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第78話 町の発展の光と影5

 ギルドでラーニャに状況を報告すると、全ての処理を迅速に手配してくれた。

 すでに話を通していた駐在の兵士たちは、拘束した犯罪者たちをすぐにイレヴスの駐屯地へ移送するそうだ。


 続いて俺は町役場へ向かい、町長にも報告。

 ひとまず犯罪組織の流入を阻止したことを伝えた。

 しかし、今回の黒幕は巨大な犯罪組織のため、今後も安心できないことは町長も理解している様子だ。


 最後にレイリアの診療所へ立ち寄り、ヒクル爺さんの状況を聞いた。

 ヒクル爺さんに大きな怪我や後遺症はないものの、顔の腫れが引くまで数日かかるとのこと。


 ――


 翌日、俺は改めてギルドへ顔を出した。

 主任室へ向かうと応接ソファーに案内され、正面にラーニャが座る。


「マルディン。今回はご苦労様」

「ああ、ラーニャも処理をありがとう」

「あっという間に片づけちゃったわねえ」

「偶然が重なって上手くいったんだ」

「ふーん」


 ラーニャが全く信じてない表情を浮かべながら、珈琲を淹れてくれた。

 そして小さな革袋と書類を取り出す。


「これ、今回の報酬ね。元々調査クエストだったけど、捕獲して壊滅させたことで上乗せしたわ」

「そうか、すまんな」


 革袋に金貨五枚が入っていることを確認し、書類に受け取りのサインした。

 調査系クエストは、狩猟系のクエストと違い素材報酬がないため、報酬は低めと言われている。

 とはいえ、今回は報酬目当てではないため金額は関係ない。


「そうそう、町役場からあの建物の掃除依頼も来たわよ」

「掃除のクエストまであるのか?」

「そうね。特殊な状況だから、解体師に行ってもらったわ。解体師は血痕の処理がずば抜けて上手いのよ」

「そうか」

「あの場所は町が管理するんだって。きっと何かの施設になるでしょうね」


 ラーニャが珈琲カップを手に取る。

 窓から入る心地良い秋風が、ラーニャの長髪を揺らしていた。


「なあ、ラーニャ。黒幕の夜哭の岬(カルネリオ)って知ってるか?」

「知ってるわ。マルソル内海の海賊で、強奪、麻薬、密猟、誘拐、殺人。何でもやる組織よ」

「海賊?」


 俺は海賊という言葉に反応してしまった。


「そうよ。夜哭の岬(カルネリオ)は海賊よ。どうしたの?」

「いや……。なんでもない」

「これまで何隻もの貿易船や漁船が襲われ、港も襲撃されてるのよ。過去何度か皇軍が動いたけど、なかなか壊滅まではいかないのよね」

「港も襲うのか」

「ええ、この町には来てないけど、いくつもの港で略奪行為を行ってるわ」

「そうか……」


 港を襲う海賊と聞いて、僅かながら胸の奥に黒い感情が顔を出した。

 俺は心を落ち着かせるため、珈琲を口にする。


夜哭の岬(カルネリオ)以外にも、海賊や犯罪組織はたくさんあるわ。今のティルコアは魅力的だもの。他の組織が狙ってくるかもしれないわね」

「そうだな。これまで犯罪組織がなかったこの町だし、これからさらに発展することが分かってる。新規開拓できるとなれば、どの組織も狙うだろう」

「だから私も色々と考えて、この町のギルドを大きくしようとしてるのよ。冒険者ギルドも抑止力になるのよ」


 ラーニャが微笑む。


「あなたにも協力して欲しいわ」

「そうだな。俺にできることであればな」


 冒険者としてのんびりと生きていきたいが、それは安定して生活できる基盤があってこその話だ。

 この町を守るためなら何でもする。


「さて、俺は行くよ」


 ソファーから立ち上がり、扉に手をかけた。


「あ、そうだ」


 俺は振り返り、ソファーに座るラーニャに視線を向けた。


