第52話 狩りと勝負と夏祭り8
一瞬呼吸が止まる。
「ギィヤァァオォォ!」
大木に貼りついた俺に向かって、大角を向けて突進してくる四角竜。
串刺しにするつもりだろう。
「くっ!」
右斜めに前転して、迫りくる大角を回避。
大角はそのまま大木に突き刺さり、穴を開け、へし折った。
「な、なんつー威力だ……よっと!」
猛烈な突進に驚きつつも、起き上がったと同時に四角竜の左前足に向かってジャンプし、再度突きを放つ。
深く突き刺さった長剣。
しかし手応えが消え、甲高い音とともに剣身が折れてしまった。
「しまっ!」
首を大きく振る四角竜。
大角を剣で受けようにも、その剣がない。
柄だけになった剣を手放し、両腕を交差させ、大きく息を吸い全身に力を入れる。
大角が直撃した瞬間身体を浮かせ、あえて弾き飛ばされ衝撃を弱めた。
「ぐはっ!」
背後の木に打ちつけられた衝撃で、軽鎧の肩当てが破損。
「ぐうう」
俺に向かって突進してくる四角竜。
だが、左足を引きずっており、先程までのスピードはない。
折れた剣身がめり込んでいる影響だ。
俺は頭上に糸を発射し、四角竜の突進をかわし離れた位置へ着地。
「ギィヤァァァァオォォ!」
激昂し絶叫する四角竜。
怒りが頂点に達したようだ。
「もういいだろ!」
思惑通り四角竜のスピードは落ちた。
あとは罠に引きつけるだけだ。
俺は全速力で走る。
「はあ、はあ。くそっ。右肩か」
俺も四角竜の衝突で、右肩を痛めたようだ。
「ふう、ふう。こりゃ骨までいったか」
ここまできたら我慢と体力勝負。
罠の設置場所までひたすら走る。
「はっ! はっ! いってー!」
叫びながらも、俺は全力で走った。
――
「連れてきたぞ!」
罠の設置場所が見えた。
網は円筒状に巻いて、両端を木の枝にくくりつけている。
「マルディン! 網の下を通り抜けてください!」
アリーシャの叫び声が聞こえた。
「はあ、はあ」
俺はアリーシャの指示通りに網の下をくぐる。
前方でラーニャが弓を構えていた。
「ご苦労様。うふふ」
俺に声をかけた瞬間、信じられない速度で二本の矢を射る。
網を結んでいた二箇所のロープを同時に射抜く。
まるで同じタイミングでロープを切断したかのように、網が垂れ下がった。
突如現れた網に、四角竜は驚いただろう。
そのまま網に突進。
網の目が角や足に絡む。
暴れれば暴れるほど絡みつき、網をくくりつけた大木が大きく揺れる。
さらにラミトワが、四角竜の大角に向かってロープを投げ入れた。
ロープは荷車の滑車に繋がっており、甲犀獣が大型荷車を引くことで四角竜の動きを完全に止めた。
「よっしゃー! 捕獲したよ!」
喜ぶラミトワ。
「アリーシャちゃん。まだ近づいちゃダメよ。危ないからね」
「はい!」
「じゃあ、とどめは私が刺しちゃうわよ?」
「ラーニャさん! 眉間を狙ってください!」
「了解よ」
ラーニャが弓を射る。
「お、おいおい。マジかよ」
四角竜の硬い眉間に向かって、立て続けに同じ場所へ発射された矢。
最初の二本は弾かれたものの、三本目で鏃が突き刺さった。
「ここからよ」
四本目を放つと、先に刺さっていた矢を真っ二つに割りながら、さらに深く刺さる。
そして五本目の矢が、もう一度刺さった矢を割り、眉間の奥深くまでめり込んでいった。
脳まで到達しただろう。
地響きを立て、崩れ落ちる四角竜。
「し、信じられん」
五本の矢を寸分違わず同じ場所へ狙ったラーニャ。
これほどの腕は初めて見た。
口だけではなかったようだ。
「マルディン、ご苦労様」
