第83話 疑惑の冒険者2
◇◇◇
世界で最も大きな組織、冒険者ギルド。
千年の歴史を持ち、国家よりも長い歴史を持つ。
だが、数年前に新興国ラルシュ王国の国営企業へ形を変えた。
そのラルシュ王国王都に構える冒険者ギルド総本部。
広大な敷地内には飾り気のない重厚な巨大建築のギルド総本部と、法務機関から開発機関まで九つの全主要機関総本部が建ち並ぶ。
見た目よりも機能を重視した総本部の建物は、現ギルドマスターの意向だった。
五階建てと高さこそないが、各階の床面積は世界でも有数の広さを誇る。
「失礼します」
最上階にあるギルドマスターの部屋に、一人の壮年男性が訪れた。
人事機関の局長だ。
人事機関は冒険者、解体師、運び屋の成績管理やカードの発行、ギルド職員の管理、支部や出張所の運営管理などを担う。
他にも育成や試験管理など業務は多岐に渡り、ギルドで最も仕事量が多い機関と呼ばれている。
「オルフェリア様。今期の支部昇格決定会議が終了しました」
人事機関局長が、机の上に書類の束を差し出した。
書類に目を通すのは、冒険者ギルドのトップに立つギルドマスター、オルフェリア・バレー。
オルフェリアは、世界最高の解体師として呼び声高い三十二歳の女性だ。
白い肌とは対照的な、黒く長い髪を左右で一本ずつ結び、肩から胸に下げている。
「今期の支部昇格は二十四か所ですか。いつもより多いですね。素晴らしいです」
「そうですね。どの出張所も冒険者、解体師、運び屋の育成が順調のようです。しかし、エマレパ皇国のティルコア出張所。ここの支部昇格は良かったのですか? 条件を満たしてませんが?」
「ティルコア出張所に関しては、私が特別に許可しました」
「理由はこの冒険者ですか?」
局長が一枚の書類を机に置く。
一人の冒険者の名前や経歴が記載された資料だ。
「そうです。凄いでしょう?」
「これほどの大物が、まさか冒険者に転職するとは驚きです」
「一年前に試験を受けたことは知っていたのですが、冒険者としてしっかりと活動しているようです」
ギルマスともなれば、当然ながら様々な情報が入ってくる。
オルフェリアはマルディンの国外追放を知っており、当初は国境越えのためだけに冒険者カードを取得したと考えていた。
しかし、半年ほど前からティルコア出張所に所属したマルディンが、継続的な冒険者活動を行っていることを確認。
「以前このマルディンが所属する出張所から、試験結果の問い合わせが来たので、私の権限で少し改ざんして返信してもらったんです。フフ」
「改ざんですか?」
「実力を隠してるようです。でなければ、試験結果の問い合わせなんて来ませんからね」
「ですが、実力に見合ったランク付けはギルドのルールです。人事機関としては看過できません」
「ええ。ですから代わりに、ちょっと仕事を手伝ってもらおうと思いましてね」
「仕事……ですか?」
「ギルドハンターに就いてもらおうかと思います」
「それは名案ですね! 治安機関の局長が人が足りないと嘆いてましたから」
「ウィル副団長を呼んでもらえますか? 彼に全部やってもらいます。フフ」
「なるほど。ウィル副団長なら適任ですね。では、呼んでまいります」
「ありがとうございます。お手数おかけします」
これから起こることを予想した人事機関局長は、笑みを浮かべながら部屋を出た。
――
しばらくして、ギルマスの部屋に一人の男が入室。
「オルフェリアさん。なにー? 呼んだ?」
「ええ。ウィルに聞きたいことがあるのです」
やる気のなさそうな気の抜けた声の男。
年齢は三十歳で、身長は男性にしては低い部類に入る。
また童顔のため年齢相応に見えないその男は、ラルシュ王国騎士団副団長のウィル・ラトズだ。
同時に現役Aランク冒険者でもあるウィル。
腰に二本の剣を吊るしているウィルは、二つ名持ちの冒険者で、世界にその名が知られている。
「ウィル、あなたは過去ギルドハンターをやってたじゃないですか」
「そうだね」
「裏の世界に精通してるでしょう?」
「まあね。色々と知ってるよ」
「これを見てもらえますか?」
「ん?」
マルディンの資料に目を通すウィル。
「マルディン・ルトレーゼ? マルディンって、あのマルディン?」
「あのかどうかは分かりませんが」
「ジェネス王国の騎士隊長だった?」
「ええ、そうです」
「え? なに? コイツ今冒険者やってんの?」
「そうですよ」
「国外追放されたことは聞いたけど、冒険者やってんのか。まああの腕ならAランクでも楽勝か」
「マルディンはCランクですよ。フフ」
「え! なんで! アイツって相当だよ? 多分月影の騎士じゃ一番強かったはず。まあオイラよりは遥かに下だけど」
