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【書籍化決定】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第三章 真夏の初体験

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第54話 交錯する想い1

 レイリアの診療所に入院して一週間が経過。


 今も右肩に固定器具はつけているし、右腕も動かせない。

 だが、左腕は問題なく動かせるようになった。

 一人で生活が可能になったことで、俺は予定通り退院する。


 荷物が入った革製のバッグを左手に持ち、病室を出て診療所の廊下を進む。

 隣を歩くレイリア。


「レイリア、世話になったな」

「いいのよ。気にしないで」


 病室から診療所のロビーへ移動し、俺は立ち止まった。


「おっと、そうだ。治療費を払うよ」

「そのことだけど、今回は不要よ。全て冒険者ギルドへ請求することになってるの」

「なんだって?」

「特別なクエストだから、怪我の治療費は全てギルドの支払いって契約書に盛り込んだそうよ」

「そうだったのか。そこまで読んでなかったよ」

「ウフフ。ラーニャって何を考えているのか分からないところはあるけど、根はしっかりした優しい人なのよ」

「そ、そうなのか?」

「もう少しつき合えば分かるわよ」

「そうか。じゃあ、酒以外はもう少し様子を見るか」

「彼女とお酒は飲んじゃダメよ。ウフフ」


 奥の部屋からアラジ爺さんが姿を見せ、レイリアの隣に立った。

 アラジ爺さんはレイリアの実父だ。


「マルディンも退院か。少し寂しくなるな。いつでも来るんじゃぞ」

「おいおい、ここは診療所だろ。もう来ないって」

「ふぉふぉふぉ、そういう意味じゃないて。レイリアが生き生きとしとったからのう」


 突然顔を赤らめるレイリア


「ちょっと! お父さん!」

「ふぉふぉふぉ」


 アラジ爺さんの肩を叩くレイリア。

 仲の良い父娘で微笑ましい。


「あっはっは。じゃあ行くよ」

「あ、マルディン。一緒にお祭りへ行かない? 初日の夜は予定が空いてるのよ」

「祭りか。いいぞ。俺もギルドの屋台へ顔を出したいしな」

「ウフフ。また連絡するわね」

「分かった」


 改めて二人に挨拶し、俺は診療所を後にした。


 ゆっくりと町道を歩く。

 一週間ぶりの景色。

 何も変わってないが、少しだけ懐かしさを覚える。


「祭りか。楽しみだな」


 この町で祭りは初めてだ。

 観光客まで来るほどの大きな祭りと聞いた。

 何よりアリーシャの四角竜(クワロクス)が食える。


「あれはマジでヤバかった」


 入院中、アリーシャは何度も対決用の試作メニューを持ってきてくれた。

 そして最終的に完成した料理を試食。

 思い出しただけでも涎が出る。


 ◇◇◇


「マルディン。これが完成したメニューです」

「これは?」

四角竜(クワロクス)の一番美味しい部分を窯焼きにしました」

「窯焼きか。意外とシンプルにしたんだな」

「ウフフ、ただの窯焼きじゃありません。専用の石窯を作ったんです」

「専用だと? マジかよ」

「はい。石工屋のジルダさんに相談したら、特別に石窯を作ってくれたんです」


 嬉しそうに両手の指を組み、笑顔を浮かべているアリーシャ。


「あ、あいつ……。やりやがったな……」


 ジルダは石工屋海の石(オルセ)の若頭だ。

 石の加工は手慣れたもので、専用の窯だろうが簡単に作るだろう。


「気合い入れて作ったんだろうなあ……。男ってバカだなあ……」


 ジルダはアリーシャに好意を寄せていた。


「味は二種類用意してます」


 そんな男の気持ちなど知りもしないであろうアリーシャ。

 メニューの説明を始めた。


「この町の塩を使った塩焼きと、私が作った濃厚な甘辛タレです」

「二種類か。それはいいな」

「レイリアさんにキッチンを借りて温めました。どうぞ」


 肉は食べやすいように一口大に切ってある。

 まず塩味を口に入れた。


「うっま!」


 溢れる肉汁が口いっぱいに広がる。

 濃厚な赤身肉は適度な柔らかさで、噛めば噛むほど味が出る。

 この町の塩には独特の甘みがあり、肉自体の甘みと相乗効果を生む。

 シンプルな塩味は、肉本来の美味さを最大限引き出していた。


「これはヤバいな」

「ありがとうございます。そしてこっちの甘辛タレが本命です。スプーンを使ってください」

「スプーン? フォークじゃなく?」


 言われた通り、スプーンですくって口へ運ぶ。


「な、なんだこれ……」


 これ以上言葉が出ない。

 口に入れた瞬間、開放されたかのように広がる香辛料たち。


赤糸(レル)火吹実(マイト)黒辛子(コスガ)夏種子(メルグ)鮮香(パセ)苦香(セジ)消香(ロズマ)爽香(タム)……」

「よく分かりますね。でも香辛料は全部で五十種類使ってます。フフフ」

「そんなにたくさん?」

「ええ、味に奥深さを出してくれるんです」


 その中に、なぜか海の香りも感じた。

 濃厚な甘辛タレが舌を刺激する。

 そして口の中から消える肉。


「か、噛む前に肉が溶けて消えたぞ……」

「特別な低温石窯で、四角竜(クワロクス)の肉を一日じっくり焼いてます。使用している薪は、カーエンの森で伐採された海香木(ボルミ)です。塩を含んだ木なので、燃やすことで空気中に塩分が拡散されます。それを肉が吸収するんです」

「なるほど。それで海の香もするんだな」

「はい。そしてその肉を私が作った特製のタレに漬け込み、さらに一日低温で焼きます」

「物凄い手間だな。二日もかかるのか」

「手間はかかりますけど、美味しさは格別です」

「確かにな。これまで色々と食べてきたが、最も美味い肉料理だよ」

「これも全てマルディンが狩猟してくれたからです。ありがとうございます」

「いやいや、俺は何もしてないって」


 実際囮になっただけで狩猟したのはラーニャだし、調理はアリーシャだ。


「勝つよ! 絶対勝つよ!」


 一緒に来ていたラミトワが、なぜか勝ち誇ったような表情を浮かべている。


「お前が作ったわけじゃねーだろ?」

「一生懸命応援したんだよ!」

「あーそー」

「それに石窯を運ぶのは私だ!」 

「役に立てて良かったな」

「マルディンとは違うもん! だけど安心して! おっさんの犠牲は無駄にしないから!」

「死んでねーっつーの!」


 ◇◇◇


 フェルリートも何度か診療所へ来てくれた。

 だがギルドの屋台を出すため、仕込みなどの準備に翻弄されていた様子。

 手伝いたいところだが、腕はまだ動かせないし、そもそも料理ができない俺が行けば邪魔になるだけだ。


「やっぱ戦うこと以外、何もできねーな。しかも怪我しちまったし……」


 俺は大きく息を吐いた。

 ネガティブになると、身体の治りも遅い。


「まあでも休みだと思えばいいか。あっはっは」


 自分を励ますように言い聞かせながら、俺はギルドへ足を運んだ。

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