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第69話 麦わら帽子と季節の変わり目1

 海を眺めながら、のどかな町道を歩く。

 海の彼方には、空を貫くかのように伸びている巨大な白い雲。

 夏を象徴する巨大雲だ。


「いつ見てもすげー雲だぜ」


 早朝から日差しは強いが、海から吹きつける風には僅かながらの涼気を含んでいた。


「少しずつ涼しくなってるよな。でもあんま変わんねーのかな。分かんねーや。あっはっは」


 いつもより風が強く、丘から見下ろす海は波飛沫を上げている。

 元漁師のアラジ爺さんが、季節の変わり目は風が強まり、海が荒れやすいと言っていた。

 やはり夏の終わりが近いのだろうか。


「おっと!」


 まるで背中を押されたかのような突風が吹いた。

 辛うじて踏みとどまる。


「あぶねー。新しい装備でクエストへ行く前にコケるなんて、縁起がわりーからな」


 今日は新装備を試す予定だ。

 鎧を着込み、右腕に新しい糸巻き(ラフィール)を装着。

 左腰には剣を吊るしている。


「下位ランクの狩猟系クエストがあればいいが」


 今回はモンスター相手に新装備を試したいだけなので、まずは下位ランクのクエストへ行く予定だ。

 だが、比較的楽なDランククエストは、人気がありすぐに受注されてしまう。

 だからこうして朝早くからギルドへ向かっている。


 少し早足で町道を歩いていると、道から茂みに入っていく人影が見えた。


「ん?」


 新調した腰のベルトから新品の単眼鏡を取り出し、人影を確認。


「あ、あれはスミリ婆さんか?」


 スミリ婆さんは駆け足で茂みの中へ走っていく。

 少し焦ったような表情だ。


「おいおい、危ないって!」


 俺はダッシュして婆さんを追う。


「婆さん! スミリ婆さん! 危ないぞ!」


 全力で百メデルトを駆け抜け、スミリ婆さんに追いついた。

 婆さんの肩に手を置く。


「はあ、はあ。婆さん。どうしたんだ」

「帽子が! 帽子が!」


 泣きながら振り返り、すがるように俺の腕を掴んできた。


「帽子がどうしたんだ?」

「お爺さんの麦わら帽子が」

「あの帽子か!」

「そうなんだよ。風で飛んでっちゃったんだよ。マルディン、助けておくれ。お爺さんが。お爺さんが」

「すぐに助ける! どっちに飛んでいった?」

「林の方に。凄い勢いで飛んでって。お爺さん。お爺さん」


 涙を流しながら訴えているスミリ婆さん。

 スミリ婆さんは、数ヶ月前に最愛の旦那を亡くした。

 爺さんは死にいたる病気の末期だったそうだ。


 爺さんが亡くなった直後から、スミリ婆さんは飯を食わなくなり、急速に身体が衰弱。

 スミリ婆さんを診察していたレイリアが困り果て、俺に相談してきた。

 そこで思い出したのが、あの帽子の存在だ。

 俺は毎日スミリ婆さんの家まで様子を見に行き、自宅にあった麦わら帽子に対し、生前の爺さんと同じように話しかけた。

 それからスミリ婆さんも少しずつ元気を取り戻し、今では爺さんが生きていた頃と同じように農作業に精を出している。


「婆さん、危ないから家に帰ってろ。俺が絶対に届けるから」

「でも。でも」

「大丈夫! 俺は冒険者だ。捜索が一番得意なんだよ」

「私も探すよ」

「ダメだ! 婆さんが怪我したらどうする。爺さんが悲しむだろう? 俺に任せておけ」

「じゃ、じゃあ頼むよ。マルディン頼むよ」

「任せろって! 必ず爺さんに会わせる。だから家で待ってるんだ」

「わ、分かった。すまないね。すまないね」

「いいって。俺だって爺さんに会いたいからな」


 死んだ爺さんが愛用していた麦わら帽子。

 爺さんの大切な形見だ。


 今のスミリ婆さんにとって、あの麦わら帽子は爺さんそのものだった。

 農作業では必ず帽子を被ってるし、何かあると帽子に話しかけている。

 心の支えだ。

 もしそれをなくしたら……。


「必ず届けるから家で待ってろよ。いいな」

「あ、ああ。頼むよ」


 それでも、もしかしたら家から出てしまうかもしれない。

 信じてないわけじゃないが、人は不安になると予想外の行動に出る。

 こういう時は集中できる仕事を頼むといい。


「ほら、爺さんが一番好きだったスープを作って待っててくれ。とびっきりの美味しいやつな」

「分かったよ。作っておくから」

「じゃ、また後でな」


 俺は林に向かって駆け出した。


「絶対に助けるからな。待ってろよ、爺さん」


 ――


「風は南から吹いてたな」


 林に入ったが帽子は見えない。

 風の動きを予想し、婆さんがいた場所から方位計を頼りに北東へ進む。

 この方位計も最新で、精度が上がっていた。


「あれか!」


 数百メデルト進んだところで、木の枝に引っかかっている帽子を発見。

 細い木のため登ることはできない。


「よしよし。あの高さなら糸巻き(ラフィール)で取れるぞ」


 麦わら帽子を傷つけないように、引っかかった枝ごと巻き取るつもりだ。

 新しい糸巻き(ラフィール)の操作性は格段に上がっており、狙った位置へ確実に発射できる。


「そのまま動くなよー」


 糸巻き(ラフィール)を構え、枝に向かって(フィル)を発射。

 高速で発射されたにもかかわらずコントロールは容易だ。

 (フィル)の先端を枝に巻きつけた。


「よし!」


 だが、巻取りと同時に突風が吹く。

 (フィル)は狙い通り枝を巻き取ったが、帽子はさらに北東へ飛んでいった。


「マジかよ!」


 掴んだ枝を捨て、帽子を追う。


「このまま進むとカーエンの森に入っちまうぞ」


 林とカーエンの森の境目は川だ。

 この付近は汽水域で、川の水位は潮の満ち引きに影響される。


「くそ、今の時間は満潮だぞ」


 川に到着すると、予想通り水位が上がっていた。

 川岸に生える海緑樹(ヒラグ)は、その高さの半分が川に沈んでいる。


「満潮だと水深が結構あるんだよな」


 以前ラミトワに教えてもらったが、満潮になるとこの付近の川は水深が三、四メデルトにもなるそうだ。

 俺は泳げないため、糸巻き(ラフィール)で飛び越えるしかない。


 周囲を見渡す。


「あれだ!」


 ひときわ太い海緑樹(ヒラグ)を発見。

 だが川幅は十メデルトを超えている。

 川岸から(フィル)を発射しても届かない。

 少し川に入る必要がある。


「流されたら溺れ死んじまう……」


 俺は頭を振り、雑念を振り払う。

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