第62話 男たちの晩夏3
「あなたたち、うるさいわよ。静かに飲めないの?」
「しゅしゅしゅしゅしゅしゅ、主任!」
「ところで何がダメなの? 教えてくれる? パルマ副主任」
「え? いや、え? え? その、え? 俺? だって、え? 俺?」
扉を開けたのはラーニャだった。
パルマが大汗をかきながら、俺たちとラーニャへ交互に視線を向ける。
「ねえ、男四人で何やってるの?」
「レ、レイリア先生!」
ラーニャの背後にはレイリアの姿があった。
グレクが叫ぶ。
「私たちもここで飲んでたんですよ」
「アリーシャさん!」
続いてアリーシャが入口に立つ。
ジルダが立ち上がる。
「マルディンも飲んでたの?」
フェルリートが隙間から顔を出す。
「おいおい、フェルリートまでいんのかよ……」
ラーニャがゆっくりと部屋に入ってきた。
パルマの隣に立ち、腕を組みながらを見下ろしている。
「ねえ。もしかして、男四人で飲みながら私の話をしてたのかしらあ?」
「い、いえ、そそそそ、そんなことは……」
「それって良い話? 悪い話?」
「いいいい、いや、あの……」
ラーニャはそのままパルマの隣に座った。
そういえば店に来た時、店員が何かを言いかけてたが、このことだったのかもしれない。
なぜこんな重要なことを言わなかったのか。
パルマはラーニャから執拗な追及を受け、背中を丸めている。
涙目、いやもう涙を流している。
三十四歳にして、上司に詰められ泣いている。
マジでかわいそうだ。
ジルダとグレクは、お互い意中の相手を隣に招き寄せた。
鼻の下を伸ばしながら話している。
時折、レイリアとアリーシャが俺に冷めた視線を向けていたが、ジルダとグレクが楽しそうで何よりだ。
そして、俺の隣に座るフェルリート。
両手でテーブルに頬杖をついている。
「ねえ、マルディン」
「ん? なんだ?」
「楽しいね」
「楽しいか。そうか。そう見えるか。あっはっは」
「な、なに?」
「お前ももう少し大人になれば分かるよ」
「もう大人ですけど!」
怒河豚のように頬を膨らませるフェルリート。
「お前はこうならないようにな。あっはっは」
俺はフェルリートの頭に軽く手を置く。
視線だけを上に向け、上目遣いで俺の腕を眺めているフェルリート。
「さっきから聞き捨てならないわねえ」
「こうならないようにって?」
「どういう意味ですか?」
ラーニャ、レイリア、アリーシャが同時に俺へ振り向く。
三人とも笑顔だ。
とても美しい笑顔を浮かべている。
「じ、地獄耳かよ」
俺は一瞬で悟った。
モンスターの尻尾を踏んだということに。
「い、いや。違うんだ。別に深い意味はなくてだな。その、なんだ。いや、違うって」
ラーニャが妖艶な笑みを浮かべている。
「ふーん。ねえ、マルディン。そういえば、この間あなたに特別報酬出したわよね」
「あ、は、はい」
「私が何を言いたいか分かる?」
最悪だ。
だがここで反論しても、ろくなことにならない。
素直に従うべきだろう。
「あ、あの、女性陣の分をお支払いさせて……いただきます」
「仕方ないわね。それで許してあげるわ」
勝ち誇ったような表情を浮かべるラーニャ。
マジでムカつくが、これはもう仕方がない。
俺の失言だ。
完全に俺が悪い。
「待て待て待て!」
突然ジルダが俺の肩を叩き、勢い良く立ち上がった。
「マルディン! 女性陣の分は俺が出すよ!」
「おいおいジルダ。てめー何言ってんだよ。俺が出すって! 俺は昇進するんだぜ?」
続いて立ち上がったグレクなんて、すでに懐から革袋を取り出している。
好きな女の前で格好つけたいのだろう。
争うように支払いを揉める二人。
