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【書籍化決定】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第四章 迷いと疑惑の秋

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第82話 疑惑の冒険者1

 ◇◇◇


 エマレパ皇国皇都タルースカ。

 世界的な大都市にして、三重の巨大な城壁に囲まれたタルースカは、別名千年城(タル・ルルス)と呼ばれ、難攻不落の巨大都市として有名だった。


 中心地には皇帝が居住する広大な宮殿があり、その周辺に国家の中枢を担う省庁が集中して建設されている。

 それらの建物は薄黄色の砂岩で作られており、外観は全体的に四角い。

 エマレパ皇国の特徴的な建物だ。


 中心地に程なく近い区域に建つ二階建ての建物。

 入口の頭上には『中央局都市開発室』と看板が掲げられている。

 役所らしい名称だが実態はない。

 その代わり、国家に関わる秘密があった。


「室長、失礼いたします」


 一人の男が執務室へ入る。


 室長と呼ばれた中年の男は、美しい装飾が施された机に向かっていた。

 だが、椅子の背にもたれかかり、頭の後ろで腕を組みながら天井を眺めている。

 男の身長は平均的で、体格は痩せ型。

 黒い短髪には樹脂と香草から作られた整髪料を塗っており、髪を後ろに流して固めている。

 身なりは良く几帳面のようだが、どこか気の抜けた締まりのない顔つきをしていた。


「ムルグス室長、ご報告がございます」

「なにー? どうしたのー?」

「それが、スパイの潜入でして……」

「スパイ? そんなのたくさんいるでしょうに」


 情報が重視されている現代。

 情報収集は国家で最も重要な任務の一つだ。

 各国はあらゆる手段を駆使して、スパイを潜入させている。

 そのため、どの国も国家的な諜報機関を保有。


 この中央局都市開発室の真の姿は、エマレパ皇帝直属の組織で、国内外の情報を収集分析する諜報機関、特殊諜報室(ホルダン)だった。

 冒険者ギルドの調査機関(シグ・ファイブ)と並び、恐るべき諜報機関として世界にその名を轟かせている。


 ムルグスは、エマレパ皇国の全情報を手中に収める特殊諜報室(ホルダン)のトップに立つ。


「それが、その……」

「何? はっきり言いなさいよ」

「スパイの潜入先が……その、港町ティルコアなんです」

「ティルコア? ティルコアって、マルソル内海のティルコア?」

「は、はい」

「あそこはいい町だよな。魚が美味いし」

「そ、そうですね。そう思います」

「で、なぜあんなのどかな田舎に? 何か重要施設があったっけ?」

「ないです。ないどころか、その周辺の街や都市にも重要な施設や情報はありません」

「じゃあ別にいいんじゃない? ほっとけばいいでしょー」

「そうもいかないのです。その……」

「はっきり言いなさいよ」

「は、はい、申し訳ありません。ムルグス室長は昨年のジェネス王国で、最も大きな出来事をご存知ですか?」

「何? 私を試してるの? こう見えて特殊諜報室(ホルダン)の室長だよ?」

「い、いや、決してそういうわけではないのですが……」

「いいよ。つき合ってあげる」


 ムルグスは珈琲を口に含む。

 要領を得ない話だが、意外とこういう話は好きだった。


「ジェネス王国は前国王が暗殺され王弟が即位。新国王は元々、暗王子や愚弟と呼ばれていた猜疑心の塊。即位は奇跡だった。国民が懸念した通り重税を課し、一部の階級を優遇。そして、世界会議(ログ・フェス)を脱退し、秘密裏に他国への侵略準備も進めている。国民は大変だよ。今の世界で侵略なんて無理なのにさ。世界会議(ログ・フェス)加盟国が黙ってないし、何よりラルシュ王国がある。あそこは怒らせちゃダメだよ。アル陛下が動いたら、一瞬で国を滅ぼされる。だからうちだって、ラルシュ王国と友好関係を築き同盟を結んでいる。まあ我らが皇帝陛下はアル陛下と親友だし、皇后陛下にいたってはアル陛下とただならぬ関係だからね」

