第86話 田舎の訪問者3
港を出た俺たちは、魚料理が美味いと評判の酒場に到着。
俺は月に数回、ここで飯を食っている。
「お、マルディンさん! いらっしゃい!」
「悪いけど、個室を頼めるかな?」
「もちろんさ! 今日はいい魚が入ったぜ!」
「そりゃ楽しみだ」
顔見知りの店員に案内してもらった個室へ入り、丸テーブルに着席。
「で、お前らは何なんだ」
俺が二人に目を向けると、双剣の男が腕を組み、首を斜めに傾けた。
「うーん。何から話すべきか。あー、ムルグス。まずはオマエの誤解を解いた方がいいと思うぜ」
「誤解? 貴様、さっきも戦う理由はないと言っていたが、どういうことだ?」
「だから、特殊諜報室が思っているようなことはないのさ。どうせマルディンがスパイだと思ったんだろ? しかも入国から一年も経って。ってか、特殊諜報室ともあろう組織が気づくの遅くね?」
「くっ」
ムルグスと呼ばれた男の顔が歪む。
恥ずかしさと悔しさが混ざっているようだ。
だが、すぐに冷静さを取り戻し、ムルグスは俺に顔を向けた。
「こうなったら全てを話す。だからマルディン。貴様も話せ。いいな」
「別にいいが、俺は話すことなんてないぞ?」
「いいから誓え」
「ちっ。分かったよ」
ムルグスが自分の身分や、ここへ来た理由を話し始めた。
――
「お前、特殊諜報室の室長なのか」
「そうだ」
室長ともなれば相当な実力者だ。
それは殺し屋としてだが。
決着がつかなかった理由が判明した。
「で、俺をスパイだと思って、こんな田舎まで室長様自ら調べに来たのかよ?」
「そうだ。うちの諜報員ではお前には敵わない。だから私が直接来た。手塩にかけた部下を殺されたらたまったもんじゃないからな」
「ご苦労なこって」
全てを話したことで緊張感が溶け、和やかな雰囲気が流れる。
俺はボトルで注文した黒糖酒を、ムルグスのグラスに注ぐ。
黒糖酒の香ばしく甘い香りが広がる。
ムルグスはグラスを口に運び、美味いと呟いていた。
「ジェネス王国が新王政になり、騎士隊長のマルディン・ルトレーゼを永久追放した。だが、次期団長と呼ばれたほどの貴様だ。永久追放なんてバカげてる。普通は偽装だと考えるだろ?」
「まあそうだな。自分で言うのもなんだが、俺でも疑うわ」
「追放の理由は?」
「俺が知るわけないだろう。ただ、月影の騎士内にも派閥があり、内乱末期は完全に分裂していた。俺は前国王派だった。それくらい特殊諜報室も知ってるだろ?」
「もちろん、ある程度は調べている。だが、追放なんて本気にするわけないだろう」
「まあ、あの国王は正真正銘のバカだ。歴史上類を見ないほどの愚王だぞ。国民はたまったもんじゃない。王に命を捧げている騎士たちもな。ありゃ、放っておいたら世界に宣戦布告する。それこそ数年前のデ・スタル連合国のようにな」
数年前にデ・スタル連合国という国家が世界に対し宣戦布告した。
結果は敗北し、デ・スタル連合国は解体され国は消滅。
その時、祖国ジェネス王国は内乱を理由に騎士団を派遣しなかったため、俺は詳細を知らない。
「実はすでにその兆候がある。月影の騎士の軍備強化だ。そういった話を聞かないのか?」
「聞くわけねーだろ。俺は祖国と完全に縁を切っている。今やただの冒険者だ。関係ない」
今度はムルグスが俺のグラスに黒糖酒を注いでくれた。
そして、そのまま双剣の男に黒糖酒を注ぐ。
「で、ウィル。貴様は何しに来たんだ」
ウィルと呼ばれた男が、新鮮な銀班鯖の刺し身を美味そうに食べながら、俺に視線を向けた。
「マルディンと話すのは初めてだよな。自己紹介するよ。オイラはウィル・ラトズ。Aランク冒険者だ」
