第7話 新しい人生の始まり
「マルディンさん! おかえりなさい!」
「ああ、ただいま」
ギルドの受付カウンターへ行くと、受付嬢が満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「まさか試験初日に完了するとは思いませんでした。過去の事例を見ても最速だと思います」
「運が良かったんだよ。あっはっは」
「凄いなあ。あ、試験結果が出たようです!」
受付嬢が一旦事務所へ入り、一枚の書類を手にして戻ってきた。
「マルディンさん! 討伐試験の結果が出ました! 合格です!」
受付嬢が用意した書類にサイン。
これで手続きは全て終わりのようだ。
「明日の昼に冒険者カードを発行しますので、また来てくださいね」
「そうか。助かるよ」
「討伐試験のチェック内容は開示してないのですが……。マルディンさんは満点ですって。本当に凄いです」
「あっはっは。偶然だって。雪泳蜥蜴と相性が良かったんだよ」
「うふふふ。謙遜しちゃって。はい、これをお支払いしますね」
受付嬢がカウンターに金貨を置いた。
「これは?」
「討伐試験とはいえ、雪泳蜥蜴の素材はギルドで買い取ります。その報酬です」
「それはありがたい」
俺は金貨二枚を受け取った。
「雪泳蜥蜴三匹で金貨二枚か。なかなか良い報酬じゃないか」
「雪泳蜥蜴の鱗は低価格の防具として人気ですし、夏眠に入ったばかりの肉は脂が乗っているので美味なんですよ」
「なるほどね。確かにこの時期の雪泳蜥蜴は美味いもんな」
「それにマルディンさんの捕獲状況が良かったので、高値になりました」
「嬉しいこと言ってくれるね。さて、じゃあ宿へ戻るよ」
「はい。では明日お待ちしてますね」
「はいよー」
ギルドを出て街道を歩く。
「連日の試験でさすがに疲れたな。いててて。腰がいてーよ」
腰を擦りながら宿へ向かった。
――
翌日ギルドへ行き、発行されたばかりの冒険者カードを受け取る。
これで国境越えは容易になるだろう。
「マルディンさん、おめでとうございます」
「色々と世話になったな。ありがとう」
顔見知りになった受付嬢が、少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。
「……マルディンさん、行っちゃうんですよね。あの……国外へ行っても、ちゃんと冒険者として活動してくださいね」
「そうだな。検討するよ。はっはっは」
「活躍を期待してますからね!」
国外追放まで期限はまだ数日残っているが、俺はそのまま空港行きの馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られながら、発行された冒険者カードを眺める。
「冒険者か。Cランクのクエストならそれほど危険はないし、生活に困らない程度に金も稼げる。ふむ……」
国外へ出るために冒険者カードを取得したが、冒険者自体も悪くないと思い始めていた。
転職しようにも商売の才能なんてない俺だ。
戦うことしかできない。
であれば、比較的安全なCランクのクエストをこなしながら、のんびりと生きるのも良いだろう。
「しばらくは冒険者生活をしてみてもいいかな」
俺はバッグから一枚の世界地図を取り出した。
「さて、どの国へ行こう」
俺は独身で家族もいない。
目的地もないから、どこへでも行ける。
どうせ国外へ行くのであれば、暖かい地方へ行きたい。
「南か。となると、エマレパ皇国だな」
大陸最南端にある国家はエマレパ皇国だ。
四大国に数えられる大国で、冒険者ギルドの支部もある。
「温暖だが台風が多いと聞く。だけど雪よりマシかな。行ってみるか」
ジェネス王国からはエマレパ皇国の移動は、陸路だと三、四ヶ月ほどかかる。
だが、飛空船を乗り継げば四日で着くだろう。
空港に到着し、エマレパ皇国行きのチケットを購入。
価格は一般席でも金貨十枚と恐ろしく高価だが、数ヶ月かかる陸路より安全で結果的に安く済む。
飛空船の移動はメリットしかない。
俺は出国手続きを行うために、取得したばかりの冒険者カードを受付に提示した。
「マルディン・ルトレーゼ。え? マルディンって……。しょ、少々お待ち下さい!」
係の者が焦りながら事務所へ入ると、数人の騎士を連れて戻ってきた。
出国管理局は騎士の任務だ。
「マルディン隊長!」
「お、お前は! ウェールズ小隊長か」
部下だった騎士のウェールズだ。
真面目で気が利く上に剣の腕も立つ。
信頼できる部下の一人で、俺は小隊長に任命した。
「あー、ウェールズ。知ってるかもしれないが、俺は国外追放になったよ。しかも永久追放なんだ。時間がなくてな。挨拶できなくて悪かった」
「伺っております……」
「これからエマレパ皇国へ行くよ」
「南国ですか。雪国に住んでいると、南国を夢見ますからね」
「あっはっは。そうなんだよ」
ウェールズが俺の手を取り強く握る。
「私はマルディン隊長から受けたご恩を一生忘れません」
「よせよせ。そんなもん忘れちまえ」
瞳に涙を浮かべるウェールズ。
俺はウェールズの肩に手を置く。
「お前さ、仕事は程々にしとけよ。真面目すぎるのがお前の欠点だ」
「ははは、ありがとうございます。しかし隊長の方が真面目ですから。そっくりそのままお返しします」
「うるさいよ」
「ははは。しばらくはゆっくりとお過ごしください」
「ああ、そうするよ。ありがとう。じゃあ元気でな」
「はい、隊長もどうかお元気で」
俺は騎士たちに別れの挨拶を済ませ、飛空船に乗り込んだ。
いくつか国と都市で飛空船を乗り継ぎ、予定通り四日でエマレパ皇国の皇都タルースカに到着。
さすがは大国の首都で、驚くほどの大都市だった。
「ここは都会すぎる。もっと田舎へ行こう」
皇都の宿で一泊し、翌朝タルースカ空港へ赴く。
エマレパ皇国国内の地図を見ながら、行き先を考える。
「どうせなら南国の海を見てみるか。となると、マルソル内海だな」
故郷のジェネス王国は世界で一番荒れた海、北海に面していた。
常に冷たい風が吹き荒れる北海は、一年のほとんどが大時化だ。
マルソル内海は美しい翠玉色の海と聞いたことがある。
俺はマルソル内海に面した、皇国第三の都市ジェレミ行きのチケットを購入。
「南の海を見ながら、のんびり過ごすのもいいな」
ジェレミ行きの飛空船に乗船。
「さあ、新しい人生の始まりだ」
俺の未来を祝福してくれるかのように、飛空船は真っ青な大空へ飛び立った。