第42話 仕事の誇り5
今日はクエストの休息日だ。
だが、俺は早朝から一人で石切り場に来ていた。
「ふう、今日も暑くなりそうだな」
昨日の騒動で予定が遅れたため、少しでも採石を進めておきたい。
石不足で自宅の修理が進まず、未だに避難所で生活している町人がいるからだ。
ツルハシを振る度に、石と鉄が火花を散らし甲高い音を奏でる。
作業に慣れたことで、この削る音に心地良さを覚えていた。
「慣れるとおもしれーな。腰だってもう痛くならねーし。今度採掘系のクエストでもやってみるか。あっはっは」
何度もツルハシを振り上げては石を削っていく。
「あー、くそっ! もうあちーよ! 何なんだ、ここの夏は! あっはっは」
誰もいない石切り場だからと、俺は思い切り大声を出していた。
声を張るのは気持ちが良い。
しかし、朝から太陽は容赦のない光を浴びせてくる。
大量の汗をかくため、頭にタオルを巻き、麦わら帽子を被って作業だ。
水は大量に持ってきた。
ツルハシを五回振る度に、水を一口飲む。
時折この町の特産でもある塩も舐める。
「おい、おっさん! 抜け駆けしてんじゃねー!」
突然聞こえた子供の叫び声。
ラミトワが俺に向かって拳を上げて走ってきた。
「フフフ、皆で話してたんですよ。マルディンは今日もここへ来るって」
「ね、言った通りでしょ!」
アリーシャとフェルリートも一緒だ。
俺はツルハシの先端を地面に下ろし、杖のように体重をかけ一息つく。
「なんだよ。せっかくの休日だろ? お前ら女子供は休んどけよ」
「子供じゃねーつってんだろ!」
「いてっ! バカヤロー! 石を投げるな!」
結局、四人で採石を進めることになった。
「まったく。休みだって言ったのになあ。あっはっは」
――
昼食の時間となり、全員で休憩小屋へ移動。
「私、お弁当作ってきたよ」
「フフフ、私も作ってきましたよ」
「私は食べる専門だもんね」
フェルリート、アリーシャ、ラミトワが昼食の準備を始めた。
「いつも悪いな。助かるよ」
「いいの、いいの。マルディンにはお世話になってるし、気にしないで」
フェルリートがランチボックスの蓋を開けた。
大剃鯵の干物焼きと、野菜が入っている。
しっかり塩分が摂取できる干物は、今日の飯にちょうどいい。
「これはフェルリートが捌いて干物にしたのか?」
「うん、そうだよ。良い大きさの大剃鯵が手に入ったからね。今の時期の大剃鯵は脂が乗ってて美味しいよ」
「確かに身は厚いし美味そうだな」
アリーシャが四つのカップに水筒の水を注ぐ。
「フフフ、フェルリートは魚を捌くのが上手なんですよ」
「へー、そうか。凄いな」
そう言いながら、アリーシャもランチボックスの蓋を開けた。
肉屋のアリーシャらしく肉が詰まっている。
そして、布に包んだ円盤状の麦パンを取り出す。
「フェルリートは魚料理にすると思ったので、私はお肉です。ラミトワが大好きな角大羊の煮込みですよ。この間美味しいって食べてくれたから、たくさん作ってきましたよ」
「え! ほんと!」
立ち上がったラミトワ。
「やった! やった! アリーシャの角大羊! アリーシャ結婚して!」
相変わらず変なダンスを踊っている。
ラミトワ曰く、求婚のダンスだそうだ。
暑さでおかしくなったんじゃなかろうか。
突然動きを止めて、俺を指差すラミトワ。
「ところで、マルディン。本当は一人だったでしょ? ご飯はどうするつもりだったの?」
「え? お、俺は」
「ははーん、あれだな?」
「バ、バカ! やめろ!」
ラミトワが俺のバッグを掴んだ。
そして、中から一本の長いバゲットを取り出す。
「え? バゲット? え? え? バゲット一本だけ?」
「そ、そうだよ。悪いか」