「ウィル・ラトズか。もちろん名前は知ってる。ラルシュ王国騎士団の副団長様だろ?」
俺は元騎士だ。
他国の軍については当然知っている。
このウィル・ラトズは双剣の使い手で、双竜という二つ名で知られる世界的な剣士だ。
「そうだよ。騎士団に所属してるけど、現役の冒険者でもある。アンタの大先輩だ。敬え」
このウィルは身長が低く童顔で若く見えるが、三十歳とのこと。
だがどうにも言動がラミトワと被ってしまう。
「今日は騎士じゃなくて、冒険者として来たんだよ。はい、これ。アンタに」
ウィルが黒い封筒をテーブルに置いた。
「何だ?」
「ギルドマスター様からのお手紙」
「ギルマスから?」
「重要な手紙だ。心して読めよ」
封を開け、黒いカードを一枚取り出した。
カードには白い文字が書かれている。
「声に出して読んでいいぜ」
黒糖酒を飲んでいたムルグスが、ウィルに視線を向けた。
「それは私が聞いてもいいのか?」
「まあ別にいいっしょ。各国の諜報機関には、どうせいつかバレる。それにさ、今回みたいに勘違いされたら面倒だ。正確な情報を持って帰ってよ」
「くっ」
ムルグスに対し、勝ち誇ったような表情を浮かべるウィル。
「んじゃ読むぞ。えーと、『マルディン・ルトレーゼをギルドハンターに任命する』。これだけだ」
「そ、アンタはギルドハンターに任命された。よろしくな」
ギルドハンターという言葉は俺も知っている。
ギルドの違反者や、犯罪行為に手を染めた冒険者を取り締まる治安機関の実行部隊だ。
「待て待て。よろしくじゃないだろ。やるわけねーっつーの」
「あー、その黒紙はギルドの絶対的な命令書で、断ることはできないんだよ。断るなら冒険者を永久追放されるぜ」
「な!」
「アンタさ。冒険者まで追放されたら、もう仕事ないだろう?」
「き、汚ねーな!」
「まあオイラもそう思うよ。だけど、実力を隠してコソコソやってたアンタが悪い」
「ぐっ」
「アンタほどの実力者だ。バレるに決まってるだろう」
正論を突かれ、何も言い返すことができない。
ギルマスは、実力を隠しながらCランク冒険者に留まっている俺を、あえて放置していたらしい。
そのため、ラーニャが問い合わせた試験結果を改ざんして通知。
時期を見て、俺をギルドハンターに任命すると決めていたそうだ。
「ギルドハンターは基本的にAランクから選ばれる。で、ギルドハンターに任命されたら、身分を隠してCランク冒険者として活動するんだ。アンタにちょうどいいだろ?」
「おいおい。俺はAランクじゃないぜ?」
「試験の結果はAランクに該当するし、アンタはその実力を持っている。まあ実際にCランクのままギルドハンターになるやつは初めてだけどな。ハハ」
「ギルドハンターになったら、この町から出るのか?」
「まあそうだな。世界を転々とすることになる。アンタの場合はジェネス王国以外だけどな」
この町に永住しようと思っている俺としては、受け入れがたい条件だ。
「いや、俺はもう隠さずに昇格しようかと思ってる。だからギルドハンターはできない」
「はあ? なに急にやる気出してんだよ」
「俺はこれからもこの町に住む。それにBランクになれば、犯罪組織の進出に対し抑止力になるっていうからな」
「でも、アンタの過去が知られたらどうすんだよ? 知られたくないから実力を隠してたんだろ? なあ、首落とし」
「貴様!」
過去の忌まわしい記憶が蘇る。
俺は右手でテーブルを叩き、立ち上がった。
ムルグスもその名を出していたし、二人とも知っているようだ。
「おいおい、怒んなよ。事実だろ?」
「ちっ!」
「落ち着けって。座れよ」
俺は何も答えず椅子に座った。




