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【書籍化決定】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第三章 真夏の初体験

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第53話 狩りと勝負と夏祭り9

「こ、ここは?」


 建物の天井が見える。

 ベッドに寝ているようだ。


「いてっ! いててっ!」


 身体を起こそうとすると、猛烈な痛みを発する右肩。

 脂汗が止まらない。


「寝てなさいよ」


 白衣を着た女がベッドの横に座っていた。

 切れ長の瞳、長いまつ毛、整った眉毛、筋の通った鼻、小さく薄い唇、雪のように白くきめ細かい肌。

 長く伸びた黒髪を後頭部で一本に結んでいる。

 

「ん? レイリアか?」

「そうよ。他に誰がいるのよ?」

「はっ! そうだ! クエストは! いてっ!」

「ここは私の診療所。安心して寝てなさい」


 目が覚めたこの場所は、医師レイリアの診療所だった。

 四角竜(クワロクス)の狩猟中に怪我したことは覚えている。

 解体が始まったところで、俺の記憶は途絶えていた。


「あなた、クエスト帰りに運ばれてきたのよ。ラーニャがよろしく言っていたわよ」

「ラーニャが? 面識あるのか?」

「もちろんよ。小さい町だもの。幼少期はよく遊んだわ。もちろんラーニャが先輩だけどね」


 懐かしそうに微笑むレイリア。


「アリーシャが飲ませた痛み止めはかなり強力でね。副作用の眠気が強いのよ」


 窓から差し込む日の光がレイリアの顔を照らす。

 光の角度から、朝ということは分かった。


「俺はどれくらい寝てた?」

「運ばれたのは昨日の夕方。夜が明けて今はもう朝よ。ちょうど診察しようと思ったら起きたのよ。おはよう、マルディン。ウフフ」

「あ、ああ。おはよう」

「症状を説明するわね」


 レイリアが一枚の書類を手に取った。


「右鎖骨と右肩が骨折。と言っても完全に折れたわけじゃなく、大きな亀裂が入っている状態。あと、右肩、右肘、右手首に酷い炎症。右上腕の筋肉に断裂もある。酷使しすぎよ」


 レイリアが俺の身体を慎重に起こす。

 そして、右肩に巻かれている包帯を解く。

 右肩と右腕に固定器具が装着されていた。


「父を助けてくれた時もそうだけど、あの糸巻き(ラフィール)って道具は、肩と腕の負担があまりに大きいわ」


 テーブルに置かれた糸巻き(ラフィール)を指差すレイリア。


「あなたの身体を診たけど、これまで相当鍛えてきたようね。そのおかげで、糸巻き(ラフィール)を使っても大丈夫なの。もし他の人間が使ったら、一瞬で肩が外れて腱や筋肉が断裂。要するに腕が切断されるわ。それほどの装置なのよ。それは理解して」

「だがなあ。使わないわけにはいかんぞ」

「ええ、そうでしょうね。だから今後も使えるように、専門的に鍛えていきましょう」

「そんなことができるのか?」

「うふふ。こう見えて腕の良い医師なのよ?」

「そうだったな。あっはっは。いてて」

「大声出さないで。待って、今痛み止め出すから」


 レイリアが薬草から抽出した痛み止めをグラスに注ぐ。

 右腕は完全に固定されているため、左手でグラスを掴もうとするが右肩に痛みが響く。


「いてっ」

「ほら、ゆっくりね」


 レイリアがグラスを持ってくれた。


「すまん。助かるよ」


 レイリアに手伝ってもらいながら、なんとか薬を飲み干した。


「ねえマルディン。しばらくここに入院しなさいよ」

「入院? そんなに酷くないだろう?」

「あのねえ、むしろ骨折以外が酷いのよ。まだ二、三日は痛みが激しいし、それにあなた一人暮らしでしょう? 右腕使えない状態で何ができるのよ。クエストなんか行けるわけないし、ご飯の支度だってできないでしょう。今は左手だって使えないのよ。何ができるの?」

