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第50話 狩りと勝負と夏祭り6

 翌日の早朝、俺は酷い頭痛で目が覚めた。

 小屋の外に出て、浴びるように水を飲む。


「な、なんなんだ、あの女。くそっ、あったまいてー」


 俺が持ってきた酒を、たった一日で飲み干したラーニャ。

 それどころか、全員で飲むように持ってきた樽の葡萄酒もなくなっていた。


「マルディン、おはようございます。大丈夫ですか?」

「ああ、何とかな」

「ラーニャさんと飲むとああなるんです。実はラーニャさんて、この町で最も酒豪と呼ばれてますから」

「マ、マジかよ……」


 大酒飲みの冒険者や漁師を差し置いて、あの華奢なラーニャが酒豪だとは信じられない。

 だが、昨日目の当たりにした。

 水のように酒を飲むラーニャを思い出すと、昨日の酔いが悪夢のように蘇る。


「うっ。き、気持ちわりー」

「はい、これ。二日酔いに利く薬です。即効性があります。熱いのでゆっくり飲んでください」


 アリーシャが薬草を煎じてくれた。


「ああ、ありがとう」


 ベースキャンプに設置されたテーブルで、静かに薬を飲む。

 正面にはアリーシャが座り、俺を見つめていた。

 空は少しだけ明るい。

 まだ日の出は迎えておらず、木々を揺らす風が心地良い。


「早朝は気持ち良いな」

「そうですね。夏の早朝は私も好きです」


 朝を告げるかのように小鳥の鳴き声が響く。

 薬を飲みながら瞳を閉じ、周囲の音に耳を傾ける。

 二日酔いは最悪だが、贅沢で優雅な時間だ。


「あの、マルディン」

「ん、なんだ?」

「マ、マルディンは、その……。け、結婚しないんですか?」

「結婚? 何だ急に」

「あ、いや、その……。この町へ一人で越してきて、定住したから」

「まあ確かにおかしいか。引っ越しの目的は結婚じゃないとはいえ、俺もいい歳だ。町の老人たちには結婚しろって言われるよ。あっはっは。いてて」


 アリーシャが薬草茶のカップを両手で持つ。


「あの……フェルリートのことは、どう思ってますか?」

「フェルリート?」

「はい」

「どうって?」

「ほら、あの娘ってとっても可愛いじゃないですか。元気でいつも一生懸命だし」

「そうだな。元気だし可愛いよ。ギルドへ行くのが楽しみだ」

「そ、そうですか。その……、れ、恋愛対象にはなりますか?」

「恋愛? おいおい、歳が離れすぎてるだろう。それにな、フェルリートが俺に懐いてるのは、父親の面影を見てるからだと思うぞ」

「そんなことは……」


 両親を亡くしているフェルリートは、恐らく大人の男性に憧れを持っているはずだ。

 そうでなければ、あんなに可愛くて若い娘が、俺のためにわざわざ料理を作りに来たりしない。

 一人暮らしのおっさんを心配してくれているのだろう。

 確かにフェルリートは優しくて魅力的だが、恋愛対象として見るなんてあの娘に失礼だ。


「でもありがたいよ。まあ甘えっぱなしは良くないけどな。あっはっは。いて、いててて」

「じゃあ、あの……、私のことは……」


 笑うと頭に響く。

 アリーシャが何かを言いかけていたが、俺は少し冷めた薬を飲み干した。


「おい! おっさん! 私のことはどう思ってるんだ!」

「ちっ、うるせーのが来た……」


 小屋から出てきた子供。

 両腕を腰に当て、股を広げて立っていた。


「答えろ! おっさん!」

「おじさんは頭が痛いの。子供は静かにしなさい」

「子供じゃねーつってんだろ!」

「や、やめろ!」


 ラミトワが俺の身体を揺さぶる。

 俺はその場に倒れた。


「うげー。気持ち悪い。もう今日は動けん。お前のせいだ」


 小屋からもう一人の女が出てきた。


「んー、清々しい朝ね。気持ち良いわあ。さて、今日から罠を仕掛けるわよ。皆しっかりやってね」

「「はい!」」


 平然としているラーニャ。

 あれだけ飲んで、なんで平気なんだ。


 ――


 アリーシャが朝食を作ってくれた。

 俺だけ特別に薬膳スープだ。

 おかげで、体調はかなり回復した。


「アリーシャ、すまなかったな」

「大丈夫ですか? 無理しないでくださいね」

「もう大丈夫だ。ありがとう」


 朝食後、四人でテーブルに向かう。

 今日の作戦会議だ。


「さて、今日から狩猟に入るわよ。皆、四角竜(クワロクス)のことは知ってるかしら?」


 俺はモンスター事典を思い出した。


 ◇◇◇


 四角竜(クワロクス)


