第40話 仕事の誇り3
石工屋海の石で派遣クエストを初めて一週間が経過。
ようやく俺もまともな石切りができるようになっていた。
娘たちには負けてられない。
「マルディン! この石を採るよ!」
「了解!」
フェルリートは相変わらず凄まじい身体能力だ。
高さ四、五メデルトもの石壁の上で、俺に合図を出していた。
「アリーシャ、削ったぞ!」
「はい!」
俺がツルハシで石を削り取る。
アリーシャが鉄楔を入れ、綺麗な板状に切り出す。
それをラミトワが滑車で吊るし、大型荷車に積んでいく。
見事な連携で次々と石を採っていった。
「おーい! 昼飯の時間だ!」
職員の掛け声が聞こえ、石切り場から少し離れた休憩小屋へ向かう。
「くー、つっかれたー」
緩やかな山道を歩いていると、フェルリートが俺の隣を走り抜け、白角兎のように両足を揃えてジャンプ。
「マールディン!」
空中で反転し俺の正面に着地した。
「げ、元気だな」
「マルディン! 今日は凄いじゃん!」
「慣れてきたからな」
「今や職人さんよりも採石してるよ?」
「まあ、こう見えて俺も冒険者だ。体力には自信があるんだよ。腰いてーけどな。あっはっは」
休憩小屋で四人がけのテーブルにつく。
今日の昼飯はアリーシャが作ってきてくれた。
甘辛のタレに漬け込んだ角大羊を炭火で焼き、葉物野菜と一緒に、この地方独特の円盤状の麦パンに挟んだサンドだ。
アリーシャの実家の肉屋でも販売している人気商品とのこと。
「これはマジで美味いな!」
ジューシーで柔らかい角大羊と、濃厚な甘辛ダレが絶妙に絡み合う。
みずみずしい葉物野菜が食欲を増進させる。
少し硬めで歯応えのある麦パンはボリューム満点だ。
「私、アリーシャと結婚したい! 毎日食べたい!」
ラミトワがサンドにかぶりつきながら、バカなことを言っていた。
――
フェルリートが淹れてくれた食後の珈琲を飲みながら、午後の作業に向むけて準備を開始。
「ん? 声?」
外からうっすらと叫ぶ声が聞こえると、作業員が扉を蹴破る勢いで開けた。
「た、大変だ! モモモ、モンスターだ! 石切り場にモンスターが出た!」
騒然となる休憩小屋。
俺はすぐに立ち上がった。
「怪我人はいるのか!」
「ジルダさんが襲われた!」
「なんだと!」
「辛うじて逃げたが、途中で泡を吹いて倒れちまったんだ!」
アリーシャが職人に走り寄る。
「モンスターは特定できてますか?」
「斑山蛇だ!」
「も、猛毒のモンスターです!」
振り返り、俺に向かってアリーシャが叫んだ。
「マルディン! ジルダさんが危険です!」
「アリーシャ! 解毒剤は!」
「持ってます!」
「すぐに使え!」
「はい!」
解体師のアリーシャは、いざという時のために解毒剤を持っている。
「職人は全員下山! ラミトワ! 荷車でジルダをレイリアの診療所へ連れて行け! 急げ!」
「はい!」
ラミトワの操縦技術があれば、診療所で斑山蛇の血清を打つまでは何とかもってくれるだろう。
自前の医療キットを手にしたアリーシャが、俺に視線を向ける。
「マルディンはどうするんですか!」
「撃退してみる!」
「わ、分かりました! 毒牙に気をつけてください!」
俺は革袋から糸巻きを取り出し右腕に装着。
左腰に長剣を吊るした。
「フェルリート! ラミトワと一緒に下山しろ!」
「は、はい!」
俺は小屋を飛び出した。
◇◇◇
斑山蛇
階級 Cランク
分類 四肢型蛇類
体長約五メデルト。
中型の蛇類モンスター。
エマレパ皇国南西部の山岳に生息する固有種。
暗赤色の鱗に鮮やかな黄色い斑模様が特徴。
上顎に四本の牙を持つ。
後牙二本の毒牙から分泌する猛毒は、大型モンスターですら死に至らしめる。
視力が悪く、生物の熱を感知して獲物を捕獲する。
そのため暗闇でも活動可能。
前牙の長さは約五十セデルトあり、刺突短剣の素材として使われる。
斑模様の鱗は、安価な鎧や盾の素材として人気。
模様によって価格が変わり、珍しい模様だと高値がつくこともある。
致死性の高い毒は、暗殺に使用されることもある。
◇◇◇
モンスター事典を思い出しながら、俺は石切り場へ走った。
「マルディン! モンスターだ!」
「ああ、聞いてる! 現場の避難状況は!」
「全員石切り場から避難した!」
「でかした! お前も下山しろ!」
「分かった!」
途中ですれ違った職人から状況を聞いた。
避難が終わっているのであれば、全力で戦える。
「はあ、はあ! あ、あれか!」
石切り場に到着すると、蛇型のモンスターの姿が見えた。
「斑山蛇!」
とぐろを巻いた斑山蛇が、二股に別れた細長い舌を出し威嚇している。
俺は少し距離を起き、呼吸を整えながら右手で長剣に手をかけた。
その瞬間、斑山蛇が長い身体を一気に伸ばし、大きく飛び跳ねた。
十メデルトの距離を瞬時に縮め、牙を剝き出し空中から俺に襲いかかる。
俺の抜刀を体温で感知したのだろう。
不意をつかれた俺だが、抜き放った長剣で前牙の攻撃を防ぐ。
剣と牙が衝突すると、激しい火花が散った。
着地した斑山蛇は、地面と衝突した反動を利用し、頭部を振り上げだ。
もう一度牙で俺を襲うつもりだろう。
「俺に距離を与えるとはな」
俺は糸巻きを発射。
斑山蛇の前牙に絡め、糸を巻き取る。
まるで首を献上するかのように、俺の正面に引き寄せられた頭部。
静かに長剣を振り下ろした。
「ふうう」
胴体から首が離れた斑山蛇。
噴水のように血液が吹き出し、地面を赤く染める。
「ジルダが心配だぜ」
今日はもう仕事にならない。
とはいえ、少しでも仕事を進めておきたいところだ。
誰もいなくなった石切り場で、俺は一人ツルハシを振った。




