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【書籍化決定】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第二章 気楽なおっさん冒険者

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第35話 台風が運んでくるもの7

 翌日、入院しているアラジ爺さんを見舞いに行った。

 爺さんの自宅は、レイリアの診療所が併設されている。

 アラジ爺さんは薬で眠っていたため、レイリアに挨拶。

 ついでに右腕を診てくれた。

 もう動かしても問題ないそうだ。


 診療所を出て、町道を歩く。

 完治した右腕を大きく空に伸ばし、顔を上に向けた。


「あちー。ってか、痛いわ。あっはっは」


 思わず笑ってしまうほどの、強烈な日光が肌を刺す。

 フェルリートに半袖は危険だと言われたため長袖を着ているが、それでも容赦なく肌を焼かれている。


「さって! 港へ行くか!」


 暴風によって陸地へ飛ばされたいくつもの船。

 漁師たちは漁を休んで船を運ぶ。

 俺も漁師たちと一緒に、港の復興を手伝った。 


「マルディン。今日これから飯でもどうだ? 漁師は皆お前に感謝してるんだよ」

「わりー、グレク。これからギルドへ行くんだ」

「そうか。じゃあまた改めてな」

「ああ、またな」 


 漁師のグレクと別れ、冒険者ギルドへ向かう。

 俺はパルマに呼び出されていた。


 ギルドに到着し、応接室へ入る。


「遅かったな」

「すまん。アラジ爺さんの見舞いに行って、港で片づけを手伝ってたんだ」


 俺はソファーに座り、テーブルに置かれた水差しを手に持つ。

 グラスに水を入れ、一杯目を飲み干す。

 そしてすぐに二杯目を入れた。


「さて、今回の救助はクエストとして報酬を支払う」

「おいおい、災害で救急時だぞ?」

「確かにそうなんだが、冒険者ギルドに依頼があったと処理された。労働には対価を支払う。これが冒険者ギルドのルールなんだ」

「……分かった」


 パルマが革袋を机の上に置く。


「金貨五枚だ」

「は? ま、待て! 大金だぞ! そんなにいらねーって!」

「人の命を救ったんだ。それだけのことをしたんだよ」

「いやいや、さすがに受け取れねーって」

「お前が受け取らないと、俺が怒られるんだよ」

「……分かったよ。ありがたくいただく。使い道は自由だろ?」

「ハハ、もちろんさ。好きにしろ」


 俺の意図に気づき笑顔を浮かべるパルマ。

 俺は金貨を受け取り、ギルドを出た。


 ――


「町長はいるかい?」

「マルディンさん!」


 町役場の受付で、顔見知りになった受付嬢に声をかける。

 すぐに町長室へ案内してもらった。


「町長。身体は大丈夫かい?」

「おお、マルディンか。もう大丈夫じゃ。今回は色々と世話になったのう」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」


 俺はさっき受け取ったばかりの革袋を机に置いた。


「ん? なんじゃこれは?」

「金貨五枚ある。今回の復興に使ってくれ」

「な、なんじゃと?」

「寄付だよ」

「ま、待て! こんな大金! それにこれはもしかして、お主の報酬じゃないのか!」

「あっはっは。いいんだ。俺はさ、半年前にこの町へ来たばかりだけど、この町には世話になってる。感謝しかない。それに今後も住まわせてもらうしな」

「す、すまんな」


 その後も少し町長と話し、今回の火を運ぶ台風(アグニール)の被害を聞いた。


 町役場は部分的に崩壊。

 全壊した家屋が三十戸、半壊は百戸、怪我人は四百人。

 町としては非常に大きな損害が出た。

 だが、幸いにも死者はいない。

 これは火を運ぶ台風(アグニール)の観測史上初めてだそうだ。


 町の被害は大きいが、住人たちは力強く復興作業を進めていた。


 ――


 翌日も港へ手伝いに行く。

 市場で昼飯を食べていると、突然強い力で右肩を叩かれた。


「いてっ!」

「おい、マルディン!」

「な、なんだ。イスムかよ」


 イスムは漁師ギルドのギルマスだ。

 アラジ爺さんや町長クシュルと幼馴染だが、太い腕に厚い胸板は老人に見えない。

 それもそのはず、イスムは現役の漁師だった。


「アラジの件は感謝するぞ」

「いいってことよ。あ、じゃあさ、ちょっと頼みがあるんだけどいいか?」

「おう、いいぞ。なんでも言ってみろ」


 台風の後は巨大魚が活発化すると聞いた。

 実は午後から、フェルリートとアリーシャと俺の三人で釣りをする予定だ。


「釣りを教えてくれ」

「釣りだと? もちろんだ! むしろお前に釣りを叩きこもうと思ってたんだ! がはは!」


 豪快に笑うイスム。


「俺の竿をくれてやる。使え」

「え? い、いいよ」

「遠慮すんな。この町の竿職人が作った業物だぞ。アラジを救った礼だ」

「ふう、分かったよ。ありがとう」


 しばらくすると、フェルリートとアリーシャが来た。

 二人とも自分の竿を持っている。

 さすがは港町の住人だ。


 俺、フェルリート、アリーシャ、イスムで港の釣り場へ移動。

 漁師ギルドのギルマス本人が、一番釣れる場所だと教えてくれた。


 さっそく針に餌を取りつけ釣りを開始。

 餌は土這蚓(ロズワム)という地中にいる小さな細長い昆虫だ。


「マルディン、私って釣り上手いんだよ?」

「そのフェルリートに釣りを教えたのは、私ですから」


 二人は次々と魚を釣っていく。


「マルディン! お前はさっきから何も釣れないじゃないか」

「く、くそ!」


 イスムに教わった通りやっているが、全く釣れない。


「わっ! 凄い引きがきた!」

「フェルリート! それ大剃鯵(フーレル)ですよ! 大物です!」


 フェルリートが一メデルトほどの大剃鯵(フーレル)を釣り上げた。

 両手剣(グレートソード)のように真っ直ぐ銀色に輝く大剃鯵(フーレル)

