表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第四章 迷いと疑惑の秋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/241

第87話 田舎の訪問者4

 俺は黒糖酒を一気に飲み干す。

 すると、ムルグスも黒糖酒を一気に飲み干し、音を立ててグラスをテーブルに置いた。


「マルディン。実はな……。私はあの日、セーム港にいたんだよ」

「なんだと?」

「当時の私は北方圏を担当していた。あの事件をこの目で見ている」


 俺のグラスに黒糖酒を注ぐムルグス。

 続けて自分のグラスにも注いだ。


「そうか。お前はあの場にいたのか」


 糸巻き(ラフィール)を初見で対応した理由が分かった。

 当時の糸巻き(ラフィール)とは違うものだが、俺が(フィル)を使うことは予想していたのだろう。


「あの時の貴様は、……死神そのものだったよ」


 数年前、ジェネス王国の北海に面する港町セームに、北方蛮族(ヴァルキル)船団十隻が急襲。

 様々な悪条件が重なったこともあり、俺が一人で対応。

 そして俺は、大切なものを守るために、北方蛮族(ヴァルキル)千人を皆殺しにした。


「そうだな……。俺は……。一人残らず……首を落としたよ」


 そう、俺の手は血塗られている。

 いくら町を守るためとは言え、一夜で千人を殺した。


 個室に静寂が流れる。

 その空気を破るかのように、店員が注文したフリッターを運んできた。

 あの美味い店ほどではないが、この店のフリッターも美味い。


「お! フリッターだ! これを食べにわざわざ来たんだよ」


 ウィルが湯気立つフリッターを熱そうに頬張りながら、俺に視線を向けた。


「セームの千人殺しは、ジェネス王国でも情報統制されてるんだろ? この国でバレる可能性は低いと思う。だけど、万が一バレたらどうすんだ? それこそ住民はアンタを恐れるんじゃないか?」

「いや、もういいんだ。バレようが恐れられようが関係ない。俺はティルコアに住み続ける。この町をセームの二の舞いにはしない」

「自分のことより、町を守るって?」

「そんな立派なもんじゃないがな。だが……、セームのような惨劇は、もう二度とごめんだ」

「ふーん。でもアンタ、ギルドハンターやんないとギルドを追放されるんだぜ?」

「その時は別の仕事を探すさ。大切なものを失う痛みに比べたら、新しい仕事を覚えるなんて楽なもんだ」


 俺の話を聞きながら、フリッターを全て平らげたウィル。

 店員を呼び、フリッターをもう三皿注文した。


「……まあオルフェリアさんも、マルディンの状況を考えた上での任命だったしな」


 腕を組み、何やら呟いているウィル。


「オルフェリアさんには説明すれば大丈夫っしょ」


 ウィルが俺のグラスに黒糖酒を注いだ。


「マルディン。アンタはもうBランクでもAランクでも好きに昇格していいよ」

「どういうことだ?」

「この間のクエストの報告書を読んだけど、確かにこの町は狙われている。だからアンタはこれまで通り、この町で冒険者を続ける。で、ギルド総本部から依頼があった時だけ、ギルドハンターとして働いてもらう。これならいいだろ?」

「勝手に決めていいのかよ。お前にそんな権限あるのか?」

「ギルマスには説明する。大丈夫さ。オイラはこう見えて結構偉いんだよ。それに、ギルドハンターにも働き方改革が必要だ。ギルドハンターはあまりにも暗く、日の光を浴びないからな。オイラは痛いほど知ってるよ」


