第36話 ありがたくも恐ろしい田舎の日常1
火を運ぶ台風が過ぎ去って一週間が経過。
被害は色濃く残っているが、住人たちの生活は徐々に戻っていた。
「さて、今日はギルドに顔を出すか」
自宅を出て町道を歩く。
のどかな丘陵は、日を遮るものが何もない。
「マジで暑いぞ」
足を止め、水筒の水を飲む。
「水っていうか、もはや湯だな。あっはっは」
それでも水分補給は大切だ。
水を飲まないと暑さで動けなくなる。
「マルディン!」
水筒をリュックに押し込み、歩き出そうとしたところで声をかけられた。
「お、マリム婆さん。火を運ぶ台風は大丈夫だったか?」
「身体も畑も大丈夫だったよ」
近所で農作物を作ってるマリム婆さんだ。
「それよりあんた、避難所で大活躍だったそうじゃないか」
「ん? そんなことないさ」
「謙遜しなさんな。アラジがあんたに助けられたって、皆に言い回ってるよ」
「じ、爺さん……」
アラジ爺さんは無事に退院した。
といっても入院先は自宅だったが。
骨折した左腕を三角巾で吊るしながら、すこぶる元気だ。
「マルディン、これを持っておいき」
「え? 野菜?」
「さっき採ったばかりだよ。私の畑は台風でダメになるようなもんじゃないのさ。五十年もここでやってるんだから」
マリム婆さんから大量の野菜をもらった。
用意してくれた木箱に野菜を詰め込む。
「ありがとう」
「いいんだよ。あんた、この町に長くいてくれよ。あんたみたいな若い子が移住してくるなんて貴重だからね」
「おいおい、もう若くねーよ」
「私らから見たら、まだまだ子供さ。ひっひっひ」
「ちぇっ、敵わねーぜ」
マリム婆さんが何も入ってない空の木箱をもう一つ渡してきた。
「あんた、これも持っておいき」
「空の木箱? なんでだ? 野菜を入れたこれがあるよ?」
「すぐに意味が分かるさ。ひっひっひ」
「ふーん。じゃあ持ってくよ。野菜ありがとうな」
「ちゃんと料理して食べるんだよ」
「俺料理できねーんだよ。あっはっは」
「誰かに作ってもらえ。アラジんとこのレイリアでも嫁にしたらどうだ? あの娘は独身だ。それにべっぴんで医師だぞ?」
「おいおい、向こうだって選ぶ権利ってもんがあるんだよ。しがないCランク冒険者の俺にゃ不釣り合いさ。あっはっは」
「何言ってんだよ!」
「いてっ!」
マリム婆さんに背中を叩かれた。
「早く結婚して、子供を生んで、町に貢献してくれよ」
「まあそのうちな。あっはっは」
老人たちはすぐに結婚を口にする。
別に気にしてないので構わないが、俺みたいな中年を好いてくれる女なんていない。
マリム婆さんと別れ町道を進む。
前方から一人の老婆が、荷物を乗せた短山馬を引きながら歩いてくる。
「マルディンじゃないか」
「パリーサ婆さん。これから市場か?」
「そうだよ。今は一時的に食料が減ってるから稼ぎ時なんだよ。ほほほ」
「しっかりしてるな」
パリーサ婆さんも農作物を作っており、毎日市場で売っている。
「それよりあんたアラジを助けたんだってな」
「え? あー、もしかしてアラジ爺さんから聞いたのかい?」
「そうだよ。アラジから聞いたよ。本当にありがとうな。ほら、これを持っていきな」
パリーサ婆さんからも大量の野菜をもらった。
それを木箱に詰める。
「なるほど、マリム婆さんが木箱を二つを持たせた意味が分かったぜ」
パリーサ婆さんと別れ港の近くを歩いていると、正面で大きく手を振っている老人の姿が見えた。
「おーい! マルディン!」
「ハルス爺さんか。漁は再開したのか?」
「あたりめーよ。台風後は良く穫れるからな。今日も大漁だ」
「そりゃ良かったな」
「そんなことより、おめーアラジを助けたんだろ?」
「アラジ爺さん……。どこまで広めてんだよ……」
小声で呟くと、ハルス爺さんが籠から一匹の魚を取り出した。
「冒険者ってすげーな。これ持ってけよ。獲れたばかりの銀班鯖だ。脂が乗ってうめーぞ」
「おう、こりゃ確かにすげーな。ありがとう」
ハルス爺さんから、一メデルトはある大きな銀班鯖を一匹もらった。
「マルディン、また何かあったら俺らを助けてくれよな」
「当たり前だ。困ったことがあったら、いつでも声かけろよ」
「あははは、おめー良い男だな。俺の若い頃にそっくりだ」
「あっはっは。そりゃ光栄だ」
――
その後も、老人たにち声をかけられては野菜や魚をもらう。
二つの大きな木箱には、大量の野菜や魚が詰まっていた。
「ありがたいんだが……。お、重いって……」
暑さと重さで倒れそうだ。
「こ、腰が……いてえ……」
田舎の老人は恐ろしい。