第46話 狩りと勝負と夏祭り2
「……まさか?」
「ええ、そのまさかです。漁師ギルドの魚料理は間違いなく海人商店でしょう。あの店のフリッターは毎日大行列ですからね」
「マジかー。あのフリッター相手か。こりゃ厳しいな。あっはっは」
俺の肩を強く叩くパルマ。
「いてっ」
「おい! アリーシャの店だって連日大行列だ! 味勝負なら勝てる! だが数の勝負はうちが圧倒的に不利。魚は毎日大量に水揚げされるからな」
「輸出するほど獲ってるもんなあ」
ティルコアで水揚げされた魚は、新鮮なまま飛空船で各都市へ出荷される。
田舎の小さな港町だったティルコアは、竜種の討伐と飛空船の登場で、国内屈指の水揚げ量を誇る漁港へ変貌した。
「そういえば、アリーシャんちの肉はどうやって仕入れてるんだ?」
「私が狩りへ行くか、業者から仕入れるかですね」
「なるほどね。クエストはどうする? 受けるか? でも、お前んちの肉を穫るのが優先だろ?」
「もちろんです」
「だよな。祭りよりも店の方が大切だもんな」
「違います。勝負ですからね。受けなくてはなりません」
「え? お、おい、アリーシャ……」
「絶対に勝ちます!」
右手を握りしめるアリーシャ。
意外と勝負事にこだわるアリーシャだった。
「パルマさん。メニューはどうするんですか?」
「それもお前に一任しようと思ってた」
「分かりました。お受けしましょう」
狩猟どころかメニューの開発まで受けてしまったアリーシャ。
一緒に狩りへ行くと言った手前、俺も参加するしかないだろう。
「しゃーねーか。んで、パルマ。納品の期限は?」
「祭りは十日後から三日間開催。イベントは最終日」
「おいおい、早くねーか! そんなの無理だろ!」
「仕方ねーんだ。主任がやれってさ」
「もっと前から準備するんじゃねーのか?」
「仕方ねーんだ……。仕方ねーんだよ……」
うつむきながら呟くパルマの瞳に、薄っすらと涙が溜まっている。
上と下に挟まれる中間管理職の辛いところだ。
あまりにかわいそうなので、ここは全面的に協力してやろう。
「じゃあ逆算すると?」
俺はアリーシャに視線を向ける。
「メニューの開発や仕込みを考えると、五日以内には用意したいですね。防腐処理をするので、夏でも肉はもちますから」
「五日で千人分の肉を狩猟か……」
涙目のパルマが大きく溜め息をつく。
「分かってるよ。俺だって無理だと思ってるさ。だけどよう。主任が絶対にやれって言うんだよ。あの人、向こうのギルマスと喧嘩でもしたんじゃねーかな……。すぐ喧嘩するんだから……。人を煽るの上手いし……。人の話だって聞いてくれねーし……」
半分泣いてるパルマ。
マジでかわいそうになってきた。
「ねえ、パルマ。勝手なこと言わないでくれるかしら?」
階段から聞こえる女の声。
その声の主は、俺たちを見つめながら階段を下りてきた。
「しゅしゅしゅ、主任!」
叫ぶパルマ。
主任とはこのギルドの責任者だ。
主任が二階にいたことを忘れていた。
名は確かラーニャといったか。
俺がこのギルドに来てから、数回しか会ったことがない。
年齢は俺よりも少し上だろう。
女にしては高身長で百七十セデルト近い。
細身で手足が長く、青色の長髪は緩く波うっている。
青い瞳に少し下がった目尻が特徴的で、妖艶と形容できる容姿だ。
「パルマ、私も行くわ」
「え? 主任が?」
「ええ。もちろんよ。さすがにこの短期間で用意するのは難しい量だもの。それにね、あのイスムに吠え面かかせてやりたいのよ」
イスムは漁師ギルドのギルマスだ。
老人だが現役の漁師でもある。
「マルディン、アリーシャちゃん、私の三人で行くわ。あ、運び屋のラミトワちゃんも呼んでね」
「い、いや、主任がクエストなんて危険ですよ! そもそも引退したじゃないですか!」
「大丈夫よ。復帰したから。それに私って今Bランクの冒険者なのよ」
「は?」
大きく口を開いたパルマ。
顎が外れそうなくらい驚いている。
「私ってCランク冒険者だったでしょう?」
「は、はい。そうです」
「この間、皇都で開かれた本部会議に行ったでしょう? その時にね、うちの出張所の成績が悪いって、名指しでたくさん怒られちゃったのよ。おまけに冒険者ランクの平均値を上げろってうるさいんだもの。頭にきて私がBランク冒険者を取得して平均値を上げたの。うふふ」
「い、いや、そんな簡単に取れるものじゃ……」
パルマの驚きは分かる。
冒険者ギルドの試験は地獄の試験として有名だ。
取りたいからといって簡単に取れるものではない。
「ほら。どう?」
主任が冒険者カードを掲げた。
確かにBランクと記載がある。
「ほ、本当だ……」
「だから私が行くわね」
主任が一枚の書類を俺に手渡してきた。
「さっき作った依頼書よ。確認して。マルディン」
妖艶な笑みを浮かべている主任。
俺は書類を受け取り、視線を落とす。
◇◇◇
クエスト依頼書
難度 Bランク
種類 狩猟
対象 指定なし
内容 千人分の食用肉確保
報酬 金貨二十枚(素材買取代含む)
期限 五日以内
編成 【指名】【特別許可】ラーニャ、マルディン、アリーシャ、ラミトワ
特記 狩猟場所は指示書参照 詳細は契約書記載 冒険者税徴収済み
◇◇◇
「ん? おいおい、Bランクじゃないか。俺たちはCランクだぞ?」
「だって、何穫るのか分からないんだもの。だから私のランクに合わせたの。そうすれば、Bランク以下ならどんなモンスターも狩猟できるわよ。それに編成は指名してるでしょ?」
「指名したからってダメだろ。Cランクの俺たちはBランクのクエストへ行くことも、Bランクモンスターを狩ることもできないはずだ」
「だからあ、特別許可って書いてあるでしょう?」
「特別許可?」
「うふふ、冒険者ギルドはね。責任者の許可があれば上位ランクのクエストへ行けるのよ。知らなかったでしょう?」
「は? なんだと」
「責任者って誰かしら?」
「き、汚ねーな! 何でもありじゃねーか!」
「ルールに則ってるから何も問題ないわよ。この四人で行くわ。獲物はまだ決めてないけど、Bランクだから報酬は高額よ」
「いや、俺にBランクなんて無理だ」
「私の報酬はいらないから三人で分けてね。配分はマルディン十枚、アリーシャちゃんとラミトワちゃんが五枚ずつよ。あ、アリーシャちゃんにはメニュー開発代を別途支払うわね。うふふ」
パルマが言っていたように、人の話を聞かない。
というか、ラーニャとクエストへ行くには重大な問題がある。