第8話 気楽なおっさん冒険者
大陸の南南東に位置する大国エマレパ皇国。
首都である皇都タルースカより、遠く西へ離れたマルソル内海に面した田舎の港町ティルコア。
俺はこの港町で冒険者をやっているマルディン・ルトレーゼ。
中級クラスのCランク冒険者だ。
一年前に故郷を永久追放された俺は、南国の海が見たいという理由でエマレパ皇国のマルソル内海へ渡り、いくつかの土地を経て、半年前にこの町へ辿り着いた。
安住の地を探していた俺にとって、ここは居心地が良い。
温暖な気候に美味い飯。
特にエマレパ皇国の特産である香辛料を使った料理が好きだ。
異国情緒溢れる町の風景にも惹かれた。
ほとんどの建造物が薄黄色の砂岩で作られており、形状は全体的に四角い。
理由は台風だ。
マルソル内海に面したこの地方は、台風の上陸が多い。
俺もすでに台風を経験し、台風の脅威を知った。
それ以外は快適で、この町を離れる理由がない。
何よりこの町の冒険者ギルドが最高だった。
「マルディン! クエスト依頼だ!」
「仕事? 内容はなんだよパルマ」
「大爪熊の討伐。報酬はなんと金貨三枚だ」
「大爪熊だって? Cランクでも厄介なモンスターじゃねーか。今回はパス」
「おい! やってくれよ!」
冒険者ギルドの食堂で、少し早めの昼食を取ろうと思ったところ、ギルド職員のパルマが仕事を仲介してきた。
だが、今日は休むと決めている。
「やりたくない仕事はしない主義さ」
「だからCランク止まりなんだよ!」
「Cランクあれば生きていくのに困らん」
「ちっ! もっと頑張れよ! お前はもう三十三歳だろ? 若い奴らは皆お前を追い越してるぞ!」
「頑張りたい奴が頑張る。俺はほどほどで良いんだよ」
月に数回クエストをこなせば、生きていくだけの金は稼げる。
無理して金を稼いでも、死んじまったら意味がない。
財産を没収されることもある。
「人生は長いんだ。無理せず気楽にやるのが一番さ」
食堂のカウンターで昼から麦酒の木製ジョッキを片手に、水角牛のチーズを使ったピッツァにかぶりつく。
伸びる熱々のチーズに、滴り落ちるトマトソース。
トッピングされた香草が味を引き立てる。
「あちっ! くぅぅ、やっぱフェルリートが作る飯はうめーな!」
「ふふ、ありがとう」
食堂の店員フェルリート。
年齢は二十三歳。
肩まで伸びた金色の美しい髪。
大きな瞳が特徴的な、元気が取り柄なこのギルドの看板娘だ。
フェルリートが作る料理は絶品と冒険者たちに大人気だった。
「ねえねえ、マルディン。今日はクエストへ行かないの?」
「ああ、今日は休みにした。だからここでフェルリートの飯を食ってんだよ」
「うーん、それは嬉しいけど、ツケが溜まってるんだよねえ」
「う……。もうちょっと待ってくれ」
「だったら大爪熊のクエストへ行ってきなよ。ツケを払ってもお釣りが出るよ」
「大爪熊はパーティーを組まないといけないからな。準備が大変なんだ」
「でもツケを払わないと、もう食べられないよ? マスターが怒ってたもん」
「ちっ、じゃあ他のクエストへ行くわ。せっかくの休みだったが仕方ない」
「ふふ、稼いできてね」
残りの麦酒を一気に飲み干し、ピッツァを頬張ってクエストボードへ移動。
ギルドのクエストはランク別に張り出されている。
「稼げるクエストちゃんはあ、どこにあるう?」
鼻歌交じりにクエストボードの前に立つ。
こんな田舎の冒険者ギルドに、高難易度のクエスト依頼が来ることは滅多にない。
極稀にBランクの依頼が出る程度だ。
そもそもこの支部には、Bランク以上の冒険者が不在だった。
若い冒険者たちは皆、活躍の場を求めて都会へ移住する。
クエストを無理強いしないこの小さな出張所のおかげで、俺はのんびりと冒険者生活を送ることができた。
俺はCランクのクエストボードに視線を向ける。
Cランクの俺が受注できるクエストは、当然ながらCランク以下だ。
Cランクのクエストは、同ランクモンスターの狩猟や討伐、要人や商人の護衛などがある。
クエストの花形であるモンスターの狩猟や討伐は、専用のパーティーを組む。
基本的には冒険者、解体師、運び屋というパーティーだ。
昨今は飛空船や気球で現地へ移動することになったため、学者やギルド関係者が同行することもあるという。
ただし、この田舎の冒険者ギルドに飛空船はない。
大掛かりなクエストは、運び屋が屋根つきの大型荷車を運転する。
それ以外は徒歩や乗馬、小さな荷車で移動だ。
パーティーを組むのは大変だった。
人数を揃え、スケジュールを調整し、資材や道具、食材を調達する。
そのため俺は一人でできるクエストにしか行かない。
「今日のCランクはダメだな。ろくなものがない」
俺はDランクのクエストに視線を移した。