表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/239

第86話 田舎の訪問者3

 港を出た俺たちは、魚料理が美味いと評判の酒場に到着。

 俺は月に数回、ここで飯を食っている。


「お、マルディンさん! いらっしゃい!」

「悪いけど、個室を頼めるかな?」

「もちろんさ! 今日はいい魚が入ったぜ!」

「そりゃ楽しみだ」


 顔見知りの店員に案内してもらった個室へ入り、丸テーブルに着席。


「で、お前らは何なんだ」


 俺が二人に目を向けると、双剣の男が腕を組み、首を斜めに傾けた。


「うーん。何から話すべきか。あー、ムルグス。まずはオマエの誤解を解いた方がいいと思うぜ」

「誤解? 貴様、さっきも戦う理由はないと言っていたが、どういうことだ?」

「だから、特殊諜報室(ホルダン)が思っているようなことはないのさ。どうせマルディンがスパイだと思ったんだろ? しかも入国から一年も経って。ってか、特殊諜報室(ホルダン)ともあろう組織が気づくの遅くね?」

「くっ」


 ムルグスと呼ばれた男の顔が歪む。

 恥ずかしさと悔しさが混ざっているようだ。

 だが、すぐに冷静さを取り戻し、ムルグスは俺に顔を向けた。


「こうなったら全てを話す。だからマルディン。貴様も話せ。いいな」

「別にいいが、俺は話すことなんてないぞ?」

「いいから誓え」

「ちっ。分かったよ」


 ムルグスが自分の身分や、ここへ来た理由を話し始めた。


 ――


「お前、特殊諜報室(ホルダン)の室長なのか」

「そうだ」


 室長ともなれば相当な実力者だ。

 それは殺し屋としてだが。

 決着がつかなかった理由が判明した。


「で、俺をスパイだと思って、こんな田舎まで室長様自ら調べに来たのかよ?」

「そうだ。うちの諜報員ではお前には敵わない。だから私が直接来た。手塩にかけた部下を殺されたらたまったもんじゃないからな」

「ご苦労なこって」


 全てを話したことで緊張感が溶け、和やかな雰囲気が流れる。

 俺はボトルで注文した黒糖酒を、ムルグスのグラスに注ぐ。

 黒糖酒の香ばしく甘い香りが広がる。

 ムルグスはグラスを口に運び、美味いと呟いていた。


「ジェネス王国が新王政になり、騎士隊長のマルディン・ルトレーゼを永久追放した。だが、次期団長と呼ばれたほどの貴様だ。永久追放なんてバカげてる。普通は偽装だと考えるだろ?」

「まあそうだな。自分で言うのもなんだが、俺でも疑うわ」

「追放の理由は?」

「俺が知るわけないだろう。ただ、月影の騎士(イルグラド)内にも派閥があり、内乱末期は完全に分裂していた。俺は前国王派だった。それくらい特殊諜報室(ホルダン)も知ってるだろ?」

「もちろん、ある程度は調べている。だが、追放なんて本気にするわけないだろう」

「まあ、あの国王は正真正銘のバカだ。歴史上類を見ないほどの愚王だぞ。国民はたまったもんじゃない。王に命を捧げている騎士たちもな。ありゃ、放っておいたら世界に宣戦布告する。それこそ数年前のデ・スタル連合国のようにな」