「何かしら?」

「お前、蜜黄玉(カミュ)は好きか?」

「この町で蜜黄玉(カミュ)が嫌いな人はいないわよ?」

「まあそうだよな。あんなに美味いもんな」

「そうよ。今年もヒクルさんの蜜黄玉(カミュ)を買いに行かなくちゃ。うふふ」


 満面の笑みを浮かべるラーニャ。

 窓から差し込む秋の優しい光がラーニャを照らす。

 素直な時はとても美しく見える。

 素直な時は。


「いつもこうあって欲しいものだ」

「何か言った?」

「いや、なんでもない。なんでもないよ。あっはっは」


 俺を睨むラーニャ。

 俺は逃げるようにギルドをあとにした。


 ――


 数日後、裏路地へ顔を出すと、ヒクル爺さんが蜜黄玉(カミュ)を売っていた。


「爺さん。身体はもう大丈夫か?」

「おお、マルディンか。もう大丈夫じゃ。レイリア先生にも許可をもらったぞ」

「そうか。良かったな」

「マルディンよ。色々とありがとう」


 ヒクル爺さんが深く頭を下げた。


「おいおい! やめろって! 俺はただ、爺さんの美味い蜜黄玉(カミュ)が食いたかっただけさ」


 俺は蜜黄玉(カミュ)の木箱を指差した。


「爺さん。蜜黄玉(カミュ)を売ってくれよ」

「金はいらん。好きなだけ持っていけ」

「んじゃ、木箱二箱持ってくぜ」

「なんじゃと!」


 驚くヒクル爺さんに、俺は革袋を差し出した。

 今回の報酬が入った革袋だ。


「っしょ!」


 俺は木箱を持ち上げた。


「あたた。さすがに二箱は腰にくるな」

「ま、待て! 金貨五枚も入っとるぞ!」

「だから木箱で持ってくんだろ」

「金貨はもらえん! ダメじゃ!」

「いいって。こんだけの量を持ってくんだからな」

「それでも金貨は多すぎる!」


 譲らないヒクル爺さん。


「んじゃ、投資だ。来年も美味い蜜黄玉(カミュ)を食うために、爺さんへ投資する。その金貨で色々とやって、来年も絶対に美味い蜜黄玉(カミュ)を食わせてくれ。それならいいだろ?」

「マ、マルディン」

「俺に一番美味い蜜黄玉(カミュ)を食わせてくれよ。そのための金だ。俺のために使うんだ」


 この騒動に巻き込まれ、蜜黄玉(カミュ)の旬の時期に数日休んだことも、爺さんにとっては辛いだろう。


「わ、分かったのじゃ。すまんのう。すまんのう」


 ヒクル爺さんの瞳に、涙が溢れていた。


 俺はヒクル爺さんの蜜黄玉(カミュ)が好きだし、来年もまた美味い蜜黄玉(カミュ)を食いたい。

 だから、ヒクル爺さんには今後も頑張ってもらう必要がある。


「爺さん。元気でしっかり働いてくれよ」

「こ、こんな……老人を……働かせおって」


 涙を拭うヒクル爺さんが、冷静を装うかのように大きく息を吸った。

 そして笑顔を見せる。


「そんなに持っていっても一人じゃ食えんじゃろ? どうするんじゃ?」

「ギルドで皆に配るんだよ。この美味い蜜黄玉(カミュ)を食えば、クエストも上手くいくってな。あっはっは」

「そうか。嬉しいのう。ふぉふぉ」

「じゃあな、爺さん。またな」


 俺はヒクル爺さんと別れ、裏路地を出た。

 ヒクル爺さんが見えなくなったところで木箱をおろす。


「ぐっ。腰が……痛え」


 腰に手を当て、背中を伸ばした。


「いてててて。しまったなあ。ラミトワに運んでもらえば良かったぜ」


 さすがに二箱は重たかった。


「ヒクル爺さんの前でカッコつけなきゃ良かった……」


 だがあの状況では仕方がない。

 俺だってカッコつけたい時はある。


「くそっ。腰痛え」


 俺は何度も休憩しながら、ギルドへ向かった。

 もちろん、休憩のたびに蜜黄玉(カミュ)の皮を剝いて。

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