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第75話 町の発展の光と影2

 朝の支度を終え、俺は家を出た。


「昨日の蜜黄玉(カミュ)はマジで美味かった。今日も買いに行くか」


 昨日買った蜜黄玉(カミュ)は、夕飯と朝飯で食べきってしまった。

 自分でも驚いてるのだが、それでもまだ食べたい。


「甘い蜜黄玉(カミュ)があれほど美味いとはな。秋って最高だぜ」


 俺は町役場へ向かっていた。

 昨日のように俺がいれば助けに入ることは可能だが、毎回そうタイミングが合うわけない。

 爺さんは平気だと言っていたが、町の治安に関わる。


 町役場で顔馴染みの受付嬢に声をかけると、町長室へ案内してくれた。

 いきなり町長へ面会させてくれるこの町の緩さがいい。

 小さい町だからできることだ。

 しかし、それが今は少しずつ変わってきている。


 町長室の扉をノックし、ノブに手をかけた。


「町長。ちょっといいか?」

「ん? なんじゃ、マルディンか。どうした?」

「ヒクル爺さんが蜜黄玉(カミュ)を売ってるだろ?」

「ああ、今年は良い出来だからな。儂も買いに行くよ」

「いやそれが、あの場所で襲われたんだ」

「襲われた?」

「場所代を払えって言われて、若い男に襲われた」

「な、なんじゃと! ヒクルは無事なのか!」

「殴られたようだ。爺さんはなんでもないと言っていたがな」

「そうか」


 町長と俺は、応接用のソファーに移動した。


「あそこに場所代なんてものはない。昔から自由に商売をしてたし、今後も自由じゃ」

「だけど、ああいう輩が出てきた」

「そうじゃな。人の流入が急激に増えた弊害じゃ。正直警備が追いついておらん」


 俺は元騎士だ。

 他国の軍事事情は知っている。

 エマレパ皇国は騎士団ではなく、完全なる軍隊を保有。

 皇軍と呼ばれる常備軍と、有事の際に徴兵される民兵から成る。

 とはいえ、地域の治安維持も軍の任務の一つだ。


 国の常備軍は大きな都市に常駐しており、隣街のイレヴスに駐屯基地がある。

 だが、この小さな町には、兵士が三人ほど派遣されている程度だった。

 そのため、緊急性がある場合は冒険者ギルドに依頼が来る。


「町長、新参者の俺が言うべきことではないかもしれんが、中央に軍の常駐を申請してみたらどうだ?」

「そうじゃな。ただ、困ったことに中央は事案が発生した後じゃないと、なかなか動かんのじゃ。申請してみるがのう」

「そうか。中央の腰が重いのは、どこも一緒だな。で、今回の件はどうするんだ?」

「そうじゃの。現状では軍も動かないじゃろうから、冒険者ギルドへ依頼することになる」

「分かった。俺が受けるよ」

「マルディンが? いいのか?」

「ああ、俺も関わったしな。今からギルドへ行ってラーニャに説明するよ。で、もう開始する」

「そうか。じゃあ、すまんが頼む」


 俺はすぐに町役場を出て、ギルドへ向かった。


 ――


 ギルドへ入ると、パルマがクエストボードにクエストを貼り出していた。

 ギルド職員の朝の仕事だ。


「パルマ、おはよう。ラーニャはいるか?」

「おはよう。主任なら二階にいるよ」

「分かった」

「マルディンが主任に用事なんて珍しいな」

「ああ、ちょっとクエストのことでな」


 二階に上がり、主任室の扉をノックした。


「あら、マルディン。朝からどうしたの? 私に会いたかったの?」

「んなわけねーだろ。はあ。面倒な女だぜ」

「ウフフ、すぐ怒るんだから。嫌ねえ」

「怒ってねーよ!」


 この女は人を苛つかせる天才だ。

 応接用のソファーに移動したラーニャ。

 俺は対面に座る。


「で、どうしたの?」

「昨日、ヒクル爺さんが襲われてな。その処理を俺がやることになった」