 数年前にデ・スタル連合国という国家が世界に対し宣戦布告した。

 結果は敗北し、デ・スタル連合国は解体され国は消滅。

 その時、祖国ジェネス王国は内乱を理由に騎士団を派遣しなかったため、俺は詳細を知らない。


「実はすでにその兆候がある。月影の騎士(イルグラド)の軍備強化だ。そういった話を聞かないのか?」

「聞くわけねーだろ。俺は祖国と完全に縁を切っている。今やただの冒険者だ。関係ない」


 今度はムルグスが俺のグラスに黒糖酒を注いでくれた。

 そして、そのまま双剣の男に黒糖酒を注ぐ。


「で、ウィル。貴様は何しに来たんだ」


 ウィルと呼ばれた男が、新鮮な銀班鯖(マーレル)の刺し身を美味そうに食べながら、俺に視線を向けた。


「マルディンと話すのは初めてだよな。自己紹介するよ。オイラはウィル・ラトズ。Aランク冒険者だ」

「ウィル・ラトズか。もちろん名前は知ってる。ラルシュ王国騎士団の副団長様だろ?」


 俺は元騎士だ。

 他国の軍については当然知っている。

 このウィル・ラトズは双剣の使い手で、双竜という二つ名で知られる世界的な剣士だ。


「そうだよ。騎士団に所属してるけど、現役の冒険者でもある。アンタの大先輩だ。敬え」


 このウィルは身長が低く童顔で若く見えるが、三十歳とのこと。

 だがどうにも言動がラミトワと被ってしまう。


「今日は騎士じゃなくて、冒険者として来たんだよ。はい、これ。アンタに」


 ウィルが黒い封筒をテーブルに置いた。


「何だ?」

「ギルドマスター様からのお手紙」

「ギルマスから?」

「重要な手紙だ。心して読めよ」


 封を開け、黒いカードを一枚取り出した。

 カードには白い文字が書かれている。


「声に出して読んでいいぜ」


 黒糖酒を飲んでいたムルグスが、ウィルに視線を向けた。


「それは私が聞いてもいいのか?」

「まあ別にいいっしょ。各国の諜報機関には、どうせいつかバレる。それにさ、今回みたいに勘違いされたら面倒だ。正確な情報を持って帰ってよ」

「くっ」


 ムルグスに対し、勝ち誇ったような表情を浮かべるウィル。


「んじゃ読むぞ。えーと、『マルディン・ルトレーゼをギルドハンターに任命する』。これだけだ」

「そ、アンタはギルドハンターに任命された。よろしくな」


 ギルドハンターという言葉は俺も知っている。

 ギルドの違反者や、犯罪行為に手を染めた冒険者を取り締まる治安機関(シグ・スリー)の実行部隊だ。


「待て待て。よろしくじゃないだろ。やるわけねーっつーの」

「あー、その黒紙はギルドの絶対的な命令書で、断ることはできないんだよ。断るなら冒険者を永久追放されるぜ」

「な!」

「アンタさ。冒険者まで追放されたら、もう仕事ないだろう?」

「き、汚ねーな!」

「まあオイラもそう思うよ。だけど、実力を隠してコソコソやってたアンタが悪い」

「ぐっ」

「アンタほどの実力者だ。バレるに決まってるだろう」


 正論を突かれ、何も言い返すことができない。


 ギルマスは、実力を隠しながらCランク冒険者に留まっている俺を、あえて放置していたらしい。

 そのため、ラーニャが問い合わせた試験結果を改ざんして通知。

 時期を見て、俺をギルドハンターに任命すると決めていたそうだ。


「ギルドハンターは基本的にAランクから選ばれる。で、ギルドハンターに任命されたら、身分を隠してCランク冒険者として活動するんだ。アンタにちょうどいいだろ?」

「おいおい。俺はAランクじゃないぜ?」

「試験の結果はAランクに該当するし、アンタはその実力を持っている。まあ実際にCランクのままギルドハンターになるやつは初めてだけどな。ハハ」

「ギルドハンターになったら、この町から出るのか?」

「まあそうだな。世界を転々とすることになる。アンタの場合はジェネス王国以外だけどな」


 この町に永住しようと思っている俺としては、受け入れがたい条件だ。


「いや、俺はもう隠さずに昇格しようかと思ってる。だからギルドハンターはできない」

「はあ? なに急にやる気出してんだよ」

「俺はこれからもこの町に住む。それにBランクになれば、犯罪組織の進出に対し抑止力になるっていうからな」

「でも、アンタの過去が知られたらどうすんだよ? 知られたくないから実力を隠してたんだろ? なあ、首落とし」

「貴様!」


 過去の忌まわしい記憶が蘇る。

 俺は右手でテーブルを叩き、立ち上がった。

 ムルグスもその名を出していたし、二人とも知っているようだ。


「おいおい、怒んなよ。事実だろ?」

「ちっ!」

「落ち着けって。座れよ」


 俺は何も答えず椅子に座った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