 イスムも唸っている。


「フェルリート! 大物釣ったな!」

「どう、マスター? 私凄いでしょ!」

「お前漁師やれ! お前なら人気の漁師になれるぞ! 稼がせてやる!」

「嫌だよ! 私は冒険者ギルドで働くの!」

「がはは。いつでもこっちに来ていいからな」


 釣り続けるフェルリートとアリーシャ。


「がはは。火を運ぶ台風(アグニール)が過ぎ去った後は特に釣れるからな。誰でも簡単に釣れるぞ。どんどん釣れ! 漁師ギルドで買い取ってやるぞ!」

「えー、でも誰かさんは釣れてないよ?」

「本当ですね。凄く良い竿を使っているというのに」


 三人に嫌味を言われた。


「くそ!」


 想像以上に釣りは難しい。

 糸巻き(ラフィール)の方が遥かに簡単だ。


「見て! あの魚影!」

「あ、あれは! まさか!」

「ここに姿を現すとはな! おい! 釣るぞ!」


 三人が驚いている。

 フェルリートが指差す方向を見ると、巨大な魚影が見えた。

 釣り上げようとイスムまで竿を垂らす。


「見てろよ!」


 俺はそっと右腕に糸巻き(ラフィール)を装着。

 そして(フィル)の先端に銛をつけた。


「今だ!」


 海面に見えた魚影に向かって(フィル)を発射。

 魚のエラを撃ち抜いた。

 手首を動かし、一気に巻き取る。


「うりゃああああ!」


 体長三メデルトはある巨大な魚が宙に舞う。

 そのまま地面に落ち、大暴れする巨大魚。


「見ろ! 釣ったぞ! 今日一番の大物だ!」

「何それ! ズルいよ! バカ!」


 フェルリートが両手で俺の背中を叩いた。


「もう釣りじゃありませんよ? フフ」


 アリーシャが笑っている。


「何だそれは! 釣りをせい!」


 怒鳴るイスム。


「あっはっは! 結果が全てだ! これが漁だ!」

「全くもう……。すぐ締めますね」


 解体師のアリーシャが即座に締めて、エラを切り血抜きした。

 さすがの手つきで、イスムも感嘆の声を上げている。


「ねえ、マスター。これ岩頭鮪(ファグナロ)だよね?」

「そうだ。これほどの大物が港に近寄るなんて信じられん。間違いなく火を運ぶ台風(アグニール)の影響だな。金貨三枚で買い取っていいぞ」

「えー! 凄い!」


 あまりに高額な金額に、フェルリートが驚いている。


「なあ、アリーシャ。これ美味いのか?」

岩頭鮪(ファグナロ)は信じられないほど美味しいです。生でも美味しいですし、煮ても焼いても何でも美味しくできますよ」

「そうか。じゃあ捌いてくれよ。せっかくだし、皆で食おうぜ」

「フフフ、分かりました。でもこの大きさだと数十人、いや百人分くらいありますよ?」

「んじゃ、港でパーティーしようぜ」


 俺はイスムに視線を向けた。


「おお、いいぞ。何なら今日上がった魚も出す。夏の始まりを記念して、漁師とその家族全員でパーティーだ。台風一過ならぬ、台風一家でパーティーだ。がはは」


 腰に手を当て、豪快に笑うイスム。

 言ってることは恐ろしくつまらない。


「お、あいつらが帰ってきたな。ちょうど良い。パーティーで出迎えてやろう」


 イスムが海に向かって指を差す。

 翠玉色に輝く宝石のような海に、何十隻もの漁船の姿が見えた。


「おお! 壮観だな!」

「大漁の旗を掲げてるぞ。期待できそうだな」


 火を運ぶ台風(アグニール)の発生で、他の海域に避難していた船団の帰港だ。

 船団を眺めていると、アリーシャが俺に岩頭鮪(ファグナロ)の刺し身を出してくれた。


「マルディン、一番美味しいところを切りましたよ。最初にどうぞ」


 アリーシャが切り取った厚い切り身。

 一枚手に取り、口へ運ぶ。

 魚とは思えないほど濃厚な赤身、溢れる甘い脂。

 噛んだ瞬間、一瞬で溶けてなくなった。


「う、うっめー! 何だこれは!」


 これはヤバい。

 いくらでも食べられる。

 俺はすぐにもう一枚掴む。


「ずるーい! 私も食べたい!」


 フェルリートが俺の腕を掴み、そのまま切り身を口に入れる。


「うわー! 美味しい!」

「おい! フェルリート! 横取りすんな!」

「フフフ、たくさんありますよ」

「がはは。俺にも食わせろ!」


 俺たちは大騒ぎしながら岩頭鮪(ファグナロ)を食べ、パーティーの準備に取りかかった。


 海に沈みゆく太陽。

 俺は緋色に染まった空を眺める。


「これから毎年火を運ぶ台風(アグニール)を経験するのか。恐くもあり……楽しみでもあるな」


 火を運ぶ台風(アグニール)が運んできたものは、人間ではどうにもならない自然の驚異と大災害。

 美しい空と、夏の始まり。

 そして、驚くほど美味い魚だった。

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