「フフ。事情があるようです」
資料を読み込むウィル。
「エマレパ皇国のティルコア出張所に所属。ティルコアって……、あんな田舎町に? ……あ、なるほどね。読めたよ」
「どういうことですか?」
「国外追放されて南国へ行った。アイツって厳しい北海にいたからね。北海にいた奴は大体南国へ行きたがる。暑さに挫折する奴もいるけど、マルディンはティルコアが気に入った。だから素性を隠して、Cランク冒険者としてひっそりと暮らしてるんじゃない?」
「でも別に、ひっそりと暮らす必要はないんじゃないですか?」
「アイツ、過去にやらかしてるからね。あれがバレたら住民は恐れると思うよ?」
「やらかすって?」
「アイツの二つ名知ってる?」
「糸使い、ですよね」
「そうなんだけど、別名があるの知ってる?」
「いえ……」
「首落としって呼ばれてる」
「首落とし?」
「ああ、裏の世界でも極一部しか知られてないんだけど、北方蛮族の襲撃に激昂して千人の首を落とした。人間相手に一夜の戦闘でこのスコアは、世界最高記録だよ」
資料を机に置くウィル。
「で、マルディンがどうかしたの? 首落としとはいえ元騎士だ。別に何か悪さしてるわけじゃないっしょ?」
「そうですね。素性を隠しながらも、クエストを頑張ってるようです」
「良い話だねえ。騎士団クビになって冒険者に転職。泣けちゃうよ。明日は我が身だ」
「フフ。あなたは大丈夫ですよ。それより、ちょうどいいと思いません?」
「何が?」
「マルディンは素性を隠してるんですよ? ギルドハンターなんてどうですか?」
「ああ、確かにね」
ギルドハンターとは、治安機関に所属する冒険者で、ギルド規定や規律違反者を逮捕、制裁する実行部隊だ。
任務先で様々な状況に迫られるため判断力が必要な上、冒険者を取り押さえる実力も必要なので、Aランク冒険者より選出されることが多い。
ギルドハンターに選出された冒険者は、身分を隠し活動することになる。
このウィルも元々はギルドハンターだった。
「だから改ざんしたんですよ」
「改ざん?」
「ええ、ティルコアの主任から冒険者試験の問い合わせがありましてね」
「何だよ。早くも疑われてんじゃん。バカだな。もっと上手くやれよ」
「フフ、それほど活躍してるってことですよ。でも、私の権限で点数を低くして送ったんです」
「なるほどね。じゃあ出張所に知られることなく、ギルドハンターができるってことか」
「ええ、そうです。ギルドハンターって慢性的に人材不足ですし、これほどの適任者はいません。それこそウィルと肩を並べるほどでしょう?」
「えー? オイラの方が凄いよ」
不満そうな表情を浮かべるウィル。
「ってか、なんだよ。オルフェリアさん、マルディンのこと全部知ってたんじゃん」
「フフ。まあそうですけど、ウィルの意見も聞きたくね」
「ちぇっ、試されたのかよ」
「フフ。それでは、このマルディンをギルドハンターに任命しましょう」
「いいと思うけど、アイツやるかな?」
「黒紙を出しますね」
「え! 黒紙! う、嘘でしょ!」
黒紙とはギルドの絶対的な命令書の通称だ。
実際に黒い紙で発行されるこの命令書は、受けなければギルドを追放される。
滅多に発行されない物だが、存在を知っている者からは『悪魔の紙』と呼ばれ恐れられていた。
「……オルフェリアさんも大概だよね」
「何がですか?」
「え? い、いや、別に」
「そんなこと言うと、黒紙の配達やってもらいますよ?」
「え? 嫌だよ! オイラは忙しいの!」
「いえ、ダメです。配達してください」
「オイラの任務は陛下の警護でしょ!」
「フフ。陛下に警護なんていりません」
「形式上はいるでしょ! あんな化け物でも一応国王だよ!」
「あらあら、口の利き方に気をつけてくださいね。あなたにも黒紙出しましょうか?」
「き、汚ねーよ!」
「フフ。じゃあ、よろしくお願いしますね。陛下と騎士団団長には連絡しておきますから」
「くそっ。最悪だ」
「まあ良いではないですか。ギルドハンターの後輩になるんですから、色々と教えてきてくださいね。あなたが適任なんですよ」
「んだよ! 最初から全部決めてんじゃん! いつからそんな策士になったんだよ!」
「フフ、ちゃんとお小遣いもあげますから。出張のついでに南国を楽しんできてください」
「え? ほんと!」
「ええ。予算組みますよ」
「やった! ティルコアの魚はマジで美味いんだぜ! フリッターも食える!」
「まったくもう、現金なんですから。フフ」
小躍りするウィル。
元ギルドハンターとして、後輩となるマルディンを指導するため、ティルコアへ向かうことになった。
◇◇◇