第49話 狩りと勝負と夏祭り5
カーエンの森の中には、運び屋たちが協力して作ったベースキャンプがいくつも点在する。
おかげでクエストでは安全にキャンプが可能だ。
日没前にベースキャンプへ到着した。
「ここはカーエンの森で最も深い場所にあるベースキャンプだよ。それでも森の最深部はまだ先。でも今後、森の最深部にもベースキャンプを作る計画があるから、それまでの辛抱だね」
ラミトワの説明を聞きながら、さっそくキャンプの準備を開始。
このベースキャンプの広さは直径約二十メデルト。
平坦な円形状で、伐採した木で作られた高さ三メデルトの頑丈な柵で囲まれている。
敷地内には木造の小屋、テーブル、レンガ造りのコンロ、石窯まで完備。
森の中だったことで、火を運ぶ台風の被害はなかった模様。
とはいえ、敷地内には折れた枝木が散乱している。
まずは片付けから開始だ。
柵の外には鉄製の頑丈な篝火台が、ベースキャンプを囲むように等間隔で配置されている。
俺は全ての篝火台に火をつけ、虫除けの清涼草を投入。
清涼草を使用しないと、大量の虫が寄ってきてしまう。
そして小屋に寝具や道具類を運んだ。
ラミトワは、荷車を引いた甲犀獣に餌を与えていた。
ラーニャはテーブルに地図を広げ、何やら書き込んでいる。
アリーシャは夕食の準備だ。
「俺は少し見回りしてくるよ」
「ええ、気をつけてね」
ラーニャに声をかけ、俺はベースキャンプを出た。
クエストやトレーニングでカーエンの森へ入るが、ここまで深い場所に来たのは初めてだ。
まとわりつく真夏の不快な湿度。
それでも、沿岸部に比べて気温は低いからマシだ。
強烈な日光を木々が遮ってくれているおかげだろう。
「それにしても凄い森だな」
森というよりも密林と言った方が正しい。
大小様々な木、板根と呼ばれる板ような木の根、捻れた木、枝から垂れる蔦。
足元には小さな草から、傘になるほど大きな葉の大芋葉まで多種多様な植物が生い茂っている。
そして、野鳥や昆虫の大合唱が森に鳴り響く。
「ん?」
生物の気配を感じた。
隙間から茂みを覗くと、五メデルト程先に南洋鴨の群れを発見。
「そうえいば、アリーシャは南洋鴨を欲しがってたな」
南方の海に生息する水鳥の南洋鴨。
体長は五十セデルトほどで、足の水かきを巧みに使い水上で生活する。
餌を求めて森にも姿を現す。
南洋鴨の肉は脂身が少なく弾力性に優れ、濃厚な味がするため南国では人気食材の一つだ。
「何羽か獲っていくか」
俺は糸巻きを構え、南洋鴨に発射。
腕を捻り、南洋鴨の身体に糸を絡ませ巻き取った。
「よし!」
南洋鴨の身体から素早く糸を外し、脚で取り押さえる。
そしてもう一度糸を発射。
南洋鴨は地上から飛び立つ速度が遅いため、狩りが容易な野鳥だ。
何羽か獲ったあと、最後は三羽まとめて絡め取った。
「よっしゃ! 六羽も穫れば十分だぜ! これはアリーシャの店用だな」
バッグから大きな麻袋を出し、南洋鴨を詰め込んだ。
袋の中で暴れるが、そのままベースキャンプへ持ち帰る。
俺も獲物を締めることはできるが、アリーシャには敵わない。
なまじ素人が手を出すより、解体師に任せるべきだ。
それに失敗すると味が落ちる。
「おいおい、森鶏もいるぞ。ここは絶好の狩り場だな」
森鶏もアリーシャの狩猟予定にあったはずだ。
バッグから小さな革袋を取り出す。
中には小さく折りたたんだ投網が入っている。
「せっかくだ。この投網を試してみよう」
俺は漁で使う投網を改造して、糸の先端に装着できるようにしていた。
投網を取りつけ、森鶏に向かって発射。
直径約三メデルトの投網は、森鶏の群れの頭上で太陽花のように広がる。
「おっしゃ! 上手くいったぜ!」
七羽の森鶏を捕獲。
これも麻袋に押し込む。
「良い練習になったぜ。俺って狩りで食っていけるかもな。あっはっは」
大暴れする麻袋を肩に背負い、俺はベースキャンプへ戻った。
「いて! 暴れるな!」
――
「アリーシャ様。ご注文の品をお届けいたしました」
「え? こ、これって?」
料理の用意をしているアリーシャに麻袋を見せ、中から一羽の南洋鴨を取り出した。
「二人で狩猟する予定だった南洋鴨と森鶏だ。生きてるからアリーシャが締めてくれ」
「さっき、見回りへ行くって……」
「ああ、見回りへ出たら南洋鴨と森鶏を見つけてな。狩っておいたよ」
