永住するつもりだ。もうエマレパ国民といってもいいだろう。となると、あれほどの腕を冒険者ギルドだけに使うのはもったいない」
「え?」
「我が国のためにも力を使ってもらう」
「どういうことですか?」
ムルグスの口元が僅かに緩む。
「つまり、仕事を依頼するってことだ」
「仕事ですか?」
「そうだ。戦闘力、行動力、判断力など全てにおいて突出している。この国に、私と同等の諜報員はいると思うか?」
「いえ、おりません。誠に失礼ながら、諜報という観点では陛下も及ばないかと……」
「マルディンは私と同等だ」
「え! ま、まさか!」
「凄いだろう。それほどの人材がこの国に来たんだ。それに見た目は外国人だ。容姿が役に立つこともあるだろう」
ムルグスは背もたれに身体を預けた。
「ひとまず、今後のことは考えるよ」
「かしこまりました。それでは、失礼いたします」
部下が退室するため、扉へ向かう。
「そうそう。くれぐれも陛下には悟られるんじゃないよー」
「も、もちろんでございます!」
扉が完全に閉まったことを確認し、ムルグスは椅子を回転させ、窓の外に視線を向けた。
「それにしても、いい友人ができたな。ははは」
マルディンと飲み明かした日々を思い出し、笑みがこぼれるムルグスだった。
◇◇◇
ギルドハンターの指南役を努めたウィル。
剣の稽古も行ったが、実力的には問題ないどころか、自分と互角だったことに驚きを隠せなかった。
もし実戦で糸巻きを使われたら危ないかもしれない。
「さすが次期団長と言われただけあるな。頭も切れる。あれほどの戦力を手放したジェネス王国はマジで愚かだよ」
マルディンの吸収力と理解力は高く、五日間を予定していた授業は二日で終わった。
「いやー、あんな人材が手に入るなんて、ギルドは良い買い物したよ。契約金を奮発してもいいんじゃないかな。アイツおもしれーし、今すぐにでもうちの騎士団で雇いたいくらいだ。ハハ」
マルディンへの指南が早々に終わっても、ウィルは予定した滞在を切り上げることはなかった。
ティルコアの魚料理を楽しみ、マルディンたちと酒を飲む日々を過ごすウィル。
遅めの夏休みと勝手に称していた。
そして全ての日程が終了し帰国。
ティルコアからラルシュ王国まで移動は、飛空船を乗り換えれば二日だ。
これがもし以前のような陸路だったら、一ヶ月以上かかっていただろう。
ギルド総本部に到着したウィルは、さっそくマスター室を訪れた。
「ただいまー」
「あら。ウィル、おかえりなさい」
ギルマスのオルフェリアが出迎えた。
応接用のソファーへ移動し、ウィルに珈琲を入れるオルフェリア。
「マルディンはどうでした?」
「黒紙だもん。断れるわけないっしょ。ちゃんとギルドハンターをやるってさ」
「それは良かったです」
「だけど、ちょっと予定が変わったよ」
「変わった?」
「マルディンはランク昇格試験受けるよ」
「もう実力を隠さないってことですか?」
「そうだね。色々と悩んでたけど、吹っ切れたみたい。町を守るってさ。良い顔してたよ」
「でもギルドハンターを引き受けたんですよね? 最終的にどう着地させたのですか?」
「これまでと変わらず、普段はティルコアで冒険者をやる。こちらから依頼した時だけ、ギルドハンターをやってもらうことにした。いいよね?」
「なるほど……」
カップを手に持つオルフェリア。
珈琲豆の芳醇な香りを楽しむかのように瞳を閉じた。
自国産の珈琲をゆっくりと堪能し、ウィルへ視線を向ける。
「ウィル、良い判断をしましたね。お見事です。私たちは慣例に囚われず、時代に合わせて柔軟に対応していく必要があります。あなたに行ってもらって良かったです。フフ」
褒められたウィルは、右手の人差し指で鼻先を軽く弾いた。
間違いなく照れている。
そんなウィルを優しく見つめるオルフェリア。
「マルディンがティルコアに滞在するのであれば、サポートをつけてあげましょうか」
「それいいね。連絡含め雑務を任せられれば、ギルドハンターに集中できるもん」
「もう少しすれば、ティルコア出張所が支部に昇格する通知も届くでしょう。これからマルディンは忙しくなりますよ」
「田舎町でくすぶってたみたいだけど、アイツがやる気を出せば楽勝だよ」
「あら、あなたが人を褒めるなんて珍しいですね」
「そ、そんなことないって! でもさ、聞いてよ。傑作なのが、アイツってさー」
嬉々としてマルディンのことを話すウィル。
オルフェリアは笑顔を浮かべながら、その話に耳を傾けていた。
◇◇◇




