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【書籍化決定】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第三章 真夏の初体験

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第71話 麦わら帽子と季節の変わり目3

 スミリ婆さんの自宅に到着し、扉を叩く。


「婆さん! 待たせたな!」

「おお、マルディン! お爺さんは! お爺さんは!」

「大丈夫だ。無事だよ。傷一つついてない。安心してくれ」

「ありがとう。ありがとう」


 大粒の涙を流すスミリ婆さんに帽子をそっと手渡す。


「お爺さん、お爺さん」


 大切そうに抱えるスミリ婆さん。

 感動の再会だ。

 本当に良かった。


「マルディン、怪我はないか?」

「ああ、俺は大丈夫だよ」

「本当にありがとう。すまないねえ」

「いいって。それより、すげーいい匂いじゃん?」

「お爺さんが好きだったスープを作っておいたよ。マルディンも食べていくかい?」

「いいのか! あのスープうめーんだよ。好きなんだよなあ」

「ちょっとあんた。濡れてるじゃないか」

「ん? ああ、少し濡れただけだよ。もうほとんど乾いた。大丈夫さ」

「今は季節の変わり目だよ。風邪引いちゃうから、タオルを持ってくるよ」


 スミリ婆さんが用意してくれたタオルで身体を拭く。

 ブーツの中やアンダーシャツも濡れているが、これは自宅に戻って乾かすつもりだ。


「熱々のスープだから身体が温まるよ。好きなだけお食べ」


 笑顔を浮かべスープをよそうスミリ婆さん。

 だが、その表情には僅かな悲しみが見える。

 俺は結局三杯おかわりした。

 爺さんの分も食べたつもりだ。


「あー美味かった。爺さんも喜んでるよ」

「そうかい。良かったよ」


 食後に熱い紅茶を淹れてくれたスミリ婆さん。

 窓から入り込んだ風が、紅茶の芳醇な香りを部屋に広げていた。


「マルディン。本当にありがとう」


 呟くスミリ婆さん。

 カップを両手で掴み、揺れる水面を見つめている。

 外から聞こえる夜鈴虫(ベルツ)の美しい鳴き声だけが部屋に響く。


「マルディン……。私はもう……、お爺さんに会いに行きたい。辛いよ。もう辛いよ」


 スミリ婆さんが帽子に視線を向けた。

 帽子専用の棚に置かれており、部屋を見渡せる位置にある。

 涙を流すスミリ婆さん。

 爺さんが死んだ時と同じくらい弱気だ。


「なあ婆さん。爺さんがいなくなって悲しい気持ちは分かる。俺もそういう経験があるからさ」

「え?」


 スミリ婆さんの気持ちはとても良く分かる。

 俺も最愛の人をなくした経験があるからだ。


 スミリ婆さんが、俺に視線を向けた。

 その瞳を俺は真っ直ぐ見つめる。


「だけどよ、婆さんまでいなくなったら、今度は俺が悲しくなるんだぜ? 婆さんがいなくなったら……寂しいよ」

「マルディン……」

「だから、これからも元気でいてくれ」

「マ、マルディン……」

「頼むよ。まだ一緒にいてくれよ」


 涙を拭う婆さんが、大きく息を吸った。

 その呼吸は小刻みに震えている。


 何度か呼吸した後、婆さんの口元が僅かに緩んだ。


「な、なんだい、マルディン。私に愛の告白か? ほっほっほ」

「は? な、なに言ってんだよ?」

「私に告白なんて三十年早いよ」

「こ、告白なんてしてねーだろ!」

「三十年後にもう一度告白してきな」

「こ、このババアが! あと三十年も生きるつもりかよ!」

「ほっほっほ。マルディンに告白されたって言いふらそう。ほっほっほ」

「なっ!」


 この町の老人たちの情報網は恐ろしく速い。

 何かあると翌日には町中に広まっている。


「ま、待て待て待て! 誰がババアに告白したんだよ!」

「マルディンに告白されちゃったよ。ほっほっほ」

「してねーよ!」

「私もまだまだ捨てたもんじゃないね。昔はモテたんだから」


 婆さんが麦わら帽子に視線を向けた。


「でもお爺さんがいるんだよ。お爺さん、私は浮気なんてしないよ」

「告白なんかしてねーっつーの!」


 スミリ婆さんに元気が戻ったのは嬉しい。

 だが、告白はしてない。

 断じてしてない。


「くそっ。明日から爺さん婆さんにからかわれるぜ」

「お爺さん、許しておくれ。ほっほっほ」

「してねーっつーの! おい、ババア!」

「ほっほっほ」


 俺は爺さんの麦わら帽子を指差した。


「おい、爺さん! あんたの嫁だろう! 何とか言えよ!」


 爺さんの麦わら帽子が少しだけ動いたような気がした。

 風で動いただけだろう。


 だけど、もしかしたら本当に笑ってるのかもしれない。

 そうだったら嬉しい。


 窓から入る風は、夏の終わりを告げるかのような涼しさを運び、優しく部屋を包みこんでくれた。

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