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第45話 狩りと勝負と夏祭り1

「マルディン! おはようございます!」

「お、アリーシャ。おはよう」


 朝からギルドへ足を運ぶと、アリーシャが声をかけてきた。

 何かのクエストへ行くのだろうか。

 アリーシャはこの出張所で人気の解体師。

 予定を抑えるのも難しいのだが、今日の装備はクエストとは思えない軽装だ。


「あの……。きょ、今日も暑いですね」

「ああ、ほんと参るぜ。いつまで続くんだろうな」

「この地の夏は長いですから、あと二ヶ月ほどは続きますよ。頑張ってくださいね」

「そ、そんなにか……。まあ、頑張るよ。あっはっは」

「あの……。ところでマルディン」


 どうもアリーシャの様子がおかしい。

 少しばかり不安そうな表情で、身体を左右に動かして落ち着かない。


「なんだ? どうした?」

「きょ、今日はマルディンを待ってたんです」

「俺を?」

「わ、私と……、か、狩りへ行く約束を覚えてますか?」

「ああ、もちろんだ。覚えてるよ」


 胸に手のひらを当て、安堵の表情で大きく息を吐くアリーシャ。


「良かったー。忘れてたらどうしようと思って。フフフ」

「あの美味い干し肉を食った時の約束だ。忘れるわけないだろう。あっはっは」


 火を運ぶ台風(アグニール)の避難所生活で、俺はアリーシャと狩りへ行く約束をしていた。

 どうやら、俺が約束を忘れてないか心配だったようだ。


「で、いつ行くんだ?」

「できればすぐ行きたいんですけど」

「すぐか。俺はいつでもいいぞ。でもアリーシャはクエストの予定が詰まってるだろう? 人気の解体師だもんな」

「そ、そんなことないですよ!」


 身体の前で必死に両手を振るアリーシャ。


「マルディンの予定が合えば、その……、早めでお願いできれば……」

「早めか。なんだったら、今日でも明日でもいいぞ」

「え! ほ、本当ですか! 助かります!」


 アリーシャは胸の前で両手を握りながら、両足を揃えて少しだけ飛び跳ねていた。


「そんなに喜ぶなんて珍しいな。どうしたんだ?」

「実は……、うちの在庫が予想よりも早く減って、狩りへ行かないと在庫がなくなってしまうんです」

「なるほどね。そういう理由か」

「自分の都合ですみません」


 アリーシャが頭を下げた。


「おいおい、気にするって」

「ありがとうございます。お恥ずかしいのですが、予想よりも売れちゃいまして……」

「アリーシャんちの肉は美味いからな。売れて当然だよ。あっはっは」


 アリーシャの家は肉屋だ。

 港町のため、魚屋が多いこの町では数少ない肉屋の一つ。

 精肉の他に調理済みの肉も販売している。

 これが美味いと評判だった。


「じゃあ今日行くか? 俺は大丈夫だぞ」

「良いんですか! お願いします! 助かります! やった!」


 胸の前で両手の指を組み、両足を揃えて小さく飛び跳ねるアリーシャ。

 凛とした美しさを持つアリーシャだが、喜び方は可愛らしい。


 まずは狩りの計画だ。

 といっても、この町で狩りへ行くならカーエンの森になる。


「場所はカーエンの森だろ? 肉は何が必要なんだ?」

黒森豚(バクーシャ)茶毛猪(グーリエ)を三頭ずつ、森鶏(ウルガロ)を五羽。可能であれば南洋鴨(ウトカ)も数羽」

「け、結構必要なんだな」

「す、すみません。あの、マルディンが大丈夫なら泊まりでもいいので……。もちろんマルディンの分もお渡しします」

「俺の分はいいって。いつも食わしてもらってるしな。店で使えよ。それに俺も狩りの練習をしたかったんだ。ちょうどいいよ」

「あ、ありがとうございます!」


 アリーシャと詳細を詰めていると、パルマが通りかかった。

 俺とアリーシャの顔を見ながら立ち止まる。


「お前たちどっか行くのか?」

「はい。マルディンとカーエンの森で狩りをしてきます」

「マジか!」


 パルマが突然、俺とアリーシャの肩に手を置いた。


「なんだ? どうしたパルマ?」

「悪いが、お前たちにクエストを依頼する。頼まれてくれ。緊急なんだよ」

「緊急クエスト?」

「肉が欲しいんだ」

「肉? 何の肉だ?」

「素材は任せる。量は……千人分だ」

「せ、千人分だと!」

「急に決まってさ。俺もマジで困ってんだよ」

「待て待て待て! 千人分って! おい! アリーシャ!」


 俺は隣に立つアリーシャに視線を向けた。

 アリーシャは特に驚きもせずに、顎に手を当て斜め上を眺めている。


「うーん、そうですね。平均的な黒森豚(バクーシャ)で一頭あたり二十から三十人分と言われています。私の解体で四十人分くらいです。千人分だと、少なく見積もって黒森豚(バクーシャ)五十頭ですね。パルマさん、もしかして夏祭り用ですか?」


 小さく溜め息をつき、肩をすくめるパルマ。


「ああ、その通りだ。夏祭り用だ」

「夏祭り?」

「毎年この町で行われてる夏祭りでな。よそから観光客が来るほどの大きな祭りなんだ」

「その夏祭りに、なんでギルドが肉を用意するんだ?」

「毎年うちも屋台を出してるんだよ」

「へえ、それは楽しそうだな」

「だがな、今年の夏祭りちょっと違うんだ」

「違う?」

「急遽漁師ギルドと対決することになっちまってな。お前たちが狩りへ行くならちょうどいい。肉を獲ってきてくれ」

「た、対決?」

「祭りのイベントでな。漁師ギルドの魚料理と、冒険者ギルドの肉料理で競うことになった」

「なんつー勝負だよ……」

「町長と、うちの主任と、漁師ギルドのギルマスが勝手に決めちまったんだよ。なんでもいい。とにかく美味い肉を獲ってきてくれ」


 千人分の肉を獲るのは大変だが、美味さ勝負なら勝敗は見えている。


「そんなのアリーシャがいるんだから楽勝だろ? アリーシャんちは人気メニューがいくつもあるんだぞ?」

「そう思うだろ? 漁師ギルドにも人気の魚屋がいるんだよ。あの魚料理はマジで美味い。そうだろ? アリーシャ」


 アリーシャの顔を見つめるパルマ。


「そうですね。あの店は本当に美味しいです。マルディンはフリッターを食べたことはありますか?」

「ああ、もちろんさ。この町に着いて、まず教えられたのが美味いフリッターの店だからな」


 俺がこの町に来て手続きのため町役場へ行くと、町の人気店として教えられた店だ。


 初めてフリッターを食べた時の衝撃は、今でも覚えている。

 魚を油で揚げているのだが、膨らんだ衣がとにかく柔らかく、まるで雲を食べているかのような食感だった。


「あれはマジで美味い。昨日も食べたしな。いくらでも食えるよ」


 俺は自分で言いながら、アリーシャの言いたいことに気づいた。

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