第63話 新装備の注文とそれぞれのこだわり1
窓を開けると、部屋に朝日が差し込む。
カーテンを揺らす風は、太陽に熱せられる前の僅かな涼しさを運んでくれた。
「くうう!」
窓の外を眺めながら、思い切り腕を伸ばす。
さらに右肩を回してみるが、痛みはなく動きは良好だ。
「おー、痛くないぞ!」
四角竜の狩猟で負った怪我は完治。
二週間も安静にしていたことで、怪我の前よりも軽く感じる。
診察してくれた医師レイリアは、そのまま俺の主治医になってくれた。
レイリアが言うには、長年糸を使用した影響で、俺の右肩から右手首までの各関節は慢性的な炎症を起こし、筋肉が断裂している箇所まであったそうだ。
糸巻きは腕にかかる負担が非常に大きい。
そのため、特に負担がかかる部位を専門的に鍛えることになった。
「さて、支度すっかな」
今日は隣街のイレヴスへ行く。
目的は冒険者ギルドの開発機関だ。
怪我の原因となった四角竜狩猟クエストで破壊された装備を作る。
支度を終え自宅の扉を出ると、緩やかな丘の町道を走る一台の荷車が見えた。
「マルディン、お待たせー!」
「おー! わざわざすまんな、ラミトワ」
ラミトワが自身の荷車で迎えに来てくれた。
「楽しみだねー」
「そうだな。今日は頼むぞ」
「ほら、シャルム。マルディンおじさんに挨拶は?」
「ヒヒィィン!」
「シャルム、よろしくな」
俺はシャルムの首をさすり顔を撫でた。
荷車を引くシャルムは、重蹄馬という馬の品種だ。
馬の中では最も大きな体格を誇り、運搬や農耕に使用される。
「ブルゥゥ!」
笑顔を見せるシャルムだが、ラミトワの独特なセンスで飾りつけされている。
シャルムは喜んでるのだろうか……。
「じゃあ、アリーシャを迎えに行くね」
「ああ。頼むよ」
ラミトワの変な装飾が施された屋根つきの荷車に乗り込み、アリーシャの自宅へ向かった。
――
ラミトワが運転する荷車に揺られ、俺たちは街道を進む。
ティルコアからイレヴスは、一般的な荷車だと早朝に出発すれば昼に到着する。
移動に特化した馬車だと移動時間はもっと早いのだが、俺はこれくらいの速度が好きだった。
「ラミトワ、サンドを作ってきました。食べますか?」
「うん! 食べる!」
アリーシャが作ってきた黒森豚のサンドを頬張るラミトワ。
俺にもサンドを一つ手渡すアリーシャ。
「はい。マルディンもどうぞ」
「ああ、ありがとう」
「ん? アリーシャは食べないのか?」
「はい。ちょっとこの本を読み進めているので」
「何の本だ?」
「モンスターの解体に関する本です。私はBランク解体師を受験するので、その勉強ですね」
「そうか。まあ、アリーシャなら軽く受かるだろう。あっはっは」
「フフフ。頑張ります」
この揺れる荷車でよく本なんて読めるものだ。
俺は窓枠に片肘をつきながらサンドを頬張り、ゆっくりと流れる景色を眺めていた。
「見えてきたよ」
太陽が頭上に差しかかる頃、御者席で手綱を握るラミトワが前方を指差した。
街道の先に薄っすらと見えるイレヴスの城壁。
イレヴスはこの地域で最も大きな街で、周囲を城壁で囲まれている。
「このまま直接冒険者ギルドへ向かうよ?」
「了解。よろしくな」
世界最大組織である冒険者ギルドは、配置場所によって四つの規模に分類されている。
総本部、本部、支部、出張所だ。
総本部は冒険者ギルドの運営元、ラルシュ王国の王都にあり、本部は各国の首都に置かれている。
支部は各地の大きな都市に配置され、ギルドの主要機関である九つの全機関が揃う。
イレヴスの冒険者ギルドは支部に該当するため、当然開発機関もある。
なお、俺が所属するティルコアの冒険者ギルドは出張所で、正式名称はイレヴス支部ティルコア出張所だ。
そのため各機関の常駐がなく、装備の注文はイレヴスまで行く必要がある。
市街地へ入るとアリーシャは本を閉じ、街並みを眺めていた。
「なあ、アリーシャは解体道具一式を作るんだろう?」
「はい。これまで私が使用していた道具は、素材やデザインがバラバラでした。でも四角竜の素材で統一されるから、もう本当に楽しみで。フフフ」
アリーシャの気持ちはとても良く分かる。
解体師でも冒険者でも、一式装備というものは憧れだ。
「解体道具の一式って何があるんだ?」
「一般的には両刃鋸三本、片刃鋸二本、大鎌一本、三日月鎌一本、小鎌一本、採取短剣二本、解体短剣三本ですね」
「そんなにあるのか?」
「はい。部位によって使い分けます。これが基本で、あとは解体師の流派や好みで変わります。中には何十本と使用する解体師もいるんです。ですが冒険者ギルドのギルマスで、伝説の解体師でもあるオルフェリア様なんて、今や解体短剣一本しか使わないそうです。でもこの解体短剣は竜種の素材なんですって。この世に切れないものはないと呼ばれる世界最高の解体短剣です。凄いですよね」
「お、おう。そ、そうか」
一気にまくしたてるアリーシャに驚いた。
「アリーシャは解体師の話になると、驚くほど早口になるなあ。あっはっは」
「え? も、もう! やめてください!」
「いてっ」
アリーシャが俺の肩を叩いた。
しかし、好きな話をしている姿は微笑ましい。
話の内容が分からなくても、その様子を見ているだけでこちらも楽しくなる。
俺は続いて、御者席のラミトワに視線を向けた。
「おい、ラミトワはどうすんだ? この荷車に変な装飾するのか?」
「変じゃねー!」
振り返りながら、俺をにらむラミトワ。
「ったく、センスのないおっさんは困るね。今回は装飾もするし改良もするよ。乗り心地とスピードを上げるんだ。あとはシャルムの鎧も作って、カッコよくしてもらうんだよ」
「お、それはいいな。愛馬は大切にしろよ」
「なんだよ、おっさん。馬を持ってたことなんてないだろ」
「ん? まあそうだな。あっはっは」
「知ったかぶりしちゃってー」
俺は元騎士だ。
当然ながら騎乗するし愛馬もいる。
特に俺の愛馬は、雪原を駆け抜けることで有名だった。
「あいつ、元気かな」
少しだけ故郷を思い出した。




