第51話 狩りと勝負と夏祭り7
まずは罠の設置場所へ移動だ。
密林の中でも、ラミトワは大型荷車を巧みに運転する。
俺は荷車の御者席に座り、隣で甲犀獣を操縦するラミトワを眺めていた。
「よくもまあ、こんなところを進めるもんだ」
「先人の運び屋が開拓した道があるんだよ。少しでも外れると身動きが取れなくなっちゃうけどね」
「道って言っても何もねーぞ?」
「私には分かるの! 私は優秀なんだぞ!」
「確かにそうだな。うん。ラミトワ凄いぞ」
「へへへ、そうでしょー。もっと褒めてもいいんだよ?」
「すごいーすごいーラミトワすごいー」
「真面目に褒めろ!」
「いてっ」
俺の腹に肘を当てるラミトワ。
「もう、マルディンってほんとガキだよね」
「本物のガキに言われたくねーっての」
「ガキじゃねー!」
ラミトワと遊んでいると、罠の設置場所に到着した。
小さくたたんだ網を荷台から取り出し、地面に置く。
重量は百キルクを超えているだろう。
四人で四隅を持ち、網を広げた。
網の大きさは縦横十メデルトの正方形だ。
広げた網を円筒状に丸め、両端をロープで結ぶ。
荷車の荷台にある滑車を利用して、高さ十メデルト付近まで持ち上げ、二本の大木の間に吊るした。
ラーニャが網を指差す。
「四角竜がこの網の下を通り抜ける直前で、丸めた網を広げて足止めする。網に絡まって身動きが取れなくなった四角竜に、私がとどめを刺すわ」
「つまり、俺が四角竜をこの下まで連れてくればいいんだな?」
「そうよ」
そして、改めて網を広げる方法など最終確認を行った。
ラーニャが俺の肩を叩く。
「四角竜を探すのは大変なのよ。もし今日中に発見できなくても、明日また探索するわ。無理しないでね」
「へえ、優しいな」
「そりゃそうよ。うちの大切な冒険者ですもの。あなたが死ぬと、私がクエストを頑張らないといけなくなるのよ」
「死なねーよ! 縁起わりーな!」
アリーシャが俺の前に立つ。
「マルディン、四角竜の気性はとても荒いので気をつけてください」
「ああ、ありがとう」
「荷車でも説明しましたが、四角竜は角で木をえぐり、マーキングします。その痕跡を辿ってください」
「分かった。行ってくるよ」
俺は糸巻きのベルトをしっかり留め、四角竜の縄張りに踏み込んだ。
――
鬱蒼とした密林を進む。
奥へ進むほど、野鳥、蛙、虫の鳴き声が大きくなる。
「この音量、とんでもねーな」
耳を塞ぎたいほどの大合唱だ。
「ん? これは?」
大木の幹が深くえぐれていた。
高さ一メデルト付近から五、六メデルトまで縦に長い一本の傷。
四角竜のマーキングだ。
「顔の先端にある大角で、下から上に向かってえぐったのか」
傷跡は乾燥しており、明らかに時間が経っている。
恐らく数週間は経過しているだろう。
地面を確認すると足跡は消えていたが、木や岩に生えている苔が削れていた。
「あっちに続いてるな」
痕跡をたどりながら周囲を探索すると、同じような木の傷を発見。
先程よりも僅かながら新しい。
「しかし、この大木をこれほどまでにえぐるとは。角の攻撃を喰らったらマジで死ぬぞ」
戦闘で動きを重視している俺は、軽鎧を着用している。
そのため防御性能は高くない。
「四角竜の角もそうだが、突進にも気をつけないとな」
最初に傷跡を発見してから、すでに数キデルトは森を進んだ。
マーキングや足跡も新しくなる。
そしてついにモンスターの糞を発見。
「四角竜の糞か。もう近いか?」
俺は頭上に向かって糸巻きを発射し、枝の上に着地。