「男ってバカね」
レイリアが溜め息をついていた。
「フェルリート、こういう男性に捕まっちゃダメですよ?」
「う、うん」
アリーシャがフェルリートに注意していた。
「うふふ」
呆れる三人の女性に対し、満面の笑みを浮かべる女が一人。
「ねえ、奢ってくれるの? 嬉しいわあ。じゃあ次の店へ行くわよ」
ラーニャがジルダとグレクの肩に手を置く。
「え? お前と?」
「違っ! ラ、ラーニャは別というか」
「なによ。私たち同級生じゃない?」
ラーニャに迫られ冷や汗をかいているジルダとグレク。
ラーニャは底なしだ。
俺はラーニャとサシで飲んで地獄を見た。
ここは逃げるが一番。
「さて、俺は帰るかな。まだ肩がいてーし無理できない。なあ、そうだろ。レイリア先生」
「そうね。本当は今もお酒は良くないのよ。私も明日の朝から診察だから行くわね」
「あ、私はお店の仕込みがあるんだった。そろそろ帰りますね」
「私は明日早番なんだ。朝からギルドの食堂を開けなきゃいけないの」
「愛する妻が寂しがらないように帰らなきゃ。先輩たち、ごちそうさまー」
三人を残して、俺たちは素早く店を出た。
ジルダとグレクの無事を祈るばかりだ。
部屋を出る時の、二人の怒りと絶望の表情は忘れない。
「大丈夫よ。二日酔いに効く薬草を置いてきたから。ウフフ」
「私もです。フフフ」
レイリアとアリーシャのフォローはさすがだった。
「まあ俺も銀貨を置いてきた。大丈夫さ」
俺もさすがに二人がかわいそうだと思い、飲み代を置いてきた。
商店街を歩いていると、フェルリートが俺のシャツ裾を掴んだ。
「ねえ、マルディン。私、本当はもう少し飲みたい。つき合ってよ」
「お、いいぞ」
「いいわね。ラーニャにはつき合えないけど、もう少しだけなら私も飲みたいわ」
「じゃあ私も行きます」
「俺は帰るよ。アミルが心配だからな」
「「「「愛妻家め!」」」」
全員でパルマをにらんだ。
「なんとでも言え! 独身者ども! 俺が人生の勝者だ! はっはっは! じゃあな! 飲み過ぎんなよー!」
パルマが颯爽と走って帰った。
「さて、行きますかね」
「じゃあ、マルディンの家へ行こうよ」
「そうね。夜市はまだ開いてるもの」
「いいですね。お酒と食材買っていきましょう」
突然家に来ると言い出した三人。
「おいおい、家かよ? また色々言われちまうって」
「マルディンは嫌?」
「い、いやそういうわけじゃ……」
悲しげな表情を浮かべるフェルリートに困惑。
「じゃあ行きます」
「ご、強引だな……」
決定事項のように微笑むアリーシャに、断ることは無理だと悟る。
「ねえ、今のあなたに拒否権あると思う? あんなこと言っておいて」
「くっ、それを言われると……。分かったよ。酒代もつまみ代も全部出すよ。好きなもん買え」
正論を繰り広げるレイリアに完全屈服した。
「「「やったー」」」
三人がハイタッチしている。
「はああ、まあいいか。じゃあ、美味いつまみを作ってくれよ」
「はいはい」
「任せてください」
笑顔を見せるレイリアとアリーシャが、街道を歩き始めた。
やわらかな夜風が気持ち良い。
海から涼しさを運ぶ風が、夏の終わりを告げるようだ。
「夏もそろそろ終わりか」
そう呟くと、隣りにいるフェルリートが俺を見上げた。
「まだ夏は終わらないよ?」
「そうか。まだ終わらないか」
「うん! だから、たくさん思い出作ろうよ!」
「そうだな。この町で初めての夏だもんな。よし、楽しむか」
先を歩いている二人が振り返った。
「何してるのー」
「行きますよ!」
「おー、今行く」
「はーい!」
俺たちは夜市へ向かった。