 階級 Bランク

 分類 竜骨型脚類


 体長約十メデルト。

 大型の脚類モンスター。


 竜骨類の中では数少ない四足歩行の草食モンスター。

 熱帯地方に生息し、森林に生い茂る熱帯植物を主食とする。

 縄張り意識が異常に強く、踏み込んだものは執拗に追いかけ回し、徹底的に排除するほど気性が荒い。

 Aランクモンスターにも怯まず攻撃する。


 最大の特徴は四本の大角。

 長さ三メデルトの大角が顔の先端に一本、額にも同じ長さの大角を三本持つ。

 突進によってこの角で標的を串刺しする。


 角や骨は高級武器や装飾品となり、分厚く硬質な皮革は鎧の素材として高価で取引される。

 肉は脂身が少なく濃厚だが、驚くほど柔らかい。

 高級食材として高い人気を誇る。


 ◇◇◇


「今回は急いでることもあり、少し強引な方法で罠にかけるわ」

「誰のせいだか……」

「何か言ったかしら?」

「いや、何も?」


 ラーニャが森の地図を広げ、ペンで円を描く。


「ここに四角竜(クワロクス)の縄張りがあるのよ。この縄張りの中に網を仕掛けるわ。そして私が囮になって、罠まで四角竜(クワロクス)をおびき出す」

「き、危険すぎます! 四角竜(クワロクス)が本気で走れば人よりも速いです! どんなに足の速い冒険者でも追いつかれます!」


 アリーシャが立ち上がり、反対の声を上げた。


「大丈夫よ。私はBランク冒険者なのよ?」

「で、でも!」


 正直なところラーニャの腕前は分からないが、射手ということは分かっている。

 俺の経験上、射手の囮は悪手だ。


「俺が行こう」

「え! マルディンが?」


 アリーシャが慌てて振り返った。


「ラーニャは射手だ。どんなに優秀な射手でも、長い距離を走ったあと正確に射ることは難しい。それに俺はこう見えて体力あるんだよ」


 ラーニャは少し驚いたように目を見開き、俺に視線を向けた。


「危険なのよ?」

「Bランククエストを受けた時点で危険は承知だ。それに、何のための高額報酬なんだ? 危険だからだろう?」

「まあそうね。だけどさすがに囮は私がやるわよ」

「作戦の成功率を考えたら、俺がやるべきじゃないか?」

「そうだけど……」

「大丈夫だ。任せろ」

「ふう、分かったわ」


 アリーシャは立ち上がったまま、俺の顔を見つめている。

 額にはうっすらと汗が滲む。


「で、でも、相手はBランクモンスターです。いくらマルディンでも……」

「時間もないし、多少リスクがあっても最も成功率が高い方法を選ぼう」

「わ、分かりました」


 諦めたように椅子に座るアリーシャ。

 俺はアリーシャの肩に手を置いた。


「ありがとう。心配するな。あっはっは」

「は、はい」


 その後も打ち合わせを行い、作戦が決まった。

 四角竜(クワロクス)の縄張りに、漁で使用する大きな網を仕掛ける。

 俺が囮となり、四角竜(クワロクス)の習性を利用しおびき出す。

 網にかけ、ラーニャの弓でとどめを刺す。


 言葉にすると簡単だが、相手はBランクモンスターだ。

 俺も相応の覚悟を持って挑む。


「ラミトワちゃん、どの辺に罠を仕掛けたらいいかしら?」

「地形的に言うと、この付近が少しだけ開けてるから、大きな網を広げやすいよ。大型荷車の乗り入れもできるしね」


 ラミトワが地図に指を差す。


「さすがね。じゃあ罠はそこに仕掛けましょう。マルディンはこの場所まで上手く誘導してね」

「ああ、分かった」


 俺たちは準備を開始し、ベースキャンプを出発した。

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