 まるで経験者のような言い方だ。

 いや、きっとウィルは経験者なのだろう。


「ってことで、ギルドハンターを頼むぜ」


 俺だって、できれば冒険者はやめたくない。

 ギルド側が歩み寄ってくれたのであれば、俺も妥協すべきだろう。


「お前の言う条件なら……いいだろう」

「大丈夫。約束するよ」


 俺は黒糖酒を飲み干し、グラスを見つめる。


「ふう……」


 ここ最近の心の奥に引っかかっていた悩みが、空になったグラスのように消え失せていた。

 まるで火を運ぶ台風(アグニール)通過後の晴れ渡った青空だ。

 心が軽い。


「んじゃ、オイラは一週間ティルコアに滞在する。で、アンタにギルドハンターのルールを教えるよ」

「仕方ねーな」

「あのさー。オイラはギルドハンターだったから大先輩なんだぜ」

「じゃ、先輩。今日はご馳走になるよ」

「はあ! ふざけんな! アンタの方が歳上だろ!」

「いやいや、大先輩の顔を立ててだな」

「ちっ、まあいいけどよ。予算出てるし。でもムルグスは自分で払えよ」


 ウィルが視線を向けると、ムルグスは店員を呼び、黒糖酒三本と魚料理を追加で注文していた。


「いや、ここは私が受け持とう。情報を聞かせてもらった代金だ」

「マジかよ。羽振りがいいねー。んじゃ、お言葉に甘えてごちそうになるぜ」


 ウィルが満面の笑みで、残った黒糖酒をムルグスのグラスに注いだ。

 俺もムルグスの顔を見つめる。


「いいのか?」

「ああ、構わない」


 ムルグスが黒糖酒に口をつける。

 その表情は穏やかだ。


「私はこの町に来て、町の人にマルディンのことを聞いて回った。皆言うことは一緒だったよ」

「な、なんだよ。悪口でも言ってたんじゃねーのか?」

「ははは。そうだな、お前は口が悪いと言っていたよ」

「ちっ! マジの悪口じゃねーか」

「ははは。そうでもない……。私は人の闇に触れ、暴くのが仕事だ。だけど、住民がお前のことを話す姿を見てな。私は……感動したんだよ」

「な、なんだよ急に」

「私がもし祖国を追放された状況でこの町に住んだとして、お前と同じような行動ができるのか。たった半年で、あれほどの信頼を得られるのだろうか、とな」

「そんな立派なもんじゃねーって。それによ、この町は老人が多いから、助けなきゃ死んじまうだろ」

「照れるなよ。ははは」

「照れてねーよ! ちっ」


 俺はグラスを掲げ、ムルグスと乾杯した。


「マルディン。私は一週間ほど視察という名目で、この町に滞在する。まあ実際本物の視察だがな。私は中央局の役職でもある。この町の発展を確認して、皇軍駐屯を中央局に働きかける」

「ああ、頼むよ」


 店員が黒糖酒のボトル三本と、いくつかの魚料理を持ってきた。


「マルディンさん。これ料理長からのサービスです」


 大きな丸皿に、薄く切られた一角鮪(グラーダ)の刺し身が、まるで絵画のように美しく並べられている。


「マジかよ! いいのか?」

「もちろんです。いつもご利用いただいてるので。ではごゆっくり」

「ありがとう。料理長によろしくな」


 店員は空気を読んで、すぐに下がった。

 皿を見てウィルが喜んでいる。


「んだよ、マルディン。国外追放されても、この田舎町で楽しんでんじゃねーか。羨ましいぜ」

「そんなことねーって。ただ、この町は最高だけどな」

「いいなあ。オイラものんびりしたいよ。上の理不尽な命令、下からの文句に大変だもん」

「騎士団時代の俺もそうだったよ。中間管理職の定めだ。頑張れ」


 俺はウィルの肩を叩いた。

 ウィルは少し目を細め、今度は羨ましそうな表情でムルグスに視線を向けた。


「アンタは組織のトップだ。自由だろう? いいよなあ」

「ん? まあ私は組織のトップだが、もちろん上はいる。それに……、我が陛下は本当に……。はああ……。本当に厄介でな」


 大きく溜め息をつくムルグス。

 エマレパ皇帝陛下といえば世界三大剣士の一人だ。


「そうなのか? 祖国のバカ王と違って、エマレパ皇帝は立派な武人じゃないのか?」

「確かに尊敬できるお方だ。だが、困ったお方でもあってな。お前が国外追放になったと聞いた時、勝負したいと言い出して特殊諜報室(ホルダン)に消息を探せと命令が下った。さすがに全力で止めたがな」

「マ、マジかよ」

「陛下は一人で城を抜け出すクセがある。皇太子時代は、他国の王に剣を習いに行ったほどだ。だからお前の消息は隠すつもりだ」

「た、頼むぜ。エマレパ皇帝が来た日にゃ、俺もどうしていいか分からんぞ」


 俺たちの会話を聞きながら、一角鮪(グラーダ)の刺し身を頬張るウィル。


「なんだよ、どこも一緒か。理不尽な上に苦労してるんだな。うちは国王と王妃が揃って人外だし、ギルマスも大概だよ」


 ラルシュ国王と王妃の噂は、俺も聞いたことがある。


「そっちの国王と王妃は世界三大剣士の二人か。噂はたくさん聞くよ。マジの化け物ってな。しかも王妃は世界三大美女だろ」

「そうだ。そして王妃は元冒険者で、国王は現役の冒険者だ。この二人はもう何でもありだよ」


 現在の世界三大剣士と呼ばれる三人は、エマレパ皇国皇帝、ラルシュ王国国王と王妃だ。

 そして、世界三大美女はイーセ王国女王、エマレパ皇国皇后、ラルシュ王国王妃と言われている。

 君主の話は、民衆にとって最大の楽しみでもあった。

 噂が噂を呼び、伝説となっていくほどだ。


「よし、今日は君主の悪口大会だ!」


 ウィルがグラスを掲げた。


「待て待て。お前ら二人は君主を尊敬した上での愚痴だろ。だか、俺はマジの悪口しか出んぞ」

「その話、詳しく聞かせてもらおうか?」


 ムルグスが黒糖酒を一気に飲み干し、身を乗り出した。

 特殊諜報室(ホルダン)として、情報を仕入れたいのだろう。


「おいおい、特殊諜報室(ホルダン)なのに飲みすぎてねーか?」

「今日はもういい。ここでの情報収集が最優先だ」

「じゃあ、うちの陛下の話を聞いてくれよ!」


 その後も君主の話で盛り上がった俺たちは、いつの間にか意気投合していた。


「マジかよ! あっはっは」

「そうだろう! あの時は本当に信じられなかったよ」

「すっげーバカじゃん。ハハハ」


 深夜まで酒を飲み、語り、笑い合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