「バゲット一本をかじるつもりだったの? 嘘でしょ?」
「い、いいんだよ。俺は腹に入れば」
「マジで何も料理できないんだね……。ちょっと引くわ……」
本気で引いてるラミトワ。
フェルリートやアリーシャは何も言わないが、引きつった笑顔だったことは見逃さない。
「マルディン、早く結婚した方が良いよ? もうおっさんでしょ? 死ぬよ?」
「ほっとけ!」
ここぞとばかりに言いたい放題のラミトワ。
まあでも俺は気にしない。
どうせ子供の言うことだ。
何よりフェルリートとアリーシャのおかげで、思いがけず美味い昼飯にありつけた。
「二人ともありがとな」
「ふふ、作ってきて良かったー」
「そうですね。たくさん食べてくださいね。フフフ」
「私に感謝はねーのかよ!」
騒がしい昼食を終え、作業を再開。
昨日の遅れた分を取り返すことができた。
――
翌日からジルダが復帰。
体調は万全とのことで安心した。
作業は順調に進み、最終日には予定量を超えた採石を達成。
無事にクエスト完了を迎えた。
「皆のおかげで予定以上の石が採れた! 本当にありがとう!」
海の石の事務所で、ジルダが一人ひとりと握手する。
アリーシャの時だけ顔が赤かったような気がするが、気のせいにしておこう。
「マルディン、帰りの準備してくるね」
「ああ、頼むよ」
「アリーシャとフェルリートも手伝ってもらっていい?」
娘たち三人が外へ出た。
俺はジルダに視線を向ける。
「親方の身体はどうよ?」
「ああ、もう復帰できるってさ」
「そうか。良かったな。これでようやく親方代理も終わりか」
「いやー、本当に大変だったよ。改めて親方を尊敬したわ」
「あっはっは、そうだな。組織のトップってのは凄いんだよ。だけど、ジルダだって良くやってたぞ?」
元々責任感のある男だが、二週間前よりさらに精悍な顔つきに変わっていた。
「そうか? なんかマルディンに言われると……嬉しいな」
「な、なんだよそれ」
「マルディンって、かなり高い地位にいたことあるだろ? しかも部下からの信頼も厚かったんじゃねーか?」
「そ、そんなことねーし。俺は万年Cランク冒険者さ」
「はは。だけど参考になったよ。自分から率先して仕事をして、周りをフォローする。手柄は独占せず、部下を正しく評価。なかなかできるこっちゃないね」
「部下の信頼を得るには、自分から働くことが大事だぞ」
「やっぱりお前、やってたんじゃねーか!」
「んなことねーって! ほ、本で読んだんだよ!」
騎士団時代を思い出し、つい口に出してしまった。
そろそろ話題を変えよう。
「ジルダ。今回の依頼は金がかかったんじゃないのか?」
「まあそうなんだが、それ以上に助かった。これで皆に石を届けられる」
「本当は通常の賃金で受けてやりたいところだが、ギルドにもルールがあるからな」
「はは、大丈夫だ。ありがとう。確かに冒険者ギルドへ依頼すると高額だが、短期間だし構わないさ」
ジルダは両腕を組んで笑顔を浮かべている。
俺はこの二週間を思い返していた。
「しっかし初めて石切りをやったけど、この仕事はマジで大変だな」
「ああ。重労働で危険な上に賃金も安い。だが、俺はこの仕事に誇りを持ってるよ。俺たちが採った石で、皆が家を建て生活してるんだ。だから辛くても頑張れる」
「そうだな。誇れる仕事だ。それに俺も後半は楽しかったよ」
「お前マジで才能あるぞ? うちの職人より採石していたほどだ。転職するか?」
「冒険者をクビになったら考えるよ。あっはっは」
事務所の扉が開き、ラミトワが顔を見せた。
「マルディン! 準備が終わったよ!」
「おー、了解!」
俺はもう一度ジルダと握手を交わす。
「また近々飲もうぜ」
「ああ、またな!」
俺たちは海の石の事務所をあとにした。