さらに糸で移動を繰り返しながら、地上を見渡せるほど高い大木の太枝へ移動。
腰のベルドに挿した小さな単眼鏡を取り出す。
「うーん、いねーか。だが動き回って探すより、ここにいた方が良さそうだな」
太い枝は意外と安定性がある。
生物が多い地上よりも安全かもしれない。
しばらく枝の上で待機することにした。
――
太陽が空の頂点に到達。
強烈な日光が降り注ぐが、頭上の枝葉が日陰を作ってくれていた。
俺は枝の上で、アリーシャが作ったサンドを食べながら周囲を見渡す。
「もう正午か。特に動きはない……。どうする一度戻る……。ん? あれは?」
木々が大きく揺れている場所を発見。
単眼鏡を覗く。
「あれは!」
顔の先端に一本の大きな角、頭部にも三本の巨大な角を持つ四足歩行の生物。
体長は約十メデルト。
背中の中心にはひし形の突起物が並んでおり、尻尾の先まで続いている。
角は濁った白色、濃灰色の鱗、瞳は小さく夜空のような漆黒。
「デ、デカいぞ!」
間違いなく四角竜だ。
事典で見たイラストと同じだが、実際に見ると迫力が違う。
「マジで木をえぐってる」
大角を使って所々にマーキングしながら、ゆっくりと森を徘徊している四角竜。
自分の縄張りを主張しながら、見回りしているのだろう。
「あの角ヤベーだろ」
俺は腰のバッグから携帯狼煙を取り出した。
これは冒険者ギルドの開発機関が新たに開発したものだ。
手のひら台の小さな木箱になっており、フタを開けるだけで狼煙が発生するという、信じられないほどの便利な代物だった。
使い捨てのこの狼煙は煙だけが出るようになっており、燃え移ることは絶対ない。
さすがは開発機関の開発だ。
「これでラーニャたちに伝わるだろう」
糸を発射し、地上に降りた。
身をかがめ、気配を消しながら四角竜へ近づく。
縄張り意識が強い四角竜に見つかれば、執拗に追いかけてくる。
そして、走るスピードは人間を超える四角竜。
「足だな。足を狙おう」
四角竜は怪我をしようが、外敵を縄張りから追い出すまで絶対に引かない習性がある。
足にダメージを入れ走力を落とせば、安全におびき寄せることができるだろう。
ついに糸が届く距離まで近づいた。
長剣を抜き、左手に持ち替える。
大きく息を吸い呼吸を止め、四角竜に向かって糸を発射。
大角に糸を絡ませダッシュ。
助走をつけジャンプし、空中で糸巻きを巻取る。
その勢いで四角竜の左前足に突きを放つ。
「ギィヤァァァァオォォ!」
濃灰色の硬い鱗に、長剣が突き刺さった。
一旦距離を置くため、大角に巻きついた糸を外そうと右腕を捻る。
だが、俺が糸を巻き取る前に、四角竜は大角を空に向かって大きく振り上げた。
まだ糸が絡まっていたことで、空中に大きく投げ出された俺の身体。
「くっ!」
即座に空中で糸を巻取り、落下の勢いを利用しながら、大角に向かって剣を振り下ろす。
鈍い音が鳴り、激しい火花が散った。
「かってー! 刃こぼれしたぞ!」
着地と同時に腕を捻り、大角から糸を外す。
そして、右前方へ大きくジャンプ。
四角竜の左前足を切りつけると、鮮血が吹き出した。
「ギィヤァァァァオォォ!」
咆哮を上げながら、大角を振り回す四角竜。
突撃に特化した騎兵槍を振り回しているようだ。
「あぶねっ!」
大角を剣で受ける。
火花が飛び散り、刃こぼれしていた部分にヒビが入った。
桁違いのパワーを誇る四角竜。
俺は受けの姿勢のまま弾き飛ばされ、背後の大木に背中から打ちつけられた。
「ぐはっ!」
 




