第61話 男たちの晩夏2
俺もそこそこ酒を飲むが、漁師や石工職人はさすがだ。
俺が一杯飲む間に三杯は飲む。
皆いい感じで酔っている。
なお、パルマは酒が弱く、まだ二杯も飲んでない。
テーブルに置かれた三本の黒糖酒は全て空だ。
四本目を注文した。
「ところでよ、パルマ。聞きたいことがあんだよ」
「なんだよジルダ」
「この間の対決んとき、石窯作っただろう?」
「お! あれな、すげー評判良いんだよ! あまりにも人気だから、ギルドの大型荷車を改造して、移動販売できるようにしたんだ。ラミトワのアイデアは凄いよ。今は色んなイベントに呼ばれて、ギルド職員が出張販売してるぞ」
「そ、そうか。それは別にいいんだがよ。その、ア、アリーシャさんの反応はどうよ?」
「アリーシャ?」
「そうだ。彼女、なんか言ってなかったか?」
ジルダはアリーシャに好意を寄せている。
それも、あまりに分かりやすい程に。
「え? あ、そ、そうだな。ほ、褒めてたぞ!」
「ほ、ほんとか!」
「ああ。『ジルダさんのおかげで、美味しい料理ができます』って喜んでたぞ」
「おっしゃー!」
そんなことは言ってなかったような気もするが……。
俺はパルマの先輩に対する気づかいに、感動を禁じ得ない。
ここは黙っておくべきだ。
パルマとジルダの会話を眺めながら、小魚の姿焼きをつまんでいると、突然グレクが俺を指差した。
「そうだ! おい、マルディン!」
「な、なんだよ」
「てめー聞いたぞ! レイリア先生と、デデデデ、デートしたんだってな!」
「おいおい、あんなのデートに入らんだろう。祭りへ行っただけだ」
「それをデートって言うんだよ!」
「治療後にお互い時間があって、たまたま祭りへ行くことになっただけだって」
適当な嘘でごまかす。
「地上に女神が降臨したって評判だったぞ! 俺も見たかったんだよ!」
「まあ……確かに綺麗だった。それは異論ない」
「てめー、ふざけんじゃねーぞ!」
俺の胸ぐらをつかむグレク。
だが別に険悪ではないし、俺は気にせず黒糖酒を飲む。
「先生はな! 俺たち漁師が怪我した時は優しく励ましてくれるんだ。あんな女神いねーぞ。それをお前、独り占めすんじゃねーよ!」
「してねーよ!」
「う、うう。先生と結婚したい」
涙を流すグレク。
「確かにレイリアには世話になってる。だけど、たまに身体を診てもらってるくらいだ」
「かかかか、身体を!」
「ちげーよ! バカ!」
三十代半ばになっても、男が集まれば女の話になる。
いや、この二人だけだが……。
ちなみにパルマは既婚者で愛妻家だ。
ジルダが俺に視線を向けていた。
いや、睨んでいる。
「そういやよ。おめー、アリーシャさんとも仲が良いよな」
「仕事だっつーの!」
「仕事? 二人でもどっか行くじゃねーか!」
「いやいや、たまに狩りへ行くくらいだ。アリーシャの家の肉を獲りに行ってるだけだって」
今度はパルマが俺を指差す。
「お前ってさ、フェルリートとも仲良いじゃん。あの娘、うちのギルドでいっっっっちばんモテるんだぞ。めちゃくちゃ可愛いだろ。マジで天使みたいな娘だろ。お前みたいなおっさんが手を出していい娘じゃねーぞ?」
「「なに!」」
ジルダとグレクが同時に立ち上がった。
「おめーなんなんだよ! 墓石にすっぞ!」
「美女を独り占めすんじゃねーよ! 海に沈めっぞ!」
怒ってる。
すげー怒ってる。
「んなこと言われたってなあ。アリーシャは仕事の仲だし、レイリアは診察してもらってる医師と患者の間柄だ。フェルリートだって、食堂で飯食ったり食材をあげてたら仲良くなっただけだ。それ以上のつき合いはねーって。お前らが想像するようなことはないし、そういった感情もねーよ」
「「嘘だね!」」
「嘘じゃねーよ!」
パルマが立ち上がり間に入った。
「まあまあ先輩たち。落ち着きなって。ほら、飲み直そうぜ」
二人のグラスに黒糖酒を注ぐパルマ。
その所作に余裕を感じる。
「パルマはいいよな。アミルちゃんと結婚できてよー」
「うん、そうだぞ。アミルちゃんはお前らの代で一番人気だった」
地元の幼馴染みにしかできない話だ。
知り合いの昔話を聞くのはなかなか楽しい。
「まあ何ていうの。俺たちは純愛だからな。学生の頃からつき合ってたし。先輩らは遊び呆けてたじゃん」
「ちっ! てめー、石壁に貼りつけっぞ!」
「魚の餌にしてやるわ!」
ジルダとグレクが酒を一気に飲み干す。
二人の話を聞いて、少し気になることがあった。
ジルダとグレクは同い年なのに、その年代で最も人気がある女子を話題に出すことがない。
いつも自分の好きな女、他の年代の女子、別の組織の看板娘の話をしている。
「そういや、お前らの年代って、アミルさんみたいな一番人気の女子はいないのか?」
ジルダとグレクが顔を見合わす。
「……いるっちゃいる。それもかなりの美人だ。なあ、グレク」
「……ああ。しかも彼女は今も独身で、この町に住んでる」
二人が答えると、部屋の空気が妙に重くなったような気がした。
「じゃあ、その娘でいいだろ? まあその娘って言っても、もう三十五歳だけどな。あっはっは」
「ラーニャだ」
「え?」
「ラーニャなんだよ」
呟くグレク。
テーブルの一点を見つめているが、焦点は合ってない。
虚無の表情だ。
ラーニャの年齢は知らなかった。
三十五歳だったのか。
「じゃあラーニャでいいんじゃね? あんなんでも美人じゃねーかよ」
「ダメだ……。あの女はダメだ……」
「うん……。あれはダメだ……」
「分かる……。分かるよ……。あの人はダメだ……」
グレク、ジルダ、パルマが無感情で呟く。
まるで極寒の冬を迎えたかのように、部屋の空気が一瞬で冷え切った。
楽しかった飲み会は、もはや遥か昔。
この三人にラーニャは禁句だったようだ。
「す、すまん。飲み直そうぜ」
俺は黒糖酒のボトルを手に取り、全員のグラスに注ぐ。
「ねえ」
扉が軋む音を立て、ゆっくりと開いた。
「あんなんってなあに? ダメってなあに?」
「「「「ぎゃああああ!」」」」
男たちの絶叫が部屋に響く。




