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第73話 夏風邪にご注意を2

 小鳥たちの鳴き声で目が覚めた。

 カーテンの隙間から光が差し込む。


「ん……」


 身体を起こすと、まだ書類仕事をしているレイリアの姿がある。


「あら、おはよう。体調はどう?」

「ああ、もう大丈夫だ。それより、お前寝てないだろ?」

「そうね。でも、おかげで一気に仕事が片づいたわ。はあ、良かったー! 一気に楽になったわ」


 レイリアが右腕を天井に向かって、真っ直ぐ伸ばす。


「んー!」


 大きく伸びをしながら立ち上がったレイリア。

 そのまま窓際へ移動し、窓に手をかけた。


「風が気持ち良いわね。寒くない?」

「気持ち良いよ」


 外の景色を眺めたレイリアは、窓を背にして窓枠に寄りかかる。

 そして、ベッドにいる俺に視線を向けた。


「レイリア。色々とすまなかったな」

「謝るより感謝してよ。うふふ」

「そうだな。ありがとう。助かったよ」

「どういたしまして」


 逆光で表情までは見えない。

 だが、レイリアの笑顔は美しいことを知っている。


「ねえ、朝ご飯作るわよ?」

「いいのか?」

「もちろんよ。でもまだ軽めの食事だからね。できたら起こすから、まだ寝てなさい」

「かしこまりました。先生」

「うふふ。キッチン借りるわよ」


 レイリアがキッチンへ向かった。


 ――


「マルディン。朝食ができたわよ」


 レイリアに呼ばれ目を覚ます。

 リビングに移動すると、テーブルに野菜スープとパンが並べられていた。

 スープには細かく刻んだ干し肉も入っており、手が込んでいる。


「熱いからゆっくりね」


 二人で朝食を取る。


「そういえば、聞いたわよ」

「ん? 何をだ?」

「あなた、スミリさんに告白したんだって?」

「ぶっ!」


 思わずスープを吹き出した。


「汚いわねー」

「ちがっ! それは!」

「スミリさん本人から聞いたって、父が言ってたわよ」

「違う!」

「何が違うの?」

「それは婆さんが勝手に!」

「ねえ、どうしてこんな美人を無視して未亡人に告白したの?」


 真顔のレイリア。

 その美しさが恐怖を引き立てる。


「だから! それは!」

「そんなに年上が好きなの?」

「ちげーっつーの!」

 

 レイリアの表情が一気に明るくなった。


「うふふ。ごめんなさい。事情は聞いたわ。あなた、またスミリさんを救ってくれたのね」

「俺は何もしてないって。帽子を……爺さんを助けただけだ」

「スミリさんがご飯を食べなくなった時ね。医師として無力さを痛感したのよ。でも、あなたのおかげでスミリさんは元気を取り戻した。本当に助かったけど、ちょっと嫉妬もしたわ。うふふ」

「何言ってんだよ。レイリアほど立派な医師はいない。こうして俺も治してくれたし」

「あなたの主治医だもの」

「感謝してるよ」

「うふふ。じゃあ、片付けるわね。あなたはベッドで寝てなさい」


 袖をまくり、キッチンへ向かうレイリア。

 俺は薬を飲み、ベッドで横になった。


 しばらくするとレイリアが寝室に顔を出す。


「ねえ、洗濯物とかある?」

「え? 洗濯物って……」 

「ついでだからやっておくわよ?」


 俺はベッドの上で上半身を起こした。


「いやいやいや! そこまではいいって! それに最近少しずつ家事を覚えてきたんだ。大丈夫だよ」

「そうなのね。でも困った時はいつでも言ってね」

「ああ、ありがとう」

「なんだか新婚生活みたいね」

「バ、バカなこと言うなって!」

「あら、顔赤いわよ? 熱上がった?」

「お前のせいだろ!」

「はいはい。私のせいですよー」


 笑いながらエプロンを外し、結んでいた髪の紐を解くレイリア。


「じゃあ帰るわね」

「今日は診察か?」

「ええ、そうよ」

「徹夜だろ? 大丈夫か?」

「ありがとう。でもまだ若いもの。大丈夫よ」

「おいおい、若いって言ったって……」

「なに? なにが言いたいの?」

「いや! なんでもない! なんでもないよ! あっはっは」

「もう!」


 レイリアがベッドに座り、両手で俺の頬を挟んだ。


「明日までは安静よ。ちゃんと言うこと聞くのよ」

「ふぁ、ふぁい」

「明日の昼頃診察に来るから、その時また判断するわね」


 ベッドから立ち上がるレイリア。

 俺もベッドから降りて、レイリアと一緒に扉へ向かう。


「レイリア。本当にありがとう」

「うふふ。いいのよ」

「送ってやれなくてすまんな」

「いいのよ。それより、ちゃんと寝てなさいよ。あ、スープはまだたくさんあるから食べてね」

「ありがとう」

「じゃあ、また明日ね」

「ああ。気をつけてな」


 レイリアを見送り、静かに扉を締めた。

 先程まで賑やかだったリビングを見つめ、寝室へ向かう。


 ◇◇◇


 マルディンの自宅を出たレイリア。

 徹夜明けにもかかわらず、姿勢は良く、その美しさは微塵も失われていない。

 黒髪を海風になびかせながら、緩やかな丘陵の道を歩く。


「レイリアさーん!」


 正面から手を振りながら、駆け寄る若い女の姿が見えた。

 遠くで見えたと思ったのに、もうすでに目の前にいるほどの足の速さだ。


「あら、フェルリート。こんな朝早くからどうしたの?」

「はあ、はあ。マルディンが病気だって聞いたから、お見舞いに行こうと思って」

「あらあら。さっき診察したわよ」

「え? マルディン大丈夫なの?」

「そうね、もう大丈夫だけど……」


 フェルリートが背負う大きなリュックに視線を向けたレイリア。

 中の荷物が想像できた。


「今日一日家から出ないように言っておいてね」

「うん! 分かった! じゃあまたね!」


 颯爽と走り去るフェルリート。


「うふふ。可愛いわねえ。若いっていいなあ」


 走るフェルリートに向かって、両手を口に当て大きく息を吸ったレイリア。


「フェルリート! まだ重い食事はダメよ!」

「はーい! 分かりました!」


 レイリアを振り返り、手を振りながら走るフェルリート。


「もうあんなところに。足速いわね」


 少しだけフェルリートの後ろ姿を眺め、レイリアは歩き始めた。


「本当にマルディンはモテるわね」


 風で舞う黒髪を耳にかける。


「どうなるのかなあ」


 海風が優しくレイリアを包み込む。

 秋の風へと移り変わっていることに気づいた。


「夏はもう終わりね」


 一度大きく伸びをしたレイリアは、診療所へ帰った。


 ◇◇◇

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― 新着の感想 ―
甘酸っぱいね〜
ずっと支えてきたフェルリートが不憫…
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