第59話 交錯する想い6
ついに祭りの最終日を迎えた。
「今日は対決だな」
最終日は休日のため、対決は正午から開始される。
俺は少し早めに会場へ向かった。
「あれか?」
公園の中心に特設された大きな屋台。
右に冒険者ギルド、左に漁師ギルドの看板が掲げられている。
冒険者ギルドはアリーシャを中心に、準備に追われている様子だ。
フェルリートも今日は対決の屋台を手伝っている。
あまりにも忙しそうなので、声をかけるのは控えた。
俺は昨日、フェルリートから対決のルールを聞いている。
千人分の食事を用意し、双方の料理をセットで販売。
美味かった方に投票する方式だ。
「すげーな。大人気じゃねーか」
まだ販売開始前にもかかわらず、すでに会場を取り囲むほどの大行列だ。
もしかしたら、もう千人は並んでるかもしれない。
「ちっ。こりゃ食えねーぞ。まあうちの肉を食ったからいっか」
行列を眺めていると、俺の左肩を触れる手があった。
「マルディン」
「ん、なんだ。ラーニャか」
「なんだは酷いわねえ」
ギルド主任のラーニャ。
今回のギルド勝負の元凶と言っていい。
何を考えているのか分からない恐ろしい女だ。
「マルディンは試食したの?」
「アリーシャからもらったよ。マジで美味かった」
「うふふ、そうよね。美味しかったわね。さすがアリーシャちゃんよ」
ラーニャも行列を眺めていた。
「ところで、漁師ギルドの方は食べたのかしら?」
「いや、食べてない。この行列だし諦めるよ」
「そうだと思って持ってきたわよ」
「え?」
「関係者に用意した分があるのよ」
「マジか! もらっていいのか?」
「もちろんよお」
ラーニャが用意していたとは思わなかった。
素直に感謝して一ついただく。
揚げた魚の切り身が紙に包まれている。
大きさは広げた手のひらほどだ。
「フリッターじゃないよな。衣が薄い」
「これはフライなんだけど、ただのフライじゃないのよ」
一口食べると、細かく砕いた氷を噛んだような音が響く。
歯応えもまさにそれと同じだ。
もちろん湯気が立つほど熱い。
「食感が氷みたいだな」
「うふふ。なによ、その感想。ここの人たちは氷なんて見たことも食べたこともないわよ」
「あ、そ、そうか」
この地域で氷を作ることは不可能だ。
当然ながら雪も降らない。
フェルリートも雪や氷は見たことがないと言っていた。
「ラーニャはあるのか?」
「ええ、昔ね。クエストで北方圏へ行ったわ」
Cランク以上の冒険者になれば、国境を容易に越えられる。
ラーニャは国外でも活動していたのだろう。
「冷めちゃうわよ?」
「おっと」
もう一度フライにかぶりつく。
衣の中は、ぶ厚い魚の白身だ。
ふっくらとして柔らかく、それでいて心地良い弾力を感じる白身。
爽やかな香辛料の風味と、濃厚な脂が口に広がると、芳醇な海の香りを運んでくれた。
最後は口の中で綺麗にとろけて消える。
「う、うっま!」
「でしょう? 私も食べた時は、あのフリッターを超えたと思ったもの」
「な、何だこの食感は。やべーな。マジでうめーぞ」
「そうなのよねえ。使ってる魚も特別で、遠海に生息する魚なんですって」
あまりの美味さに、一瞬で食べきってしまった。
「うちの料理も信じられないくらい美味しいけど、漁師ギルドの料理も美味しすぎて驚いちゃったわ」
「そうだな。さすがとしか言いようがない」
うちが絶対に勝つと思っていたが、これはもう分からない。
「でも、うちの娘たちを信じてるもの。絶対に勝つわ」
「信じてる?」
俺はラーニャを見つめた。
いや、睨みつけると言っても間違いではないだろう。
「な、なによ? どうしたのよ?」
仲間を信じる感動的な発言に聞こえるが、俺はこの勝負に最初から不審感を抱いていた。
勝負の発端は漁師ギルドのギルマス、イスムと張り合ったような言い方だったが、この女がただ勝負をするわけがない。
「なあ、ラーニャ。勝敗が決まったら何があるんだ?」
「何があるって? どういうこと?」
「あんたのことだ。何か賭けてるんだろ?」
「あらあ、分かっちゃった? 鋭いわねえ。うふふ」
ラーニャならやりかねない。
とんでもない条件を出してることだろう。
「こちらが勝ったら、一年間うちのギルドに卸す魚が全て無料になるのよ」
「は?」
「だからあ、一年間魚がタダでもらえるの。凄いでしょう? うふふ」
冒険者ギルドの食堂は毎日大勢の冒険者、解体師や運び屋で賑わう。
それに職員や関係者だっている。
「おいおい、凄いなんてもんじゃないだろ。どれだけ消費すると思ってるんだ。イスムはなんて言ったんだ?」
「受けて立つって言ってたわよ」
妖艶な笑みを浮かべているラーニャ。
「ま、待て。それほどの条件だ。相応の条件を許したんじゃないのか?」
