第68話 知った醍醐味3
右手で持つと、これまでよりも大幅に軽くなっていることに驚いた。
「軽いな」
「はい。小型化と軽量化に成功しました。そして、発射と巻取り速度が上がり、発射威力も向上しました。さらに糸の操作性も上がってます。以前マルディンさんが使用していた糸巻きのように、自由自在な操作が可能です」
俺が以前使用していたリング状の糸巻きは、もう使用していない。
リーシュが作った糸巻きの性能が良すぎるからだ。
だが一点だけ、糸の操作性に関しては以前の方が優れていた。
それすら凌駕するとなれば、俺にとって完璧な糸巻きになるだろう。
糸巻きの角度を変えて隈なく観察する。
「発射速度と威力、巻取り速度、操作性の向上。そして小型軽量化か。凄いなんてもんじゃないな」
「はい。ですがその分、身体の負担も上がります。一応負担を軽減する装置を取りつけました。それでもマルディンさんしか扱えません。怪我には気をつけてください」
「ああ、大丈夫だ。問題ない。今は身体も作り直しているからな。対応できるぞ」
糸巻きをリーシュに返した。
「で、費用はどれくらいかかったんだ?」
今回の依頼は糸巻きの調整。
しかし、完全に作り直されているため、追加で費用がかかるはずだ。
「あの、それがですね……」
予算オーバーの金額は言いづらいだろう。
リーシュが話し始めると、手を挙げてグラントが制した。
「俺から説明する」
「どれくらい予算オーバーしたんだ?」
「違う違う。実はな、以前この糸巻きの構造を特許申請しただろう?」
「そういやそうだったな」
「それがな、飛空船の製造会社であるラルシュ工業が、この構造を別の装置で採用したんだ」
「なんだと」
「ラルシュ工業は冒険者ギルドの運営国家であるラルシュ王国の国営企業だ。冒険者ギルドとの繋がりが強くてな。この特許を見たラルシュ工業の最高責任者が、すぐに採用したそうだ」
「ってことは……」
「ああ、特許の使用料が発生する。で、この間初回の使用料が支払われた。特許はマルディンとリーシュの名前で申請したから、折半して一人金貨十枚だ」
「マジかよ!」
「これはあくまでも初回だ。今後の使用にもよるが、継続的に入ってくるぞ」
グラントが書類の束を取り出した。
特許使用に関する内容と、その使用料が記載された書類だ。
「使用料の詳細だ。確認してくれ」
書類を受け取り目を通すと、支払い金額の欄に、俺とリーシュの名前でそれぞれ金貨十枚と記載されている。
「特許はマルディンの金で申請しただろ?」
「まあそうだな」
「だから発生した特許料はマルディンのために使うと、リーシュはこの金で糸巻きの開発を進めたんだよ」
「いやいや。確かに金を払ったのは俺だが、装置を考えたのはリーシュだろう?」
俺はリーシュに視線を向けた。
不満そうな表情を浮かべているリーシュ。
「いりません!」
リーシュが片手を広げ、俺に向けた。
「マルディンさんは将来のためにもっとお金を貯めてください!」
「どういうことだ?」
「マルディンさんはこれからもっと活躍して、もっと良い装備を作ります。私には分かります。上位の素材を使って装備を作ると、今よりもっともっともーっと、お金がかかるんです。だから将来のためにお金を貯めてください」
「そ、そうはいってもなあ。俺の装備のことで、お前に金を使わせるわけにはいかんよ」
「私は大丈夫です。いただいたこの特許料で、これからもっとマルディンさんのために開発していきます」
両手を腰に当て、胸を張っているリーシュ。
これは何を言っても聞かなそうだ。
「本当にいいのか?」
「はい! それに私は特許なんてこれからいくらでも取れます! 私は大金持ちになっちゃいます!」
はっきりと言いきったリーシュ。
凄い自信だが、天才と呼ばれるリーシュなら実現させるだろう。
「ふうう、分かったよ。だが、もし金が必要な時は遠慮せずに言えよ」
「はい! ありがとうございます! じゃあ今日はお肉を食べさせてください!」
「肉? あっはっは! いいぞ! 後でいつもの店に行くか。好きなだけ食え」
「はい!」
最後に冒険者の道具類一式を受け取った。
単眼鏡、ロープ、ベルト類、ミニバッグ、リュックなど全て新調されている。
特に四角竜の大角で作られた採取短剣は、武器としても使えるほどだ。
二階の会議室へ戻り支払いを済ませ、受け取り書類にサイン。
そして特許報酬の受け取り書類にもサインし、金貨十枚が入った革袋を受け取った。
「じゃあリーシュ、飯食い行くか」
「はい! マルディンさんは今日泊まっていきますか?」
「ああ、宿へ行くよ」
俺はグラントの肩に手を置いた。
「グラントも行かねーか?」
「そうだな。今日は定時で上がれそうだから、たまには行くか」
「そうこなきゃ。新装備の完成祝いだ。ご馳走するよ」
「いいのか?」
「もちろんだ。行こうぜ」
こんなに素晴らしい新装備を作ってくれたグラントへお礼をしたい。
「マルディン。冒険者ランクを上げれば、もっと良い素材が手に入るぞ」
「確かにな」
「自分の好きな素材を求め、理想の装備を作る。これこそ冒険者の醍醐味だ。皆こうやって冒険者にどっぷりハマっていく。どうだお前もランクを上げたくなっただろう? わはは」
「そうだな。いつかは俺も目指してみるよ」
「何言ってんだ! お前ならすぐにBランクだって受かるぞ」
「買い被りすぎだっての! まあでもいつかな。あっはっは」
新しい装備は心が踊る。
それに自分で狩猟した素材で装備を作るなんて、騎士時代には経験したことがなかった。
グラントの言う通り、もっと良い素材で理想の装備を作りたくなる。
グラントとリーシュが退勤の準備をしている間、俺はギルド一階のロビーで二人を待ちながら、床に置かれた新装備を見つめていた。
これほど気持ちが昂ぶるのはいつ以来だろうか。
騎士時代に装備を作った時でも、これほどの高揚感はなかった。
「こりゃヤバいな。グラントの言う通りハマるぜ」
Bランクモンスターの四角竜でこれほどの装備だ。
もしこれがAランクモンスターだったら、どんな装備になるのだろうか。
そしてさらに上位に君臨するネームドもいる。
「考え始めたら止まらん。装備はロマンの塊だな」
しばらく待つと、支度を終えた二人がロビーに姿を見せた。
「マルディンさん、お待たせしました!」
「んじゃ、いつもの店に行こうか」
「はい! アリーシャ師匠に焼き方を教わったので、もう完璧です!」
「そうか。そりゃ楽しみだ。あっはっは」
ギルドを出て、いつもの食堂へ向かう。
道中でグラントが俺の肩に手を置いた。
「どうした? お前さっきからニヤついてるぞ。嬉しそうだな」
「そ、そうか?」
「まあでも気持ちは分かる。新装備を作ると皆そうなるんだよ。わはは」
俺は冒険者という職業に、夢や希望を持っていたわけではない。
職を失い、ただ生活のために始めただけだ。
食っていけるだけの金を稼ぎ、無理せずのんびり生きていければいいと思っていた。
「冒険者も悪くない……」
だが今や、冒険者という仕事で充実感を得ているのも確かだ。
そして本当の意味で、冒険者の醍醐味を知った。