第39話 仕事の誇り2
ラミトワ所有の荷車に乗り、俺たちは町の北部にある石工屋の海の石へ移動。
「おーい、ジルダ。来たぞ」
「おー、マルディン! 来てくれ、た、か?」
「すまん、なんかついてきた」
背後にいる三人の女たち。
「ジルダさん! 私も手伝わせて!」
「ジルおじさん、お小遣い奮発してね!」
フェルリートとラミトワが元気に声をかけた。
困惑しているジルダの顔が突然、茹でた砂走蟹のように赤く染まる。
「え! ア、アリーシャさんも!」
「石切りは任せてくださいね。ジルダさん」
「い、いや、でも、石切りは重労働で……」
アリーシャを前にしたジルダの挙動がぎこちない。
「フフフ、頑張ります」
「あ、よ、よろ、よろしくお願いします」
フェルリートが俺の袖を引っ張り、耳元に顔を近づけた。
「マルディン、マルディン。ジルダさんはね、アリーシャのことが好きなんだよ」
「なるほどね。それであの態度か。大丈夫か、あいつ……」
後頭部を掻きむしり、赤らめた顔で「いやー、力強いです」なんて言ってるが……。
この娘たちが石切り場で役に立つと思ってるのだろうか。
まあ俺が四人分頑張れば、文句も言われないはずだ。
「お守りも大変だぜ」
俺たちは海の石の大型運搬用荷車に乗り込み、石切り場へ移動開始。
運転はラミトワだ。
荷車を引くのは、海の石が所有するEランクモンスターの甲犀獣。
五メデルトの巨体で、猛烈なパワーと無尽蔵のスタミナを誇る。
硬い甲羅のような鱗は、鉄と同じくらいの硬度だ。
甲犀獣は農耕などにも使用され、人と共存できる数少ないモンスターとして知られている。
初めて運転する大型荷車でも、甲犀獣をしっかりとコントロールしているラミトワ。
若いのに大したものだ。
町の北東にそびえる、標高六百メデルトのメルレ山に石切り場はある。
メルレ山は薄黄色の良質な砂岩でできており、町の建材に使用されているそうだ。
山の中腹にある石切り場に到着した俺たち。
斜面に露出した岩肌は、人の手によって垂直に削られており、巨大都市の城壁を彷彿させる。
「すげー石壁だな」
見上げると口が開いてしまうほどの高さだ。
幾人もの職人たちがツルハシで削り、建材用の石を採石していた。
「おお、港が見えるぞ」
石切り場からは町や港が見渡せる。
標高は二、三百メデルトといったところだろう。
少しだけ太陽に近づいたこともあり、麓よりも暑さを感じる。
「皆、説明するよ」
ジルダから採石について一通りの説明を受けた。
「じゃあマルディン、頼んだぞ」
「任せろ!」
俺はツルハシを担ぎ、娘たちの前に立つ。
「お前らは無理すんなよ! あっはっは」
――
「マルディン、大丈夫?」
「マルディン、そこを削ってください」
「おっさん、もうバテたのか?」
「はあ、はあ」
驚いたことに、フェルリートは軽やかに石壁を登り、ツルハシを振り下ろしている。
信じられないほどの身体能力だ。
切り出した石板にアリーシャが鉄楔を打ち込むと、簡単にヒビが入り大きな亀裂が走る。
まるでモンスターの解体のように、簡単かつ正確に石を切っていく。
ラミトワは切り出した石を滑車で運び出し、手際良く大型荷車に乗せる。
狭い運搬道を安全かつ迅速に運転していた。
俺は慣れない仕事の上に、暑さと腰の痛みでなかなか石の切り出しが進まない。
「あれー? 足手まといは誰ですか?」
「う、うるせー!」
ラミトワが俺を見ながら、ここぞとばかりに嫌味を言ってくる。
いつもの仕返しだろう。
勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。
「くっそ。あいつらなんで平気なんだ?」
南国生まれはこの酷暑でも平気なのだろうか。
いや、それよりも気になることがある。
フェルリートだ。
俺はツルハシを手に持ちながら、石板に鉄楔を打つアリーシャの元へ行く。
そして、石壁の上を軽やかに飛び回っているフェルリートに視線を向けた。
「なあ、アリーシャ。フェルリートってあんなに動けるのか?」
「フフフ。驚いたでしょう? あの娘、身体能力は抜群なんです」
「それなのに、なんでギルド職員なんてやってるんだ? あれほどの身体能力なら冒険者になれば良いだろう?」
「冒険者の試験は高額ですから……」
「あー、そういうことか」
フェルリートは台風で両親を亡くしており、一人で生活している。
近所に住むアリーシャを姉と慕っているのもその影響だ。
若くして相当な苦労をしているフェルリート。
高額な冒険者試験代が払えず、冒険者ギルドで働いているのだろう。
「違いますよ」
俺の心を読んだかのように、アリーシャが微笑んだ。
「え?」
「正確には別の理由があるんです。それに、本人は冒険者になりたいわけではないんですよ」
「なぜだ?」
「本人に聞いて下さい。フフ」
日没を迎え、今日の仕事を終えた。
予想に反して大活躍した三人のおかげで、今日の採掘ノルマを大幅に越えていた。
「皆のおかげだ! ありがとう! 本当に助かったよ」
事務所でジルダが労ってくれた。
「明日もたくさん採るからね!」
「頑張りますよ。フフ」
「お小遣いちょうだいね!」
元気良く応える娘たち。
「お、俺も頑張るよ……」
――
「いててて、腰が……。しっかし、マジで大変な仕事だったな」
事務所を出て腰を伸ばしていると、フェルリートが腰をさすってくれた。
「マルディン大丈夫?」
「ああ、もちろんだ」
「あまり無理しないで」
「明日はリベンジだ。今日は何もできなかったからな」
「そんなことないよ」
腰は痛いが、娘どもに負けてられない。
明日はしっかりとノルマをこなす。
「おーい、マルディンおじさん大丈夫ー? 帰りも送ってあげるよ」
口は悪いが素直で優しいラミトワ。
「いいのか?」
「もちろんだよ」
ラミトワの荷車に乗車。
荷車を引くのは重蹄馬だ。
馬の品種では最大の身体を誇り、農耕や荷車に使用されることが多い。
「行くよシャルム。このおじさんを家まで送ってあげて」
「ヒヒィーン!」
シャルムという名の重蹄馬がいななく。
この重蹄馬と、センスのない変な装飾がされた荷車は、ラミトワ個人所有のものだ。
クエストでは使用しない。
できないと言った方が正しいだろう。
いくら馬で最大とはいえ、クエストで使用する大型荷車を重蹄馬で引くことは難しい。
そのため、大型荷車はEランクモンスター甲犀獣で引く。
甲犀獣を個人所有することは難しいので、基本的にはギルドが貸与している。
しばらくして俺の自宅に到着。
「マルディン。明日の朝も迎えに来るよ」
「え? いいのか?」
「うん。アリーシャもフェルリートも迎えに行くよ。皆で一緒に通勤しよう」
シャルムの顔を擦りながら、ラミトワが二人に視線を向けた。
「いいんですかラミトワ。朝早いですよ?」
「大丈夫だよアリーシャ。それに皆で出勤なんて楽しいじゃん? ねえ、フェルリート」
「うん。そうだね。じゃあ、明日は私がお弁当を作ってくるね」
若い娘たちは驚くほど元気だった。
俺も負けてられない。
「ラミトワ、ありがとな。皆も気をつけて帰れよ。また明日な」
俺は疲労から早々にベッドへ潜り込んだ。