「うっ。そ、そりゃそうだが」


 厳しく正論をぶつけてくるが、レイリアの表情は笑顔だ。


「父の時はお世話になったし、しばらく面倒見るわよ」

「入院か……。でも確かにレイリアの言う通りだな……」


 その時、廊下を走る音が聞こえた。

 足音は二人分だ。


「「マルディン!」」


 病室の扉を叩いたかのような激しい音が響く。

 勢いよく扉が開くと、アリーシャとフェルリートが顔を見せた。


「あらあら、騒がしいわね。ここは診療所よ?」

「レ、レイリアさん。ごめんなさい」


 アリーシャが頭を下げた。


「アリーシャ、あなたの応急処置は素晴らしかったわよ」

「あ、ありがとうございます」

「マルディンは全治二週間。しばらく右腕が使えないから、一週間はここに入院させるわね」

「え? 入院……ですか?」

「ええ、だって一人暮らしだもの」

「そ、そうですよね」

「あなたたちがお世話してくれてもいいけど、夏祭りの準備で忙しいでしょう? ラーニャに聞いたわよ」

「あ、そ、そうです」


 不安そうな表情を浮かべる二人。


「レイリアが言った通り入院するよ」


 どう考えても、この状態で一人の生活は無理だ。

 素直に頼ることにしよう。


「マルディン。痛い?」


 フェルリートの瞳には涙が溜まっていた。

 俺は首を横に振る。


「大丈夫だ」


 無事に帰ると約束していたが、今回は失敗してしまった。


「ちょっとヘマしちまった。無事に帰れなくてごめんな」

「ううん。元気そうで良かった。ふふ」

「まあ腕は動かないが元気だよ」


 続いて、廊下を騒がしく走る音が聞こえた。

 この子供のような足音は聞いたことがある。


「マルディン! 大丈夫!」


 扉が開くと、姿を見せたのは予想通りラミトワだ。


「レイリアおばさん! マルディンは大丈夫?」

「そうね。見ての通り平気よ」


 レイリアはおばさんと言われても気にしてないようだ。

 まあ、レイリアは恐ろしいほど綺麗だし、特に気にしてないのだろう。


「良かったー。荷台で横になってる姿見て、死んじゃったのかと思ったもん」

「死ぬわけねーだろ」

「私たち勝負に勝って、マルディンの仇を取るからね!」

「死んでねーっつーの!」


 アリーシャが苦笑いしている。


「マルディンが早めに狩猟してくれたおかげで、余裕を持ってメニューの開発ができます。ありがとうございました」

「何だよ改まって」

「これからメニュー作りです。完成したら持ってきますね」

「ああ、楽しみだよ」


 フェルリートが俺の膝にそっと手を置いた。


「ねえ、マルディン。私もギルドの屋台に立つんだよ」

「パルマが仕切る屋台か?」

「うん。メニューはマスターが考えてくれたから、私はひたすら作って売るの。お祭りは来れるよね」

「そうだな。その頃にはもう動けるよ」

「じゃあマルディンも食べに来てね」

「もちろんだ」


 病室だというのに、アリーシャの後ろで小さく踊っているラミトワ。


「おい、お前は俺の仇を取ってくれるんだろ? 何すんだ?」

「え? 私は食べる専門だもん。だから必死に応援するんだ!」

「バ、バカか?」

「バカじゃねーっつーの!」


 レイリアが手を二回叩き、笑顔を見せながら立ち上がった。


「はいはい。じゃあ治療するわ。一旦帰りなさい。心配ならいつでも来ていいわよ。だけど面会は日中のみ。差し入れはいいけど、お酒は絶対ダメ。ラーニャに言っておいてね」


 ラーニャはこの町一番の酒豪だ。

 あいつなら入院している俺にも酒を飲ませかねない。


「はい、伝えておきます。お騒がせしました」

「マルディン、また来るね」

「おっさん、死ぬなよ」


 騒がしい三人娘も、レイリアの言うことはしっかりと聞くようだ。

 帰りは静かに出ていった。


「驚いたー。あなたモテるのね。しかも皆可愛いって評判の娘ばかりじゃないの」

「どこがモテてるんだよ。同僚の心配だっての」

「うふふ。あなたと結婚する人は、心配して帰りを待たなきゃいけないのね」

「今回は特別だ。普段は安全なクエストを選んでるよ。あっはっは」


 痛み止めのおかげで、笑っても痛くない。


「まあ私は漁師だった父で慣れてるから大丈夫よ。安心して」

「ん? どういう意味だ?」

「うふふ」


 レイリアが立ち上がった。


「……さて、朝の診察に行ってくるわね。何かあったらベルを鳴らしてちょうだい。動けたとしても、数日は診療所の外へ出ないように。いいわね?」

「ああ、分かった」

「そろそろ痛み止めの副作用がくるわよ」

「そうだな。眠気が……来たよ」

「うふふ。おやすみなさい」


 レイリアが扉を閉める音が聞こえると同時に、俺の記憶は途絶えた。

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