第80話 嬉しい知らせ2
「なあ、ラーニャ。試験代って高額だろ?」
「そんなことないわよ。受験しやすい金額よ」
「え? いやいや……」
冒険者の試験では、その試験代の高さに驚いたものだ。
「もしかして、あなた冒険者と同じだと思ってるの?」
「違うのか?」
「違うわよ。解体師と運び屋のランクって、導入されてからまだたった数年なのよ」
「そうなのか?」
「ええ。数年前、当時まだ一介の解体師だった現ギルマスのオルフェリア様が活躍なさって、解体師と運び屋にランク制度が導入されたの。それまで解体師と運び屋って、差別の対象だったほど社会的地位が低かったのよ」
「その話は聞いたことがある」
「今では腕の良い解体師と運び屋は、クエストの予定を押さえるのが難しいほどの人気ぶりだけどね」
ラーニャは話しながら珈琲を飲んでいる。
酒じゃないことに驚いた。
「とはいえ、解体師と運び屋はまだまだ人口が少ないから、試験代は安く設定されているわ。誰もが簡単に目指せるようにね」
「なるほどね。ちゃんと考えられてるんだな」
「当たり前でしょう。うふふ」
解体師や運び屋の試験代のことは分かった。
だが、冒険者の試験代は高すぎると思っている。
「冒険者は驚くほど高かったぞ?」
「それは確かに否めないけど、実は冒険者って社会的地位がとても高いのよ。上位ランクだと、国によっては騎士と同じくらい地位が高いところもあるわ。それに冒険者カードにだけ様々な特権があるの。国境越えもその一つ。普通は国境越えってとても大変なのよ。でも、Cランク以上のカードなら簡単でしょう?」
「そうだな。俺も国境越えのために取得したからな」
「冒険者ギルドは千年の歴史があるし、あらゆる面で世界最強組織と呼ばれているの。各国と協定を結んでいるほどよ。だから冒険者カードの信用度はとても高いのよ」
「とはいえ、高すぎるけどな」
「現在の冒険者は、質の向上が重視されているわ。それに、冒険者って徒弟制が多いのよ」
「徒弟制?」
「ええ。高ランクの冒険者に弟子入りして修行するのよ。だから師弟でパーティーを組むことが多いわよ。試験代は師匠が何割か負担する。師匠が全額出すところもあるわ」
そういえば、以前引退したヴェルニカはラーニャの弟子だった。
ヴェルニカの試験代は、ラーニャがいくらか負担しているのだろう。
「それとね、冒険者って貴族や豪商がパトロンになることが多いわよ。貴族たちにとって、高名な冒険者を支援してるってステータスだもの。社交界では競ってるそうよ」
「なるほどね」
「だから、あなたみたいに個人でやってる人の方が珍しいのよ。未だにパーティー組んでないしね。うふふ」
「まあ俺は、Cランクでのんびり生きていければいいと思ってたからな」
「ふーん。でも、ランクが上がれば高額な報酬を得られるわよ?」
「金よりも大切なものがあるんだよ」
「なにそれ? うふふ」
微笑みながら珈琲を口にするラーニャ。
なぜ酒を飲まないのだろうか。
「そうそう、一応伝えておくけど、昇格試験は差額分の支払いだから、トータルの支払いは変わらないわよ。受かれば、だけどね」
「ん? ってことは?」
俺は試験代金を思い出した。
◇◇◇
Aランク 金貨五十枚
Bランク 金貨三十枚
Cランク 金貨二十枚
Dランク 金貨十枚
Eランク 金貨一枚(共通試験代のみ)
◇◇◇
「あなたはCランクだから、金貨二十枚を払ってるでしょう?」
「ああ、もちろんだ」
「Bランク試験は金貨三十枚だから、あなたの場合、昇格試験は金貨十枚で受験できるわ」
「なるほどね」
「昇格試験を受ける時の参考にしてね」
手に持つ珈琲カップをカウンターに置いたラーニャ。
