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第56話 交錯する想い3

 祭りの会場は、町役場の隣にある広大な公園だ。

 診療所から数キデルトほど歩く。


「暑くないか? 足は痛くないか?」

「ええ、大丈夫よ。あなたこそ肩は痛くない?」

「ああ。レイリア先生の治療が良いからな。あっはっは」

「褒めたって何も出ないわよ?」


 歩いていると、男女関係なく皆が振り返る。

 レイリアと顔見知りですら、誰だか分かってないようだ。


「私、変なのかな?」

「んなわけねーだろ。皆驚いてるのさ。どこかの姫様が来たってな。あっはっは」

「そ、そうなのかな」

「今日の祭りで、たくさんの男から誘われるんじゃねーか?」

「ウフフ、その時は守ってくださって? 騎士様」

「あっはっは。昔の話だ。今はただの冒険者さ」

「え?」

「ん?」


 お互い動きを止め、顔を見合わせた。


「あ、あなた騎士だったの?」

「ち、ちげーって! 俺は騎士なんて冗談でもなれないって意味だ!」

「あなたって……、謎すぎるのよね……」

「いやいや。本当にしがない万年Cランク冒険者さ。マジさ。あっはっは」


 ここはもう笑ってごまかす。

 背すじを伸ばし姿勢を正した。


「Cランク冒険者でも、姫君をお守りいたします」


 俺は嘘くさく騎士の礼式を模した。

 もちろん本物の所作は知っている。


「ふーん」

「な、なんだよ」

「そういえば、あなたの過去って誰も知らないのよね」

「おっさんの過去なんて誰も知りたがらないだろ。まあ一応教えるけど、冒険者になってクエストへ行って、飯食って酒飲んでただけだ」

「へえ。そうなのね」


 言葉とは裏腹に、完全に疑いの目で見ているレイリアだった。


 ――


 祭り会場に到着。


 この町で最も広い公園なのだが、人で埋め尽くされていた。

 数々の屋台が出ており、港町らしく大半が魚料理だ。

 もちろん魚以外にも、肉や酒、パンやカレー、菓子や玩具の屋台も見かける。

 そこら中で行われている演奏や大道芸。

 大人たちは酒を飲みながら屋台の料理を楽しみ、子どもたちは玩具を持って走り回っている。


「おー、すげー!」

「ウフフ、この町の祭りは初めてよね?」

「ああ、そうだよ」

「どう? 故郷と違う?」

「故郷にも祭りはあったが、これほど大きなものではなかったよ」

「北国なんでしょう?」

「そうだ。短い僅かな夏に収穫祭を行う。それが終わればすぐ冬さ」

「厳しい環境なのね」

「そうだな。だけど、俺にとっては懐かしい景色だよ」

「故郷はいつ帰るの?」

「え?」


 レイリアの言葉に、重槌(マルテッロ)で殴られたかのような衝撃を受けた。


「マルディン?」


 国外追放を言い渡された当時は平静を装っていたが、今考えると決定を下した中央への不満、他国へ行く希望や期待など、心の中は不安定だったのだろう。

 それに、新天地での生活は苦労の連続で、余裕なんて一切なかった。

 しかし今は生活が安定し、余裕が生まれている。


 レイリアの言葉を聞き、永久追放の重さが突然俺の心にのしかかってきた。

 もう二度と帰ることができない祖国。

 そして、故郷にあるたった一つの心残り。

 国を出て初めての気持ちだ。

 胸が締めつけられた俺は、大きく息を吸い、胸の苦しさを紛らわす。


「故郷か……」


 俺の選択肢は、ここに住み続けるか新天地へ行くだけだ。

 帰るという未来はない。


「ご、ごめんなさい。踏み込んじゃったかな」

「ん? 大丈夫だ」

「ごめんなさい」

「おいおい、気にするなって」


 気まずそうな表情を浮かべるレイリア。

 むしろ、不安な気持ちにさせてしまったことが申し訳ない。


「レイリア。これは誰にも話してないことだが、俺は……、第二の故郷を探してるんだ」

「そう……なのね」


 レイリアが俺の瞳を真っ直ぐ見つめている。


「ここがそうなると嬉しいわ」

「そうだな」


 近くで吟遊詩人の演奏が始まった。

 リュートの音が心地良い。

 世界を救った英雄を称える歌だ。


「すまん。なんかしんみりしちまったな。さ、肉を食いに行こう。うちのギルドの屋台があるはずだ」

「ウフフ、行きましょ」


 冒険者ギルドの屋台へ向かうと、夕飯時ということで行列ができていた。


「凄い人気だな」


 屋台の裏に回る。


「フェルリート! 来たぞ!」

「マルディン! 来てくれ……」


 固まったフェルリート。

 いや、パルマを含め、屋台にいる全員が固まった。


「肉を食いに来たぞ」

「あ、あの……」

「どうしたんだ?」


 言葉が出ない様子のフェルリート。


「どうしたの? フェルリート」

「え! レ、レイリアさん!」

「そうよ」

「すごーい! えー! すごーい! 綺麗! 凄い凄い! 綺麗!」


 棚を飛び越えたフェルリート。

 相変わらず化け物じみた身体能力だ。


「お、おい! フェルリート!」

「パルマさん、ちょっとよろしくね!」

「待てー!」


 フェルリートが屋台から飛び出した。

 パルマの叫び声が虚しく響く。


「レイリアさんどうしたの! モデルさんみたい! 凄く綺麗!」

「ありがとう。色々あってね。こうなっちゃったのよ」

「うわあ……」


 感嘆の溜め息を漏らし、レイリアを熱心に見つめるフェルリート。


「今日はマルディンと一緒に来たの?」

「ええ、今日だけ私の予定が空いていたから、つき合ってもらったの」

「そっか、ちょっと待ってね」


 フェルリートが屋台へ戻り、器を手にして戻ってきた。


「マルディン! はい、これ」

「ん、屋台の料理か?」

「そうだよ。私が焼いたの。食べて」

「おお、悪いな。いくらだ?」

「え? いいよいいよ」

「そういうわけにはいかんだろ」

「じゃあパルマさんのツケにする」

「なるほど。それで頼むぜ。あっはっは」

「忙しいから戻るね。お祭り楽しんできてね」

「ああ。お前も頑張れよ」


 フェルリートが屋台へ走る。

 また棚を飛び越えた。


「フェルリートは元気ね」

「ああ。あの娘といるとこっちまで元気になるよ。あっはっは」

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