「ああ、そっちもな。凄い腕だよ」
「うふふ、ありがとう。でもね、今回は高い鏃を使ったのよ。開発機関の高級品だもの。当然よ」
「それにしたって、あんな芸当はできんだろう」
「うふふ。あなた流に言うと、運が良かったってことかな」
「おいおい、どう見たって狙ってたじゃねーか。『ここからよ』なんて言ってたくせに」
「うふふ。そんなこと言ったかしら?」
ラーニャが笑いながら俺の右肩を指差す。
「それより、鎧が割れてるわよ。大丈夫?」
「ん? ああ、四角竜は強烈だったよ。万年Cランクの俺には、Bランクモンスターは荷が重たかったってことさ」
「四角竜の足に剣が刺さってるけど?」
「でも、剣ごと折られちまったよ。で、このザマさ」
「無理させちゃったかしら?」
「そうだな。もう上位ランクのクエストは受けんぞ。身体がもたないからな」
「ふーん……。嘘ばっかり」
「だから! いてっ」
反論しようとしたが、痛みが酷くなってきた。
「マルディン! 大丈夫ですか!」
アリーシャが走ってきた。
「ああ、ちょっと怪我しただけだ」
「解体師は応急処置もできます。見せてください」
鎧を脱ごうとすると右肩に激痛が走った。
歯を食いしばり鎧を脱ぐ。
「くっ!」
「かなり酷いんじゃないですか?」
「骨までいったと思う」
触診するアリーシャ。
「いてっ」
「ご、ごめんなさい。マルディンの言う通り、鎖骨が折れてます。今固定しますね」
「すまんな。助かるよ」
「痛み止めを飲んでください」
「ありがとう」
「帰ったらレイリアさんに診てもらいましょう」
ラミトワが駆け寄ってきた。
珍しく心配そうな表情を浮かべている。
「マルディンおじさん。大丈夫?」
「ああ」
「荷車で休んでて」
「そうさせてもらう。手伝えなくてすまんな」
「大丈夫! マルディン凄かったよ! へへへ」
俺は荷車の後部座席に座り、窓から外を眺める。
「さあ、解体して荷車に載せるわよ」
「「はい」」
アリーシャが解体を始めた。
相変わらず凄まじい手捌きだ。
いくつもの解体用の道具を使用し、部位ごとに解体していく。
迅速に防腐処理を行うラミトワ。
二人は同じクエストへ行くことが多いため、息の合ったコンビネーションを見せていた。
二人の作業を見ていたラーニャが手を叩く。
「ねえ、あなたたち。今回は肉が目的だから、角や骨、鱗は欲しい分あげるわよ」
「えー! ほんと! じゃあ荷車の装飾に使う!」
「いいわよー。ラミトワちゃんの荷車カッコイイものね」
「えへへ、ありがとう!」
あの変な装飾がかっこいいのか……。
ラミトワとラーニャのセンスが分からん。
アリーシャが手を止め、俺に視線を向けた。
「マルディン。これだけの素材があれば、フルオーダーで装備と道具が作れます。四角竜の装備を持つ冒険者はなかなかいません。開発機関に依頼すれば作ってくれますよ」
「そうか。素材を持ち込めば製作費だけで済むのか」
「そうです。フルオーダーになると高額ですが、この材料だけでも金貨数十枚はくだらないので作った方が良いですよ」
「イレヴスの開発機関とは知り合いになったからな。頼んでみるか」
「はい、そうしましょう。私もせっかくなので、解体師の道具一式を作ります」
「んじゃ、落ち着いたら一緒に行こうぜ。紹介するよ」
「良いんですか! ありがとうございます!」
その後もしばらく解体の様子を眺めていたが、痛み止めが効いてきたことで猛烈な眠気に襲われた。
「すまん……。少し……横になる」
座席で横になると、そのまま深い眠りについてしまった。