「え? ヒクルさんが襲われた?」

「ああ、場所代を払えって襲われた」

「場所代?」


 男が爺さんに場所代と称し、金銭を要求していたことを説明した。


「分かったわ。この町にも犯罪組織が来たのね。これまでは自警団と、私たち冒険者ギルドでなんとか防いでいたのよ。町が大きくなった弊害ね」

「組織的だと思うか?」

「そうね。個人でそんな活動はしないもの。組織の規模は分からないけどね」

「それを調査する」

「あなた一人で? 私も行くわよ?」

「いや、調査だし一人で動いた方がいい。もし何かあったら報告する」

「分かったわ。でも、無理はしないでよ?」

「大丈夫だ。後で町長から依頼が来る」

「条件はこちらで決めていいんでしょう?」

「ああ、全て任せるよ」


 ラーニャがポットの珈琲を淹れてくれた。

 このポットは、土台の中に火をつけた燃石が入っており、その上に置くことで常に保温できるという代物だ。

 これはラルシュ工業という飛空船の会社が発明したものらしい。


 カップに注がれた珈琲から、湯気が揺らめく。

 何度見ても凄い。

 これが祖国にあったら、冬場は重宝しただろう。


 ラーニャが珈琲を口にする。


「ねえ。調査が終わっても、そのままクエストを続けてちょうだい」

「なぜだ?」

「調査を終えたからって、そのまま帰ってくるわけじゃないでしょ? 例えば組織の人間や隠れ家を発見したら、あなたどうするのよ。そのまま対処するでしょ?」

「まあ……そうだな。制圧するか、場合によっては壊滅……」


 俺はラーニャに誘導されてることに気づいた。


「なんてできるわけないだろう? すぐに帰ってくるさ」

「うふふ。あなたって経験者でしょ?」

「万年Cランクだって」

「ふーん」


 言葉とは裏腹に、疑いの目で見ているラーニャ。


「ちっ、分かったよ。昔な……。少しだけ、そういう経験があるんだ」


 誤魔化そうと思ったが、もうこの際どちらでもいい。

 町の治安に関わることだし、昨日のように爺さんたちが危険に晒されるなら、徹底的にやった方がいいだろう。

 手を抜くつもりはない。


「ラーニャ」

「なあに?」

「場合によっては死人が出る。対処を頼めるか?」

「……ええ。分かったわ。駐在の兵士に話を通しておくわね」

「頼む」


 俺は昨日の爺さんの姿と、蜜黄玉(カミュ)の味を思い出していた。

 この町の老人たちは皆優しく人が良い。

 それを……。


 ソファーに座り、前かがみで膝の上に乗せた両手を組む。

 俺はそのまま目を閉じた。


「あら? 怒ってるの?」

蜜黄玉(カミュ)が美味かったんだ」

「ヒクルさんの蜜黄玉(カミュ)は絶品だもの」

「その蜜黄玉(カミュ)を潰したんだよ」

「そうなのね」


 ヒクル爺さんが精魂込めて作った蜜黄玉(カミュ)を潰したことも許せないが、町を荒らし、町の人を襲ったことに激しい怒りが湧く。

 過去の忌まわしい記憶が蘇る。


「ふう」


 俺は大きく息を吐き、心を落ち着かせた。


「俺はさ。この町の人たちに感謝してるんだよ。よそ者の俺を快く受け入れてくれてさ」

「皆優しいものね」

「それにこの町は、肉も魚も野菜も果物も全部美味い。皆が一生懸命、それこそ命がけで獲って、育てたものだ。当然だろう」

「そうね」

「それを奪うだけの奴らは……」


 俺はソファーから立ち上がった。


「マルディン?」

「この町に手を出すとどうなるか教えてやる」


 強奪者は絶対に許さない。

 物だけではなく、結果的に人の幸せや尊厳、思いや歴史まで奪っていく。


 俺は主任室を出た。

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