第55話 交錯する想い2
冒険者ギルドに到着。
階段を上り、二階の主任室へ入る。
「あら、マルディン。退院おめでとう」
「色々と迷惑かけたな」
机で書類仕事をしていたラーニャ。
応接用のソファーへ移動し、珈琲を淹れてくれた。
「身体の調子はどうなの?」
「まだ固定器具は外せないが、順調に回復してるよ。あと一週間で完治ってとこだな」
「そう。良かったわ」
「治療費まで払ってもらって悪かったよ」
「今回は全て経費にするから気にしないで。それにね、四角竜の肉は高値で取引されるのよ」
「ん? 祭りで使うんじゃないのか?」
「もちろんそうだけど、あれほどの巨体よ。祭りで使う分と、アリーシャちゃんの家用に残した分以外は、全て皇都の業者に卸したわ。四角竜は内臓まで食材や薬になるし、これだけでもう莫大な利益が出るのよ。ウフフ」
「しっかりしてるな」
こうなることを知っていたかのようだ。
いや、ラーニャのことだ。
最初から全て計画していたのだろう。
「そうそう。大角などの素材はあなたたちが使うでしょう? 隣街イレヴスの開発機関に送ったわ。好きなように使っていいわよ。余った分をギルドで使用するわね」
「分かった」
「あなた、剣も防具も壊れちゃったじゃない。作りなさいよ」
「ああ、アリーシャと作りに行くよ」
「うふふ、いいわねえ。さて、今回の報酬を支払うわ」
ラーニャが革袋を取り出した。
「あなたの配分は金貨十枚だけど、今回は入院したでしょう。入院保障も支払うわね」
「そういや、そんな保障もあったな」
「そうよ。あと、今回は迷惑かけたから、特別報酬も出すわね」
「え? 特別報酬? それは別にいいって。怪我して迷惑かけたのはこっちだ」
「ダメよう。冒険者として、もらえるお金を拒否するなんてダーメ。ちなみに、アリーシャちゃんとラミトワちゃんには、金貨五枚ずつ追加したわ」
妖艶な笑みを浮かべるラーニャ。
「うふふ。あなたの特別報酬は入院保障含めて金貨二十枚。だから今回の報酬はトータルで金額三十枚ね」
「お、おいおい。それはさすがに多すぎないか?」
「いいのよ。こちらも十分利益が出てるもの。それに、新しい装備を作るにはお金がかかるわ。冒険者って高収入だけど、支出も多いのよ」
ラーニャが珈琲カップを手に持つ。
俺も一旦気持ちを落ち着かせるため、珈琲を口に含んだ。
「ここだけの話、Bランクモンスターにもなると、ギルドはかなり大きな収益を上げるのよ。だから冒険者の収入は、CランクとBランクで格段に変わるわ。Bランク以上が上位ランクと言われる理由の一つよ。あなたBランクに上がらないの?」
「そのBランクモンスターに怪我させられたんだぞ? 俺ごときじゃCランクが限界だよ」
「そのことなんだけど……。私の見立てでは、あなたなら余裕でBランクに届くと思ってたのよ」
「思ってた?」
「ごめんねえ。私ってこういう予想を外すことはなかったんだけどなあ」
一枚の書類を取り出すラーニャ。
「実はね。クエストが終わった後、主任権限であなたの共通試験結果を本部から取り寄せたの。勝手に見てしまって申し訳ないけど、七十五点だったものね。だけどもう少しじゃない。頑張ればBランクに届くわ。いつか受けてね」
「え? 七十五点?」
「そうね。ほら、これよ」
ラーニャから書類を受け取った。
俺の試験結果が七十五点と記載されている。
名前と試験地も間違いない。
人事機関の正式な刻印も押されていた。
間違いなく本物だ。
俺の共通試験は九十二点で、Aランクの討伐試験を受験できる結果だった。
何かの手違いだろうか。
だがちょうどいい。
「やっぱ、俺みたいなおっさんはCランクが限界なんだよ。あっはっは」
理由は不明だが、Cランクでいたい俺にとっては好都合だ。
利用させてもらう。
「ねえ。私、あなたより歳上なんだけどお?」
目を細めて、俺をにらむラーシャ。
「あ……。ラーニャは……若いよ。き、綺麗だしな」
「ちょっとお、適当なこと言わないでよ!」
「あっはっは」
「全くもう。失礼ねえ」
そう言いながらも、笑みを浮かべているラーニャ。
「ねえ。あなた、お祭りには顔出しなさいよ? うちの屋台が出るのよ」
「ああ、レイリアと行く約束したよ」
「え? レイリアと?」
「あ、そうか。お前たちは面識あるんだよな」
「そうよ。昔から仲良いのよ。それにしても、あの娘がお祭りねえ。へえ、へえ」
「ああ。初日の夜は空いてるからって、誘ってくれたんだよ」
「え! あの娘が誘ったの? へえ。へえ、そうなんだ。そういうことねえ。へえ、へえ」
ラーニャは瞳を大きく見開き、少し驚きながら俺の顔を見つめていた。
「な、なんだよ?」
「うふふ。初日の夜ね。任せておきなさいよお」
「は?」
「あー、楽しみねえ。すっごいもの見せてあげるわよう。うふふ」
その後、クエスト完了の手続きを行い、報酬の金貨を受け取った。
――
祭り当日を迎えた。
俺の怪我はだいぶ良くなり、肩の固定器具は外している。
だが、まだ動かすことはできないので、専用の腕吊りで右腕を固定。
素材は麻だから、真夏でも風通しが良く蒸れない。
「さて、行くか」
真紅に染まる夕焼けの中、町道を歩きレイリアを迎えに行く。
診療所の入口でレイリアが待っていた。
「おーい、レイリア。迎えに来たぞ」
逆光でレイリアの姿がはっきりと見えない。
「マ、マルディン……」
「すまんすまん。待たせ、た、な……」
レイリアに近づくと、徐々に姿が見えた。
「え?」
驚いた。
驚いたなんてもんじゃない。
この地方の民族衣装を着ているレイリア。
翠玉色の海を織り込んだかのような麻織物に、色とりどりの繊細な模様が施されている。
光沢のある帯は、海に反射する日光を模しているようだ。
「ど、どうかしら?」
長い黒髪をまとめ上げ、金細工の髪挿しで留めている。
美しく鮮やかな宝石の首飾りをさげ、薄く化粧をしたその姿は、まるで神話に登場する女神そのものだった。
「マルディン?」
呼吸を忘れて見惚れていた。
「マルディン?」
「あっ。お、おい。ど、どうしたんだ?」
「お祭りだし、着飾りなさいってラーニャが……」
「ラーニャが?」
「ええ、さっき突然来たと思ったら、私にお化粧してこの服を着させて、笑いながら帰っちゃったの」
恥ずかしそうにうつむくレイリア。
「変かしら……。やっぱり着替えようかな」
「すまんすまん。あまりに驚いてな。息を忘れるほど見惚れちまったわ」
「ほ、本当?」
顔を上げ、上目遣いで俺を見つめるレイリア。
普段の凛とした表情とは違い、不安と恥ずかしさでいっぱいの様子だ。
「ああ。世界三大美女かと思ったよ。あっはっは」
「も、もう! それは言い過ぎ!」
「いやいや、本当に綺麗だぞ」
茹でた砂走蟹のように頬を赤らめたレイリア。
「さあ行くか」
「は、はい」