「さて、私は抜けるわ。皆で楽しんでね」
「え? 酒を飲まないのか?」
「これから仕事をするのよ。二人にBランクを取ってもらったのもそのためだもの。じゃあ、またね」
俺の肩を軽く叩き、ラーニャは食堂の中心へ向かう。
そして、アリーシャとラミトワに声をかけ、ギルドを出た。
「おーい、Cランクのおっさん! 葡萄酒を注いでくれたまえ」
食堂の真ん中で、ラミトワが勝ち誇った笑みを浮かべ俺を呼んでいる。
しかし、この場にいる冒険者は全員Cランク以下だ。
調子に乗って、全員を敵に回さなきゃいいが。
「はいはい。注がせていただきますよ」
「君も早くBランクを受けるんだな。あっはっは」
俺の真似をするラミトワ。
まあでも、調子に乗る気持ちは分かる。
それだけの快挙と言っていいだろう。
それに、実力を隠して逃げ回っている俺よりも、努力して結果を出したラミトワを素直に称えたい。
「ラミトワ、頑張ったな」
「そうだろ! あっはっは! もっと褒めろ!」
俺はラミトワの頭に軽く触れた。
「偉いぞ。本当によく頑張った。万年Cランクの俺なんかより、これからはもっと腕の良い冒険者たちとクエストへ行くんだぞ」
「え? あ、あの……」
「お前はもう一流の運び屋なんだからな」
「う、うん」
正当な努力は評価され、報われるべきだ。
「お前みたいな才能豊かな若者は、これから活躍して世界へ羽ばたく。俺はいつまでも応援してるぞ」
「あ、ありがと……」
「夢を叶えるんだ」
「う、うん……」
ラミトワの夢は、Aランクの運び屋になり、個人で飛空船を購入して世界で活躍することだ。
俺はラミトワの活躍を心から応援している。
「あ、あの……」
ラミトワが視線を下に向け、肩を強張らせながら両手の拳を握りしめている。
「あ、あの! 私!」
「ん? どうした?」
「その……。マルディンと一緒に……。クエスト……行きたい……です」
顔を赤らめ、呟くように声を出すラミトワ。
「俺と?」
「私、これからもマルディンと行きたい。ダメ……かな?」
ラミトワの背後から、葡萄酒のボトルを両手で抱えるアリーシャが歩いてきた。
「マルディン。私もラミトワと同じ気持ちです」
「アリーシャも?」
「はい。私もラミトワも、マルディンともっとたくさんのクエストへ行きたいと思ってます」
俺のグラスに葡萄酒を注ぐアリーシャ。
ボトルをそっとテーブルに置いた。
「どうですか?」
「俺にBランクを取れと?」
「ええ、そうです。マルディンなら楽に取れますよ?」
「そんなわけねーだろ」
「フフフ。私はマルディンの実力を知ってますよ」
「買い被りすぎだよ。……だが」
「だが?」
「そうだな……。俺もお前たちと一緒に行くクエストは楽しいよ」
「じゃあ!」
顔の前で両手を組み、満面の笑みを浮かべるアリーシャ。
「まあ考えとくよ」
「お願いしますね。あんなに素直なラミトワなんて初めて見ましたから」
「そうだな。いつもあれくらい素直だと可愛いのにな」
「そうですよね。フフフ」
ラミトワが頬を膨らませ、俺たちを睨んだ。
「おい! おっさん! アリーシャ!」
「いつも素直になればいいのに。まったく、すぐ照れるんだから」
「うるさい! うるさい! うるさーい!」
顔を赤らめたラミトワが、アリーシャに迫っていた。
その様子を見た周りの参加者たちが、野次を飛ばし腹を抱えて笑っている。
「お前らも黙れー!」
「「「ギャハハハハ」」」
ホールに響くラミトワの叫び声。
主役なのにこの扱い。
だが、それがラミトワらしい。
「あっはっは。やっぱりラミトワはおもしれーな」
笑いの絶えないパーティーは、夜遅くまで続いた。




