第67話 知った醍醐味2
鎧立てに装着されている軽鎧。
新品特有の輝きを放っている。
「おお! いいじゃねーか!」
「わはは。そうだろう。俺の自信作だ」
胴体、腕、足、ブーツの四部位フルセット。
色は艶消しの深緑色で塗装され、各パーツは黒い縁取りがされている。
第一印象で気に入った。
グラントが鎧の前に立つ。
「鎧のタイプは軽鎧。当然ながら動きを重視している。開発機関が保有する特許も取り入れたから、可動域は広いぞ。特に肩まわりの可動域に驚くはずだ。素材は四角竜の鱗と骨がメイン。繋ぎの部分や縁取りはレア四の深鉄石。塗装は深緑色で統一した。お前、狩りに行くだろう? 保護色になるぞ」
さっそく装着。
グラントが言うように、これまでの軽鎧よりも軽い。
「な、なんだこれは……。こんなに動くか?」
身体を動かしてみると、その可動域に驚いた。
まるで普通の服を着ているようだ。
「わはは。すげーだろ。これが開発機関の特許だ」
垂直に上がる腕。
一切の邪魔がない。
「こりゃ凄いな。今まで以上に動けるぞ」
「そうだろ。お前は糸巻きを使用するからな。特に腕の動きが重要だ」
この色も渋い。
グラントの言う通り保護色になる。
カーエンの森に入れば目立たないだろう。
狩りの成功率がさらに上がりそうだ。
「これが専用ケースだ。これも良いだろう?」
「鎧ケースなんて初めてだ」
「開発機関では鎧のオーダメイドを受けると、専用の鎧ケースも作る習慣があってな。このケースを作るのは、職人の楽しみの一つなんだ。デザインは自由だから職人のセンスが出る。ケースの収集家もいるほどだぞ」
専用の鎧ケースも洒落ていた。
四角竜の鱗を使用しており、縁を加工した骨で補強。
収納可能な取っ手と、ケースの底には小さな足車がついており、持ち運びにも配慮されている。
「こりゃいいな。飾りたくなるよ」
「わはは。ありがとう」
グラントのセンスに感心した。
こんなケースがつくのなら、また注文したくなる。
「さあ、お待ちかねの剣だぞ」
続いて、グラントが一本の剣を取り出した。
鞘に納められた長剣。
四角竜の鱗で作られた鞘は、鎧ケースと揃いのデザインだ。
「抜いてみろ」
「ああ」
手渡された剣を両手で持ち、鞘から抜く。
「音が違うな」
「まあな。お前の剣はこれまでは金属製だっただろ? こういった角や骨から作った剣だと、低い音がするんだ。音が目立たないから狩猟系冒険者に人気だ」
「なるほど」
抜いた剣を掲げ、角度を変えながらじっくり観察する。
四角竜の大角を削り出し、加工された長剣。
真っ直ぐ伸びた純白の両刃は、特殊なコーティングが施されている。
剣身の長さは一メデルト、幅は七セデルト。
柄の素材も大角だ。
握りやすいように、四角竜のなめし革を巻いている。
鍔と柄頭の素材も大角で統一されていた。
「素材は全て四角竜の大角だ。あの大角を丸々一本使用したからな」
「贅沢だな」
「ああ、素材は豊富だったから厳選に厳選を重ね、最も品質の高い素材を使った。本当に贅沢な剣だぞ」
「ありがたいよ」
剣を握り、重量を確認するように振ってみた。
「金属製よりも軽いだろ?」
「そうだな。これほど軽い剣は初めてだ」
「だが、硬度は六と高いぞ」
素材や鉱石の硬さを示す硬度。
十段階で数字が上がるほど硬くなる。
硬度六ともなれば剣としては優秀で、上位に入るほどだ。
「巻藁を用意した。切ってみろ」
立てられた巻藁に向かって、右手で握った剣を振り下ろす。
軽く振っただけなのに音が遅れて聞こえた。
「か、軽い……」
少し遅れて斜めに滑り落ちる巻藁。
グラントが切れた巻藁を拾い上げ、切断面を確認している。
「相変わらず凄いな。本当に滑らかな切断面だ。お前、Cランクなのに剣の腕は一流だよ」
「いや、俺の腕じゃない。剣が凄いんだ」
刃を確認するため、剣を顔の前に持ち上げ、前に突き出すように構えながら片目を閉じた。
「刃の形状が違う?」
「よく気づいたな」
研いだ刃の幅と角度が、通常の剣よりも長く鋭い。
その分刃は薄く、脆いとも言える。
「剣の仕様書と、以前試し切りした巻藁を何度も確認した。貸し出していた長剣は使いづらかっただろ?」
「そうだな」
「あの剣は押し切りに合わせてある。長剣を使う冒険者のほとんどは押し切りだからな。だがお前は素材や肉質に応じて、引き切りも多用する。だから切り口が美しい。新しい剣は硬度が高いから、お前の引き切りに対応するために、可能な限り刃を鋭利にしたんだ」
「なるほどね」
「ついでに言わせてもらうと、お前は世にも珍しい両利きの剣士だ。しかも左右どちらで切っても剣筋は変わらない。これまで見たことがない。本当に信じられない腕だぜ。わはは」
これまでは俺が剣の癖に合わせていたし、それが普通だと思っていた。
しかし、新しい剣は俺の癖まで考慮して作られている。
「オーダーメイドとはいえ、ここまでやってくれるのか……」
俺は小声で呟きながら、剣をそっと鞘に収めた。
「どうしたマルディン? いつもの元気がないぞ?」
「いや、驚いてるんだよ。本当に凄い。こんな剣は初めてだ。作った鍛冶師の顔が見たい」
「俺だ!」
グラントが、親指で自分の顔を指す。
俺は思わず吹き出した。
「あっはっは! グラント、本当にありがとう! お前は凄い鍛冶師だ。これは業物だぞ」
「おいおい、褒めても何も出ねーぞ。わはは」
俺はグラントと固い握手を交わした。
剣も鎧も大満足だ。
「こんな剣を作ってもらっちまったら、クエストの失敗を装備のせいにできないぜ。あっはっは」
「おいおい、お前はクエスト失敗なんてしないだろう。わはは」
グラントが俺の背中を叩く。
その様子を見ていたリーシュが、得意げな表情を浮かべていた。
「グラントさんは、叔母さんのお弟子さんでもありますからね!」
「リーシュの叔母さんって、開発機関局長の?」
「はい! 叔母さんは凄い鍛冶師なんです」
「そうか。じゃあいつか剣を打ってもらいたいな」
「ぜひ!」
続いて革袋を見せるリーシュ。
「糸巻きも確認してください!」
「おう、もちろんだ」
革袋から糸巻きを取り出したリーシュ。
これまでの形状とかなり変わっていた。
新しく作り直している。
「おいおい、調整って言っただろ?」
「調整を始めたんですが、アイデアがたくさん湧いちゃって……。最初から作り直したんです」
リーシュから糸巻きを受け取った。