「そんな簡単に狩れるものではないし、そもそもこんな短時間でこんなにたくさん……。信じられません」
「いやー、群れを見つけてな。運が良かったんだ。店で使ってくれ。あっはっは」
「あ、ありがとうございます」
アリーシャは驚きながらも、麻袋から取り出した獲物を解体短剣で素早く締めていく。
隣でラミトワが防腐処理を施す。
「あっはっはおじさんってたまに凄いよね。普通こんなに獲ってこれないでしょ」
「たまにじゃありませんよ? マルディンはいつも凄いですよ」
「なんだよアリーシャ。マルディンのこと好きなのかよー」
冷やかしの表情を浮かべているラミトワ。
ニヤついた顔が絶妙にムカつく。
「ええ、好きですよ」
「え? マ、マジ?」
「フフフ。ラミトワもでしょう?」
「なんだ。そういうことね。奢ってくれる時は好きだよ。奢ってくれなきゃただの腰痛おじさんだ」
娘二人が勝手なことを話している。
小屋の前で装備を外していると、ラーニャが隣に近づいてきた。
「マルディン、あなたモテるのねえ」
「こんなのモテるとは言わんだろうよ」
「ふーん。それにしても、あの狩猟は凄いわねえ」
「偶然だって。たまたま目の前にいたから獲ったんだよ。それに……」
「それに?」
「こんなに獲ったのは初めてでな。俺自身驚いてるんだよ。自己記録更新だ。あっはっは」
「へえ、良かったわねえ」
この女は色々と面倒だ。
何を考えてるのか全く分からない。
それに簡単にBランクを取ってしまうほどの実力も持っている。
ラーニャの前ではやりすぎないように気をつけよう。
――
「さあ、夕飯ができましたよ」
日が暮れると、ベースキャンプにカレーの匂いが広がった。
そして、肉を焼いた香ばしい煙が立ちのぼる。
「皆さん、食事は全て対決用の試食になります。忌憚なきご意見をお聞かせください。まず最初にオーソドックスな黒森豚の串焼きです。私が調合した特製の香辛料を使用しています」
綺麗に焼色がついた肉。
滴り落ちる脂が燃石に垂れるたびに、蒸発する音が響く。
これだけでもう美味い。
串を手に持ち、肉を噛む。
簡単にちぎれる柔らかさだ。
そして、口の中に脂が広がり、香辛料の香りが鼻を通り抜け、旨味が喉を流れる。
「くうう、うっめー! これヤバいだろ」
「アリーシャ! 結婚して!」
ラミトワがまたバカなことを言っているが、気持ちは分かる。
あっという間に串一本を食べてしまった。
「意見て言われてもなあ。美味いしか言えんぞ。あっはっは」
「ほんとだよ。アリーシャの料理は全部美味しいもん」
「そうね。美味しいわ。だけど黒森豚だと、この香辛料の良さを活かしきれてないわねえ」
肉を食べながらラーニャが呟いた。
「ラーニャさんもそう思いますか?」
「ええ、黒森豚は美味しいけど、勝負で使うにはちょっと味が貧相ね」
「仰る通りです。勝利するためにはもっと質の良い肉が必要なんです」
「うふふ、そうね。頑張って獲るわよ」
十分すぎるほど美味いと思う。
隣に座るラミトワも同じ表情だ。
「なあ……、これ美味いよな?」
「うん、勝ったも同然だと思ったよ」
まあここは分かる者同士に任せた方が良いだろう。
俺はバッグから葡萄酒の瓶を取り出し、カップに注ぐ。
「ちょっと! おっさん! 自分だけズルいよ! 私にもちょうだい!」
「それが人に頼む態度か?」
「マルディン様! おねげーしますだ!」
両手を掲げ、俺に大きく頭を下げるラミトワ。
「恵んでやろう」
「ありがとうごぜーます! マルディン様!」
「味わって飲むが良い」
ラミトワとふざけながら葡萄酒を飲んでいると、ラーニャが笑みを浮かべながら俺たちを見つめていた。
その顔に焚き火の揺らめきが反射する。
口には出さないが、少し不気味だ。
「ねえ、マルディン」
「な、なんだよ」
「私も飲みたいわ」
「ラーニャも酒飲むのか?」
「嗜む程度だけど好きよ。うふふ」
「そうか。んじゃ、飲むか」
「ええ。狩りの成功と勝利に乾杯よ」
「お、そりゃいいな」
葡萄酒を注いだカップをラーニャに手渡し、二人で乾杯した。
「「あ!」」
アリーシャとラミトワが同時に声を上げた。
そしてアリーシャが、俺の右耳にそっと顔を近づける。
「が、頑張ってくださいね」
続いてラミトワが左耳に顔を近づけた。
「おっさん、死ぬなよ」
二人は逃げるように小屋へ入っていった。




