第77話 町の発展の光と影4
今回持ち出した糸巻きは、騎士時代に使用していたリング状の糸巻きだ。
新しい糸巻きを作ってから、この糸巻きを使うことはないと思っていた。
これを持ち出したのには理由がある。
今から俺が行うことは、血生臭い惨劇になるからだ。
新しい糸巻きは、リーシュが希望を持って作ってくれた。
こんな状況ではなく、冒険者として胸を張れるクエストで使用したい。
俺は右手にリング状の糸巻きを握る。
「剣を抜いたんだ。もう後戻りはできんぞ?」
「何言ってんだこいつ。バカが。マジで生きて帰れると思うなよ」
正面に立ち、脅すように曲剣の剣先を俺に向ける男。
俺は右手に持つ糸巻きを素早く持ち上げながら、胸の前で小さく円を描くように動かした。
次の瞬間、男が持つ曲剣が鈍い音をたて床に落下。
同時に、曲剣を握る右腕も落ちていた。
「え? 腕?」
床の腕を眺め、自分の右腕に視線を向ける男。
「ぎゃああああああ! 腕が! 腕が!」
肘から下がなくなっていることで、自分の腕が落ちたことに気づいたようだ。
絶叫しながら、床に膝をつく男。
「で、この中で一番偉いのは誰だ? 話が聞きたいんだよ」
俺は部屋を見渡した。
ソファーに座る男たちが立ち上がり、曲剣を構えた。
「てめー何者だ!」
「もう一度聞くが、誰が一番偉いんだ?」
ソファーに座っていた六人が、一斉に切りかかってきた。
正面から剣を振り上げる男の右腕を糸で落とす。
「ぎゃああああ!」
そして即座に抜剣し、俺の右側面から切りつけてきた男の喉を長剣で突く。
「ごぼっ!」
壁を背にした俺を四人の男が囲む。
「もう逃げられねーぞ」
「バカか? 逃げてねーだろ」
「くそ! 死ね!」
号令のように一人が叫ぶと、四人が同時に剣を振り上げ切りつけてきた。
俺は慣れた手つきで糸巻きを操作。
「「「「ぎゃああああああ!」」」」
四人ともその場で腕を抑えてうずくまる。
同時に四本の腕が床に落ちていた。
片腕を落とされたら、もう戦意はないだろう。
残りは俺を連れてきたロープの男と、奥にいる机の男の二人だ。
床にへたり込み、失禁してるロープの男に、俺は視線を向けた。
「おい」
「は、はい」
「生きてる奴を治療してやれ」
「は、は、は、はい」
だが、ロープの男はすぐに動けないようだ。
完全に腰が抜けている。
俺は無視して、今度は机の男に視線を向けた。
「お前がここで一番偉いのか?」
「ま、待て! 何が目的だ!」
「お前が偉いのか?」
「そ、そうだ」
顔面蒼白の机の男。
右手に構える曲剣が大きく震えていた。
「どうした? そんなに震えて」
「あ、い、いや」
「まあどうせすぐに治まる」
「待て!」
机の男は、俺の言葉の意味に気づいたようだ。
曲剣を床に放り投げた。
「ま、待て! 待つんだ!」
机の男は両手を上げ、無抵抗のポーズをとった。
「な、な、何でも言うことを聞くから! た、頼む!」
「全部話せ。お前らの組織、目的、黒幕。知ってること全部だ」
「こ、殺されちまう」
「今ここで死ぬか?」
「分かった! 分かったから!」
「こっちに座れ」
男をソファーへ呼び、座らせる。
俺は対面に座った。
「嘘を言うなら四回までだ。嘘だと分かれば腕を落とす。次は足。五回目は……首だ」
俺は首を落とす仕草を見せた。
「わ、分かった! 言うから!」
「正直に話せば、命は助けてやる」
男は全てを話した。
話す際の表情や声色から、どうやら嘘は言ってないようだ。
こいつらが町に来たのは約二週間前。
この男をリーダー格とした小さな犯罪集団で、まずはここにいる九人でティルコアを牛耳るつもりだった。
命令を下したのは、隣街イレヴスの大きな犯罪組織溺れる月。
さらにそのバックにいるのは、夜哭の岬と呼ばれるマルソル内海で最大の犯罪組織とのこと。
勢力を拡大するため、発展中のティルコアを狙ったそうだ。
「ぜ、全部話したぞ!」
「命は助けてやる。命はな」
見せつけるように右腕を動かす。
「や、やめ! やめろ! 助けてくれ! 頼む! 何でもする!」
「お前らは助けを求めた相手に何をした。あ?」
「も、もう二度としない!」
「二度としないんじゃない。できないようにしてやる。ありがたく思え」
「や、やめ!」
俺は円を描くように、右腕を動かした。
「この町を狙うとこうなる。覚えておけ」
「ぎゃああああ!」
部屋に響く叫び声。
俺は糸巻きを操作し、リーダー格の右腕を肘下から落とした。
「お前たちクズの腕は、蜜黄玉よりも価値はない」
そして、仲間の治療を始めていたロープの男に視線を向ける。
「おい」
「は、はい」
「俺は出る。後で警備兵が来るだろう。別に逃げてもいいが、俺はどこまでも追う。ここで捕まった方が幸せに思えることになるぞ」
「に、逃げません!」
「そうか。じゃあ、早く治療してやれ」
「わ、分かりました」
唯一腕を落とさなかったロープの男。
だが、前歯は失くなり、鼻は大きく曲がっている。
十分痛みと恐怖は与えただろう。
俺は大きく息を吐き、血生臭い地下室を出た。
「眩しいな……」
太陽の光が目に入る。
日はだいぶ傾いていた。
右手をかざし、日の光を遮る。
ヒクル爺さんの売り場へ行くと、すでに片付けられていた。
「爺さんは無事かな」
俺はそのままギルドへ向かった。




