第66話 知った醍醐味1
新装備を発注してから一ヶ月が経過。
俺は開発機関から借りた装備で、クエストへ行く日々を過ごしていた。
貸出用とはいえ剣も鎧も高品質だ。
さすがは開発機関といえよう。
だが、貸出用は誰もが使用できるように無難な調整が施されていた。
特に剣の仕上げは良くも悪くも普通だ。
俺は幼少の頃、田舎町の道場で剣を習った。
流派は特になく、元騎士という師範が教える剣は、基本に忠実な型でどんな状況にも対応可能。
そんな俺も騎士になり、様々な任務や戦場を経験したことで、独自の癖がついていた。
「新しい剣に細かい注文をしておいて良かったぜ」
誰もが使える調整のこの剣だが、俺にとっては使いづらい。
それでも下位ランクのモンスター相手に、遅れをとることはなかった。
「よっと」
俺はモンスターの頭部から剣を抜いた。
今日はDランクの狩猟クエストで、カーエンの森に来ている。
クエスト内容は毒甲百足の狩猟だ。
◇◇◇
毒甲百足
階級 Dランク
分類 節足型蟲類
体長約二メデルト。
小型の蟲類モンスター。
体節が二十以上あり、一つの体節に三対の足が特長。
その名の通り百本以上の足を持つ。
湿った森林に生息し、食性は肉食。
強靭な顎や無数の足にいくつもの細かい毒針を持ち、獲物に触れると麻痺性の毒を注入する。
毒は即効性があり、麻痺して動けなくなった獲物を生きたままゆっくりと喰らう。
捕獲された獲物の唯一の救いは、毒で痛みを感じないこと。
毒甲百足の毒は、精製すると麻酔薬になる。
この麻酔薬は冒険者ギルド医療機関の医師が発見し、現代医療に欠かせない薬品の一つとなった。
医療機関は毒甲百足を大量に飼育しており、世界で唯一、麻酔薬を製造販売している。
黒光りする甲殻には、毒々しい赤い線が縦長に二本入っている。
足は鮮やかな黄色。
硬い甲殻は安価な鎧に使用されることが多く、Dランクモンスターの中では高値で取引される。
◇◇◇
俺はモンスター事典を思い出した。
「こいつが麻酔薬の元ってのが、未だに信じられん。こんなに気持ち悪いのに」
無数の足が、まだ僅かに動いている。
蟲類モンスターは頭を潰しても、すぐには死なない。
特に毒針を持つ毒甲百足は、動きを止めるまで触るのは危険だ。
しばらく待つと完全に動きを止めた。
「さて、持って帰るか」
厚手の革手袋をはめ、仕留めた毒甲百足の死骸を丸める。
ロープで縛り、大きな籐籠に詰めた。
「しょっ! 意外と軽いな」
籐籠を背負う。
今回のクエストは一人で来ているため、徒歩で帰る。
最近はアリーシャやラミトワと予定が合わないことが多い。
二人ともうちのギルドで人気の解体師と運び屋だ。
それに二人はBランク試験を受けるため、時間が許す限り猛勉強していた。
もちろん他にも解体師や運び屋はいる。
だが俺はそこまで危険なクエストは受けないので、一人でも問題なかった。
――
ギルドへ帰還し素材を納品。
「おー、お疲れ。なかなか良い個体じゃないか」
素材を査定するパルマ。
毒針があるため、腕に厚手の革手袋をはめている。
「そうだろ。しかし、蟲類モンスターはデカいと気持ち悪いよ」
「ハハ。この地域のモンスターは、夏の終わりから秋にかけて最も太るんだ。これからもっと大きくなるぞ」
「なるほどね。じゃあ、食材になるモンスターは一番美味い時期か?」
「モンスターにもよるけど、ほとんどがそうだ。秋になると狩猟系クエストが一気に増えるぞ。楽しみだな」
「儲かるってか?」
「そうだ。今期は過去最高の利益を上げたいんだ。ってか、主任にやれって厳命されてる……。うう」
明るい表情から一変、一気に重苦しい表情を浮かべるパルマ。
「そ、そうか。頑張れよ」
「お前も協力してくれよ」
「ああ、そうだな」
ラーニャの性格を知ってから、俺は可能な限りパルマを助けることにした。
無理難題をふっかけられるパルマに、少なからず同情している。
「まあ俺も新しい装備に金を使ったし、頑張らなきゃいかんからな。あっはっは」
毒甲百足の足を持つパルマの手が止まった。
「あ、そうだ。さっきイレヴスの開発機関から、お前の装備が仕上がったって連絡が来たんだ。いつでも取りに来ていいってさ」
「お! マジか! 待ってたんだよ。じゃあ、明日さっそく行ってくるわ」
「ハハ。やっぱり新装備ができるって嬉しいんだな」
「そりゃそうだよ。こんな三流の俺でも楽しみで仕方ない。あっはっは」
「何言ってんだよ! ったく。ほら、査定終わったぞ」
パルマからクエスト報酬銀貨五枚と、素材報酬金貨一枚を受け取った。
――
翌日の早朝、俺は町の駅へ向かい、イレヴス行きの乗り合い馬車に乗車。
アリーシャとラミトワは、残念ながら予定が合わなかった。
「静かだな。はは」
騒がしいラミトワがいないと、こんなにも静かなのかと笑ってしまう。
正午頃イレヴスに到着。
冒険者ギルドへ向かい、開発機関の道具屋へ顔を出す。
「リーシュ! 来たぞ!」
「あ! マルディンさん! 待ってました! 今グラントさんを呼んできます」
奥の事務所からグラントが顔を出す。
「お、来たかマルディン。装備が仕上がったぞ」
「楽しみにしていたんだよ」
「期待に応えられると思うぞ。わはは」
俺とグラントとリーシュの三人で地下室へ移動。
部屋の隅に、黒い布がかけられている置物がある。
形状と大きさから、間違いなく鎧だろう。
「これが新しい鎧だ」
グラントが布に手をかけた。




