第48話 狩りと勝負と夏祭り4
「アリーシャちゃんはどう思う?」
「え? あ、はい。四角竜の狩猟セオリーはBランク冒険者三人以上とされてます。いくらラーニャさんとマルディンでも、今回は圧倒的に人数が足りません」
「それでも狩猟しなければならないとしたら? どうしたらいい?」
どうもさっきから面倒な会話を繰り返しているが、俺はラーニャの思惑が分かっていた。
ラーニャはアリーシャに考えさせている。
この出張所初のBランク解体師へ、大きな期待を寄せているのだろう。
俺も部下に成長して欲しい時、よく使っていた手法だ。
そうやって部下に考えさせ、計画させることで自信と経験を積ませてきた。
もちろん失敗の責任は俺が取る。
そして部下が考えた意見に対し、頭ごなしに否定しないことが最も大切だ。
「あの……。どうしてもお二人で狩猟するのですか?」
「そうね。これ以上パーティーにCランク冒険者を増やすと混乱を招くわ。マルディンって狩猟系はあまり行かないけど、実は成績がとても良いのよ。だから少数精鋭って感じ?」
俺の顔を見て微笑むラーニャ。
主任ともなると、クエストの報告書で結果を知ることができる。
考えてみれば当然だ。
これまでほとんどラーニャと接触しなかったことで油断していた。
俺の素性はバレてないと思うが、今後は自重した方がいいだろう。
「わ、分かりました。それならば、今回は罠を用いましょう。人数の不利を罠でカバーします」
アリーシャの意見を聞いて、俺は少し驚いた。
「罠? 相手は大型モンスターだろう? 大丈夫なのか?」
冒険者の狩猟は、獲物を直接仕留めることが多い。
罠の使用は安全な反面、時間と費用がかかる上に、失敗のリスクが高いという理由だ。
罠の使用で報酬がマイナスになったなんて笑い話もある。
さらに罠が大掛かりになれば、比例するように費用も上がっていく。
もちろん罠を用いた狩猟もあるが、そのほとんどが小型モンスターだ。
「マルディンの言う通り、四角竜ほどの大型モンスターになると、罠にかけることは難しいです。対大型モンスターの罠は存在しますが、それこそ組織で使用するような代物ものですし大変高価です。ですが、この町は漁港です。漁で使う巨大な網が簡単に手に入ります。これをモンスター用の罠へ転用します。町の道具屋で購入しましょう」
ラーニャが笑みを浮かべ拍手した。
「うふふ、大正解よ! 凄いわあ。あなた解体の腕は素晴らしいもの。その知識と発想力があれば、Bランクは問題ないと思うわよ」
「あ、ありがとうございます」
試されていると分かって、恥ずかしさで顔を赤らめたアリーシャ。
これで話がまとまったようだ。
「つまり今回は、森の最深部へ行き、罠を用いて四角竜を討伐する。その罠は漁で使う網を流用するんだな?」
「そうよ。少し大変な狩猟だけど、罠を使えば大丈夫だと思うわ。一つだけ、今回は討伐じゃなくて狩猟になるのよ」
「ん? そうか。えーと、狩猟と討伐の違いはなんなんだ?」
「指定されたモンスターの種類で、個体を選ばないのが狩猟。特定の個体が討伐。簡単に言うと、狩猟は素材が必要な時で、討伐は危険な個体の駆除ね」
「なるほどね。今回は肉があればいいから、個体は何でもいいんだな?」
「ええそうよ」
ラーニャが立ち上がった。
「さあ、準備して出発するわよ」
――
正午頃にはギルドを出発。
ラミトワがギルド保有の大型荷車を運転。
大型荷車は、最前列の御者席に二人並んで座ることが可能だ。
今はラミトワが一人で座り、慣れた手つきで鼻歌を歌いながら甲犀獣を操縦している。
後部座席は進行方向に対し横向きの対面式で、定員は片列に四人ずつ合計八人。
今は俺の隣にアリーシャが座り、対面にラーニャがいる。
最後尾は広い荷台で、荷物や狩猟したモンスターを積載するスペースだ。
荷車は屋根つきのため、強烈な日光や雨から守ってくれる。
ラミトワが御者席で身体を捻り、後部座席を振り返った。
「それにしても、まさかラーニャおばさんがBランクを取ってたなんて驚いたよ」
「ねえ、ラミトワちゃん。おばさんはやめてくれるかしら? 運び屋カード剥奪するわよ?」
「ひいい! ごめんなさい!」
焦るラミトワ。
さすがのラミトワもラーニャには敵わないようだ。
俺は座席でカーエンの森の地図を広げた。
隣でアリーシャが地図を覗いている。
「四角竜の生息地はどこら辺なんだ?」
「最深部なので、この辺ですね」
アリーシャが手を伸ばし、地図を指差す。
荷車が揺れるため、俺に身体を密着させているアリーシャ。
今日のアリーシャは、明るい金色の長髪を一本の三つ編みにして、右肩から胸に下げている。
その三つ編みが揺れる度に、水影花の爽やかで涼し気な香りが漂う。
水影花は猛毒を持つ花だが、香りが良く香水に使われる。
毒へ深い知識を持つ解体師のアリーシャにとって、水影花の香水は簡単に作ることができるのだろう。
「うふふ。あなたたち仲良いわねえ」
俺たちの様子を見ていたラーニャが、怪しげな笑みを浮かべていた。
「な、何バカなこと言ってんだよ。なあ、アリーシャ」
俺の言葉に反応したアリーシャ。
地図を見ていた顔をゆっくりと上げ、俺の瞳を見つめる。
全てを見越したような、優しい微笑みをたたえていた。
「仲良いですよ? ねえ?」
「え? あ、ああ。た、確かにそう……だよな」
予想もしてなかった返事をするアリーシャ。
返答に困ったというか、言わされた。
アリーシャは冒険者ギルドに所属している解体師だが、実家の肉屋では看板娘だ。
店の肉が美味いのは当然ながら、アリーシャ目当てで通う連中もいると聞く。
以前手伝った石工屋海の石の若頭ジルダも、アリーシャに好意を寄せていた。
「あらあらあら、いいわねー。うふふ」
「はい。フフフ」
ラーニャとアリーシャが口に手を当てながら、お互い笑顔で見つめ合う。
よく分からないが、この空気は怖い。
助けを呼ぶかのように御者席のラミトワに視線を向けると、偶然にも振り返ってくれた。
「ラーニャおば、あ! えへへ、ラーニャさん! 森の最深部にはベースキャンプがないんで、滞在地は少し手前になるけどいい?」
「ええ、いいわよ。あなたが変なこと言わなければね。全部任せるわ」
「ううー、ごめんなさいー」
空気を全く読まないラミトワが、流れを無視して発言した。
「ラミトワ、助かったぜ。今度飯奢るぞ」
俺は小さく呟いた。




