第38話 仕事の誇り1
◇◇◇
世界四大国に数えられる大国のエマレパ皇国。
大陸の南南東に位置し、気候は温暖から熱帯で、台風が多い国として知られていた。
その気候を生かした香辛料の生産は世界一を誇る。
栄華を極める皇都タルースカから西へ約千キデルト。
マルソル内海に面した港町ティルコア。
以前は寂れた田舎の港町として、塩の生産と僅かな漁が行われていたが、数年前にマルソル内海に生息していた竜種の一柱、水竜ルシウスが討伐されたことで安全に漁ができるようになった。
皇国では『金を稼ぎたかったらマルソル内海で漁をやれ』と言われるほど、今やマルソル内海の漁師は儲かる職業だ。
そんな港町ティルコアで、冒険者として活動している三十三歳のさえないCランク冒険者マルディン・ルトレーゼ。
マルディンは一年前に祖国を永久追放され、いくつかの土地を渡り歩き、半年前にこの地へ辿り着く。
安住の地を探していたマルディンにとって、南国のティルコアは居心地が良く住み着いてしまった。
その正体は、ジェネス王国騎士団月影の騎士の元騎士隊長。
糸使いの異名を持ち、精鋭揃いの月影の騎士で三本の指に入ると言われるほどの達人だった。
◇◇◇
ついに夏が始まった。
皆から聞いていたが、想像以上かもしれない。
「こ、これが南国の夏の本気ってやつか」
熱せられた空気。
息を吸うと喉が焼けるようだ。
「暑すぎんだろ! あっはっは!」
太陽に向かって叫んだ。
笑ってしまうほど暑い。
水筒の水は、もはや湯になっている。
猛暑の中、町道を進み冒険者ギルドへ向かう。
緩やかな丘を歩いていると、知った顔を発見した。
「おーい! ジルダ!」
町の石工屋、海の石の若頭ジルダ。
三十五歳のジルダとは年齢が近いこともあり、たまに酒を飲む仲だ。
それに、ジルダは若頭として中間管理職の悩みを抱えていた。
俺も騎士団時代は地方の隊長だったことで、中間管理職の苦労は散々経験している。
前職は隠しているものの、ジルダとはすぐに意気投合した。
「よう。マルディン」
「若頭自ら荷車引いてどうした?」
ジルダは一人で二輪の人力荷車を引いていた。
荷台に載せられているのは、長方形の大きな石だ。
「いやそれがよ。うちの親方が火を運ぶ台風で怪我しちまって、俺が海の石を仕切ってるんだ。今回はあの被害だろ? 石材の需要があまりにも多くて、全く手が回ってないんだよ。猫の手も借りたいほどだ。俺なんて経営も見て、現場もやってよ。もう死にそうだよ」
「マ、マジか。そりゃ大変だな」
「なあ、マルディン。二週間くらい海の石を手伝ってくれねーか?」
「石工屋を? やったことないぞ?」
「仕事は石切り場で石の切り出しだ。今はとにかく石が足りない」
「切り出しか。大変そうだな」
「まあ正直重労働だよ。だが今回の火を運ぶ台風の被害で、未だに避難所生活してる人たちもいる。一刻も早く家に帰してあげたいんだ」
「そういう事情か。分かった、いいぞ」
「やってくれるか! ありがとう! えーと、冒険者ギルドへ話を通せばいいのかな?」
「そうだな。さすがに二週間ともなると、依頼ってことになる。俺も勝手に仕事を受けることができないんだ。悪いな」
「いやいや、頼んでるのはこっちさ。あとで職員にギルドへ行ってもらうよ」
「了解。俺も今からギルドへ行く。昼頃にはそっちの事務所へ顔出すよ」
「すまんな。本当に助かる」
ジルダと別れ、ギルドへ向かった。
冒険者へ仕事を依頼する際は、基本的にギルドを通す。
もちろん例外はあり、程度や状況によっては不要な場合もある。
ギルドへ入ると、受付でパルマの姿を発見。
「パルマ。ちょっと話があるんだ」
「マルディンか。どうした?」
「さっき海の石のジルダと話したんだが、二週間ほど石工屋を手伝うことになった」
「そういや、ジルダんのとこの親方が入院してたな。それと火を運ぶ台風の被害で石の需要が急増中か」
「その通りだ。あとでクエストの依頼に来るってよ。詳細は決めておいてくれ。条件は何でも良い。最低でいいぞ。俺はもう手伝いに行ってくるよ」
「分かった。よろしく頼む。あいつとは幼馴染なんだよ」
小さい町だから、同じ年代になるとほぼ知り合いだ。
それが田舎の面白いところでもある。
「とりあえず、飯だけ食っていくかな」
俺は食堂のカウンターへ移動。
目の前で看板娘のフェルリートが、腕を組んで首を斜めに傾けている。
何かを悩んでいる様子だ。
「フェルリート、どうした?」
「うーん、どうしようかな。私も行きたいなあ……」
「行きたい? どこへ?」
フェルリートがカウンターから出て、受付のパルマに向かって手を挙げた。
「パルマさん! 私も海の石へ行きます!」
「フェルリートが?」
「はい。マスターが二週間の夏休みをくれたんです」
「おいおい、夏休みだろ? 休めよ」
「でも、復興の手伝いになるから……」
「ああ、そうか。そうだったな」
フェルリートは台風で両親を亡くしている。
台風の被害は特に思うところがあるのだろう。
「パルマさん。お話聞いてしまいました。私も行きますね」
通りかかった解体師のアリーシャだ。
「アリーシャも?」
「はい」
「いやいや、解体師が何をするんだ? 石工屋だぞ?」
「解体師を舐めないでください。石だって解体しますよ」
「……そ、そうなんだ」
謎の自信を見せるアリーシャ。
そのアリーシャの隣にいる運び屋のラミトワも、パルマに視線を向けていた。
同じクエストの帰りだろうか。
「パルマさん。私も行ってくるよ」
「ラミトワまで?」
「運搬も必要でしょ? 私は大型の荷車だって運転できるもん」
「そりゃそうだが」
「ジルおじさんに言って、お小遣いたくさんもらおうっと」
「ちゃっかりしてるな」
運び屋のラミトワまで行くことになった。
「冒険者、解体師、運び屋、ギルド職員が派遣クエストに行くなんて前代未聞だぞ。そもそもフェルリートはカードを持ってないし……」
パルマが書類を作りながら嘆いている。
「だが状況が状況だけに仕方ないか。分かった。今回は四人を派遣するように手配する。報酬は四等分でいいだろ?」
「それは構わない、だがよ、ジルダが欲しがってたのは石切り要員だぞ? 女子供ができる仕事じゃないだろ?」
手伝うと言い出した三人の女たちに視線を向けた。
食堂の店員フェルリート、解体師アリーシャ、運び屋ラミトワ。
手伝う気持ちはありがたいが、迷惑ではないだろうか。
「頑張るもん!」
「あら、女性差別は良くないですよ?」
「ふざけんなおっさん! 誰が子供だ!」
ラミトワだけが怒河豚のように顔を膨らませ怒っていた。
「ジルダに怒られねーかな。まあいいか。じゃあ行くぞ」
引率者になった気分で、ギルドを出発した。