「はい。その通りです」


 そう返事はするものの、この部下は内心で「違います」と呟いていた。

 それを見透かしているムルグス。

 部下の思慮が浅いと思いつつも楽しんでいる。


「コラコラ。ここからでしょーが」

「はっ! し、失礼しました」

「だが、それよりももっと信じられない愚かな決定を下した。我々他国の諜報機関からすると、これこそが国家を揺るがす一大事」


 ムルグスがもう一度珈琲を口にした。


月影の騎士(イルグラド)の地方隊長で、糸使いの異名を持つマルディン・ルトレーゼを国外追放にした。それも永久追放だ。あの国家戦力をだぞ。信じられるか?」

「はい、仰る通りでございます」

「陛下はマルディンと戦いたいってうるさいんだから。謁見する度に行方を探せってさー」


 エマレパ皇国皇帝は世界三大剣士に数えられる剣士でもあり、自らを人類最高の剣士と称している。


「で、それがどうかした?」

「そ、それが……。そのマルディン・ルトレーゼが我が国に滞在しております。それも転入です」

「は?」

「手続きに不審な点がなかったため、誰も気づかず、入国から一年が経過しておりました」

「ま、待て! まさかティルコアにいるスパイとは! マルディン・ルトレーゼか!」

「左様でございます」


 これまで数々の情報を取り扱ってきたムルグスですら、呼吸を忘れるほどの衝撃だった。


「……通常の転入と言ったな?」


 これまでのふざけたような少し間の伸びた口調から、低く迫力のある声質に変化。

 表情も一変。

 瞳に鋭い光が宿る。


「はい。偽名も使わず、役所に書類を提出して転入しております」

「入国時の本人確認書類は?」

「冒険者カードです。偽造もなく本物のCランクカードを保有しておりました」

「入国の理由は? 永久追放は偽装で諜報活動をしてるのか? それとも何かの工作活動か?」

「それが……今のところそういった活動は一切ないようです」

「今のところって、入国から一年も経ってるんだろう?」

「はい。ティルコアへ転入してからは半年経過してます。ティルコアの冒険者ギルド出張所に所属して、冒険者として活動しているそうです」


 腕を組み、瞳を閉じるムルグス。

 様々な状況を想定している。


「諜報員を派遣しろ。黒の砂塵(アルドバ)を使え」

「え? あ、あの黒の砂塵(アルドバ)ですか?」


 黒の砂塵(アルドバ)とは特殊諜報室(ホルダン)が誇る皇国最高の諜報部隊だ。

 これまで数々の高難易度任務を達成してきた精鋭部隊である。

 冒険者ギルドで比較すると、Aランクと同レベルと言えるだろう。


「いや、待て」

「は、はい」

「私が行く」

「は? し、室長が?」

「当たり前だ。相手はあのマルディンだぞ」

「し、しかし……、室長自ら動かれるなんて前代未聞……」

「構わん。全ての手配を行え」

「か、かしこまりました」


 黒の砂塵(アルドバ)といえども、マルディンには敵わないと予想したムルグス。

 莫大なコストをかけて育成した黒の砂塵(アルドバ)を失うことは、国家の損失だ。

 であれば、最初から特殊諜報室(ホルダン)最高諜報員の自分が行くべきと判断した。

 ムルグスは常に最も効率の良い方法を選択する。


「それと、絶対に陛下の耳には入れるな。陛下のことだから、嬉々として単身ティルコアに乗り込むぞ」

「た、確かに!」


 部下が焦りながら退出した。


「あのマルディンがこの国にいるとはな……。厄介なことになった」


 ポットから熱い珈琲をカップに注ぐムルグス。


「マルディンは月影の騎士(イルグラド)で三本の指に入る達人なんて呼ばれているが……」


 珈琲カップを手にする。


「実際は違う。そんな生易しいものじゃない」


 窓の外を眺めるムルグス。

 マルディンの名を聞き、思い出したくもない恐ろしい記憶が蘇った。


「セーム港の赤い海事件……」


 数年前、ジェネス王国の北海に面する港町セームに、北方蛮族(ヴァルキル)船団が急襲。

 千人の海賊たちが、略奪の限りを尽くしたこの襲撃は、セーム港の赤い海事件と呼ばれている。


「あれは……悪夢だった」


 当時のムルグスは、特殊諜報室(ホルダン)の北方圏担当だった。

 偶然にもセームに滞在しており、その一部始終を目撃している。


月影の騎士(イルグラド)の北部部隊一個旅団によって、北方蛮族(ヴァルキル)を撃退した。……ことになっている。歴史上はな」


 真冬の襲撃は月影の騎士(イルグラド)の出撃を阻んだ。

 そのため、北方蛮族(ヴァルキル)は悠々と町人を殺し、奪い、殺戮を始めた。


 そこへ現れたのが一人の騎士。

 マルディン・ルトレーゼだった。

 どうしてマルディン一人だったのかは分からない。

 だが、マルディンはたった一人で北方蛮族(ヴァルキル)と戦った。


 ムルグスが言う悪夢とは、マルディンのことだ。

 一夜で千人もの北方蛮族(ヴァルキル)を皆殺しにした姿は、今もムルグスの脳裏に焼きついている。

 北海から流れ着いた流氷は赤く染まり、港を文字通り血の海に変えた。

 国はこの事件の事実を捻じ曲げ、月影の騎士(イルグラド)北部部隊による北方蛮族(ヴァルキル)撃退と発表。


「奴は間違いなく次期月影の騎士(イルグラド)団長だった。しかし、この事件のことで辞退したという噂もあるほどだ」


 ムルグスが熱い珈琲を飲み干す。


「糸使いか……。奴にはもう一つの名がある……」


 大きく息を吐くムルグス。

 熱い珈琲を飲んでもなお、全身から冷たい汗が吹き出す。

 言葉にするにもはばかれるほどの恐怖。

 極一部の裏の世界にだけ知られている異名。


「……首落としのマルディン」


 そう、マルディンは北方蛮族(ヴァルキル)千人の首を一人残さず落とした。

 (フィル)で。


 ◇◇◇

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