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第37話 ありがたくも恐ろしい田舎の日常2

 やっとの思いでギルドに到着。

 とりあえず水が飲みたい。


「おーす」

「おー、マル……ディン?」


 パルマが驚いた表情を浮かべていた。


「な、なんだお前。野菜と魚を売りに来たのか?」

「ちげーよ。ここへ来る間に、婆さんや爺さんたちから色々ともらったんだよ」

「もらったって、お前。もらうような量じゃねーだろ? もはや行商だぞ?」

「そんなこと言われてもよ。断れねーだろ」

「確かにな。ハハ。まあ良かったじゃねーか」

「持っていくか?」

「お前がもらったんだろ? それに俺は愛する妻の料理があるからいらん」

「あーそー」


 俺は荷物を持って食堂へ移動した。

 まずは水だ。

 喉が渇いて仕方がない。


「え! 私こんなに仕入れてないよ!」


 カウンターで皿を拭いていたフェルリート。

 大量の食材を見て、両手で口を塞ぎ声を上げた。


「違う違う! 納品じゃねーって」

「な、なんだ、マルディンか。ビックリしたー」

「フェルリート、水をくれ」


 カウンターに座り、水を飲みながら経緯を話した。

 今日はもうクエストどころじゃない。

 この荷物を持って帰るだけでも重労働だ。

 クエストは明日にしよう。


「あれ? マルディン。どうしたんですか?」

「お、アリーシャか」

「隣、良いですか?」

「もちろん」


 解体師のアリーシャが俺の隣に座った。


「アリーシャはクエストか?」

「ええ。ちょうど終わって帰ってきたところなんです。毒大蜥蜴(ヴェネヴァス)の討伐でした」

「へー、そうか。じゃあ麦酒でも飲むか。話を聞かせてくれ」

「いいですね」


 麦酒を二杯注文。

 フェルリートが木製のジョッキに麦酒を注ぐ。

 アリーシャと乾杯し、クエストの話を聞いた。


「ところで、マルディン。その野菜や魚って……」


 俺の足元に置いてある木箱に視線を向けているアリーシャ。


「ここへ来る途中にもらったんだよ」

「あー、なるほど。老人たちの仕業ですね。アラジさんを助けたことで、皆さんからもらったんでしょう?」

「その通りだよ。よく分かったな」

「フフ。この町は老人の情報網が早くて、すぐに噂が広まるんです。何かあると、こうやって野菜や魚をくれるんですよね。味わって食べてくださいね」

「いや、嬉しいけどさ。こんなに食いきれねーよ。俺料理できねーし。どうすっかな」


 大量の野菜に視線を向けながら、ジョッキを口へ運ぶ。


「えー、もったいないなあ」

「ん、なんだフェルリート。持って帰るか?」


 カウンターに両手で頬杖をついて、俺たちの話を聞いているフェルリート。


「え? 私も一人暮らしだからそんなにいらないよ」

「まあそうだよな」

「じゃあさ。しばらくの間、私が毎日マルディンの家へ作りに行くよ」

「フェルリートが? いいのか?」

「うん。その代わり私も食べていい? 一緒に夕飯を食べようよ」

「おお、もちろんだ。好きなだけ食っていいぞ」

「やったー」


 喜ぶフェルリートの姿を見ていたら、俺はふとマリム婆さんの言葉を思い出した。


「いやいや、ねーって」


 マリム婆さんが余計なことを言うから、結婚という文字が頭に浮かんだ。

 俺は頭を振り、雑念を消し去る。


「どうしたの?」

「なんでもない。あっはっは」


 フェルリートはこのギルドの看板娘で、すこぶるモテる。

 若くて可愛らしく気が利く。

 そして作る料理は本当に美味い。


 先日も若い冒険者が告白していたほどだ。

 結果は分からないし、俺が気にすることでもない。

 俺とフェルリートは年が離れすぎている。

 フェルリートにだって、俺に対して恋愛感情などあるはずがない。

 だから何も気にせず、気軽に接することができる。


「ねえ、マルディン。今日はもう上がるから一緒に帰ろうよ」

「いいぞ。俺もクエストは明日にするからな」


 隣に座るアリーシャが、小さく手を挙げた。


「フフフ、じゃあ私も今日はマルディンの家へ行こうかしら」

「アリーシャも? おー、来い来い」


 フェルリートが笑顔を見せ、両手を挙げた。


「はい! はい! そしたらアリーシャのお肉料理も食べたい!」

「いいですよ。途中で家に寄って肉を持っていきましょう。良い肉が入ったんです。フェルリートの好きな角大羊(メリノ)ですよ」

「やったー! アリーシャの角大羊(メリノ)の煮込み大好き!」


 アリーシャの実家は町の肉屋だ。

 そして、アリーシャとフェルリートは家が近所で幼馴染。

 両親を亡くしたフェルリートはアリーシャを姉と慕い、本当の姉妹のような関係だった。


「またパーティーになっちまうな。あっはっは」

「良いじゃないですか。火を運ぶ台風(アグニール)通過の打ち上げですよ」

「この間港でやったばかりだろ?」

「三人で打ち上げはまだですよ」

「そうだな。じゃあ酒買って帰るか」


 席を立つと、食堂のホールで両腕を組んで俺を睨んでいる人影に気づく。

 運び屋のラミトワだ。


「なんで私抜きでパーティーすんだよ! ズルい!」

「ラミトワか。お前クエストは?」

「終わったもん! 私もアリーシャの角大羊(メリノ)食べたい!」

「なんだよ。お前は家に帰って母ちゃんの飯食えよ」

「私も! アリーシャの! 角大羊(メリノ)食べたい!」


 両手を握りしめ、頬を膨らませながら俺に迫るラミトワ。

 だが子供だから何も怖くない。

 むしろその表情に笑ってしまう。

 怒ると身体を膨らませる変な魚、怒河豚(ゴロッポ)のようだ。


「あっはっは。冗談だ。いいぞ。お前も来い」

「やった! アリーシャの煮込みだ! やった! やった!」


 ラミトワが踊りながら喜んでいる。

 だがどう見ても変な踊りだ。


「お前、センスねーな」

「おっさん、うるさい!」


 またしても両手を握りしめ、顔を真っ赤にして俺に迫るラミトワ。

 怒ってるのにどうしても笑ってしまう。


「それにしても、また女だらけになっちまったな」

「おい、おっさん! こんな美女ばかりだからって変な気起こすなよ!」

「美女? えーと、アリーシャ、フェルリート……。え? あとは?」

「私がいるだろ! 私が一番の美女だ!」

「あっはっは。お前は本当におもしれーな」

「照れんなよ、おっさん」

「子供相手にそんな気起こすかよ。全く……」

「子供じゃねー! もう二十二歳だ!」


 ラミトワ以外、この場の全員が腹を抱えて笑っている。

 一人だけ不満そうな表情を浮かべているラミトワだった。


「あー、腹いてー。さ、じゃあ行くか」

「マルディン、荷物たくさんあるんでしょ? 私の荷車に乗せていいよ」

「お、助かるぜ。さすがは優秀な運び屋だ」

「へへ、でしょー。その分、いっぱい食べさせてよ」

「もちろんだ。食え食え。子供はたくさん食え」

「子供じゃねーつってんだろ!」


 ラミトワが両手で俺の背中を何度も叩く。


「あっはっは。ほら、行くぞ!」


 俺たちは笑いながらギルドを出発した。

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