第57話 交錯する想い4
◇◇◇
屋台に戻ったフェルリート。
「パルマさん、ごめんなさい!」
すぐに調理を再開。
鉄板に向かって肉を焼く。
「レイリアさん本当に綺麗だったなあ。凄いなあ。いいなあ」
「ど、どうしたフェルリート?」
「私もあんな綺麗な大人になりたいなあ」
「お、おい、フェルリート……」
「いいなあ、いいなあ」
フェルリートの頬に一筋の雫が光る。
「熱いなあ。でも頑張らなくちゃ。よいしょ、よいしょ」
鉄板の前に立つことで、フェルリートの顔や額から汗が噴き出す。
「それにしても、二人はお似合いだったなあ」
いつもよりも口数が多いフェルリート。
「だ、大丈夫か? フェルリート」
「はい! たくさん焼きます!」
「ちょっと疲れたんじゃないか?」
「大丈夫です! ありがとうございます!」
「そ、そうか。それならいいが……」
「頑張ります!」
心配そうな表情でフェルリートを見つめるパルマだった。
◇◇◇
夜を迎え、月が広場を照らす。
祭りの初日はそろそろお開きといった雰囲気だ。
来場者が続々と家路につく。
「お祭りの終わりって寂しいわね」
「そうだな。祭りって不思議だよな。今日で世界が終わっちまう気持ちになるんだよ」
「それ凄くよく分かる。本当よね。ウフフ。ウフフ」
「何笑ってんだ?」
口に手を当て、一人で笑っているレイリア。
「小さい頃に父と来たことを思い出したの」
「アラジ爺さんと?」
「ええ。私が帰りたくないって駄々をこねてね。父を困らせたの。ウフフ」
「へえ、レイリアがわがまま言うのか」
「そりゃ言うわよ。でもあの時の父は私のわがままにつき合ってくれて、最後まで祭り会場にいて、そのまま港へ連れていってくれたの」
「あっはっは、アラジ爺さんらしいな。すぐ海へ行く」
「漁師だもの。ウフフ」
月光がレイリアの微笑みを照らす。
神秘的な美しさだ。
「来て良かったわ。ここ数年は忙しくてなかなか来れなかったから」
「そうだな。この町で数少ない先生だもんな。まあ、また来ればいいだろ?」
「そうね。今年はもう来れないから、来年かな」
「来年か……」
正直、俺は来年の自分の姿が想像できなかった。
いつまでこの町にいられるのだろうか。
「そろそろ帰るか。送ってくよ」
「ねえ、マルディン。少し夜風に当たりたくない?」
「じゃあ港を回って帰るか」
「ウフフ、小さい頃の私のわがままね」
「足は痛くないか?」
「大丈夫よ。優しいのね」
しばらくして港に到着。
今日の海はとても穏やかだ。
波の音が心地良い。
この町に引っ越してきて毎日聞く音だが、未だに飽きない。
「この町の海は、本当に綺麗だな」
「ええ、そうね」
黄金に輝く海を堤防から眺める。
「マルディン。今日はありがとう」
「ああ、俺も楽しかったよ」
「ねえ、来年も一緒にお祭りへ行ってくれる?」
「ん、そうだな。行けるといいな」
この町は居心地が良いし、それこそ第二の故郷にしたいと思う。
だが、俺は人に言えない過去がある。
俺の過去が知られたら拒絶されるはずだ。
この町にいられない。
海を眺めながら、少しだけ昔を思い出していた。
「どこ見てるの?」
「あ、ああ、考えごとしてた」
「ふーん。隣にこんな美女がいるのに?」
「あっはっは、すまんすまん」
隣に立つレイリアに視線を向けた。
「え?」
目の前にはレイリアの美しい顔。
重なる唇。
柔らかく、そして優しい温もりを感じた。
時が止まったかのように動かない。
いや、動けない。
波の音だけが夜に響く。
「ウフフ」
俺からそっと離れたレイリア。
「ちょっ、いやいやいやいや」
「何よ。別に初めてではないでしょう?」
「そ、そりゃそうだが……」
「ねえ、ずっとこの町にいて欲しい。一緒に……」
こんな俺でも、さすがに言いたいことは分かる。
「レイリア。気持ちは嬉しい。だが俺は……。俺はダメだ。やめておけ。俺みたいな人間とレイリアでは違いすぎるんだ」
「あなたの過去は知らない。でも、あなたに何があったかなんて気にしないわ」
「それでもだ。俺は」
レイリアがもう一度唇を重ねる。
まるで俺を黙らせるかのように。
そして、俺からそっと離れた。
「まだ……返事はいらないわ。あなたにとってここが第二の故郷になるんだもの。だから私たちには時間がある。そうでしょ?」
「い、いや、その……」
美しくも、いたずらな笑顔を浮かべるレイリア。
「それにね。あなたってモテるから、早めに伝えようと思って。ウフフ」
「そ、そんなことねーって」
「フェルリート、アリーシャ、ラミトワでしょ。それにラーニャだって怪しいもの。皆美女じゃない」
「勘違いだ! 絶対に違う! それにラミトワだけは死んでも違う!」
「そうかなー」
「そうだ!」
「じゃあ今は私だけ?」
「うっ。いや。そ、それも分からん……」
「私はあなたが好きよ」
「あ、その……」
俺の左腕を両手で抱え込むレイリア。
頬を寄せ、身体を密着させてきた。
香水の匂いが鼻をくすぐる。
「右腕はまだ完治してないものね」
「きょ、今日だけだぞ?」
祭りの夜は特別だ。
きっと祭りの雰囲気がそうさせたのだろう。
明日になれば元に戻っているはず。
「ウフフ。明日も明後日も続くといいなあ」
「バ、バカ言うな。さ、帰るぞ」
港を出て町道を歩く。
月夜が照らす道は、なんとなくいつもより明るく感じる。
「迷惑?」
「そんなことはないよ。その……、き、気持ちは嬉しいさ」
「言わせちゃった? でも、嫌じゃないって分かっただけでも嬉しいわ。ありがとう。今日だけにするわね。ウフフ」
大人の対応を見せたレイリア。
答えを出せない俺に、気を使ってくれている。
「あ、でも、明日の朝も会いに来なさいよ」
「その意図は?」
「これは医師としての指示。診療してリハビリよ」
「かしこまりました、先生」
「ウフフ。早く治さなきゃね」
「そうだな。頼むよ、先生」
僅かに涼しさを運ぶ夜風を頬に感じながら、レイリアの自宅へ向かった。