「もう嫌だわあ。あなた本当に鋭いわねえ。そうよ。こっちが負けたら、マルディンを一年間貸し出すのよ」
「……な、なんだと!」
「ウソウソ、冗談よ。あなた泳げないんでしょう?」
この女はマジで人を苛つかせる天才だ。
「ちっ。で、本当はなんだ」
「フェルリートちゃんとアリーシャちゃんを一ヶ月間貸し出すの」
「お、お前!」
「私もやりすぎちゃったと反省してるのよう。私だってあの二人に嫌われたくないもの。だから採算を度外視して勝ちに行ったの。そしたら結局儲かっちゃったけど。うふふ」
「嫌われるなんてもんじゃねーだろ! 一生恨まれるぞ!」
「だから内緒にしてね」
「お前なあ、あの魚料理はヤバいだろ!」
「大丈夫よ。勝つわ」
ここで口論しても、今さら俺たちにできることはない。
勝てるようにただ祈るだけだ。
――
正午を迎え販売開始。
俺とラーニャは、広場の特設カフェで珈琲を飲みながら待機。
千人分の料理はすぐに売り切れた。
両方を食べ、美味い方に投票する。
様子を伺っていると誰もが悩んでいるようだった。
「そりゃ悩むだろうよ」
しばらく様子を見ていると、祭りの関係者が特設屋台の前に姿を見せた。
「結果が出るわね」
結果が書かれた看板を立てているようだが、少し遠いため俺には読めない。
「なんて書いてあるんだ?」
「あらー、結果は引き分けよ。勝つと思ったのに」
ラーニャは優秀な射手だ。
視力は良いのだろう。
「引き分けの場合はどうなるんだ?」
「決めてないけど、条件は無効かなあ。イスムに確認しなきゃ。行くわよ」
ラーニャと祭りの本部へ向かった。
――
「やっぱり賭けは無効になったわ」
食べた客はどうしても選べないということで、全員が両方に投票という異例の結果になったそうだ。
「まあ、お互いにとって良かったんじゃないか?」
「そうね。それに色々と発見があったもの。だけどなあ」
ラーニャが目を細め、不満げな表情で俺を見つめている。
「なんだよ」
「私の唯一の誤算は、あなたが楽にBランクを取れると思ったことかしら」
「ちっ、悪かったな」
「まあ別にいいけどね」
楽に取れるかどうかは怪しいところだが、正直ラーニャの見立ては正しい。
怪我をした身で言うのは恥ずかしいが、Bランクなら取れると思っている。
しかし、俺の試験結果が改ざんされている理由は不明。
俺はそのことに便乗して、このままでいるつもりだ。
「ねえ、マルディン」
「嫌だね」
「まだ何も言ってないでしょ!」
「お前のことだ。無理難題しか言わない」
「あらあ、嫌われちゃったわねえ。困ったわ。私はこんなに好きなのに」
「やめろ! ふざけんな!」
妖艶な笑みを浮かべているラーニャ。
「ねえ、また一緒にBランクのクエストへ行って欲しいのよ。私一人じゃもう辛くて」
「ふざけんな! 俺はCランクだっつーの!」
「だからあ、責任者の権限があるでしょう。大丈夫よ」
本当に人の話を聞かない女だ。
「嫌だ! また怪我するだろ!」
「お願いよ。マルディンちゃん」
「ちゃんはやめろ!」
「たまにしか頼まないし、報酬は弾むから」
「嫌だね。帰る」
俺はすぐにその場を離れた。
「待ってよ、マルディンちゃん! マルディンちゃん!」
大声で俺を呼ぶラーニャ。
祭りの来場客が振り返っている。
「マルディンちゃん! マルディンちゃん!」
「やめろ!」
「うんって言うまで叫ぶわよ?」
「お前マジで最悪だな!」
「うふふ、褒めてくれるのね。嬉しいわあ」
「褒めてねーよ!」
「ねえ、たまにでいいから。お願いよ。マルディンちゃん」
「くそっ! 分かったよ! だが次にちゃん付けしたらギルド辞めるからな!」
「あらあら、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「怒ってねーよ!」
「すぐ怒るんだからあ」
パルマが言っていた言葉を思い出した。
人の話を聞かない。
人を煽るのが上手い。
すぐ喧嘩する。
「パルマ、お前の苦労が分かったぜ」
「ねえ、マルディン。待ってよ」
俺は逃げるように会場を離れた。
◇◇◇
この対決は話題となり、食べられなかった町民や観光客から多くの要望が届いた。
町長クシュルは町興しの好機と捉え、両ギルドへ安定的に提供できるように要請。
ラーニャとイスムはこれを快諾。
ただし食材に関しては、簡単に用意できる内容へ変更した。
町長は双方のメニューを取り扱う町立のレストランを開店。
ティルコアの新たな観光名所として話題になり、連日行列ができる店となった。
冒険者ギルドでは、この店に肉を降ろすためのクエストが恒常的に発生。
収益が上がるとパルマは小躍りしていた。
また、このメニューが評判となり、噂が噂を呼び、最終的に皇帝陛下へ献上することになった。
◇◇◇