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第33話 台風が運んでくるもの5

「さっきよりもさらに風が強いぞ!」


 偵察時よりも強風が吹き荒れている。

 俺は大声で叫んだが、猛烈な風でかき消された。


 町役場は風上だ。

 左手を顔の前に出し、重心を落としながら暴風雨を進む。

 焦らず慎重に、だが急いで町役場を目指す。


「ヤバすぎんだろ!」


 叫んでも誰にも聞こえない。

 俺の身体が浮くほどの突風が襲う。

 とっさに(フィル)を発射し、目の前の街路樹へ鉤を引っかけた。


「あ、危なかった」


 この強風だと、風上に発射した(フィル)は押し戻される。

 だが、糸巻き(ラフィール)の発射速度を最大に設定することで、五メデルト程度なら飛ぶことが分かった。

 俺は前方の街路樹や建物などに(フィル)を発射し、巻き取りの力を使用しながら少しずつ前進。


 凄まじい風だが、俺はなぜか懐かしさを感じていた。

 騎士団時代の行軍を思い出していたからだ。

 猛烈な吹雪の中で行われた雪中行軍。

 十歩進むだけでも相当な時間がかかっていた。


「寒さがない分、こっちの方がマシだぜ」


 もちろん比較なんてできない。

 ただの強がりだ。

 人生で初めて経験する台風の猛烈な暴風に対し、気持ちで負けるわけにはいかない。


 ――


「見えたぞ!」


 ようやく町役場が見える距離まで来た。


「二階に穴が!」


 二階の一部が破壊され、直径二メデルトほどの大きな穴が空いている。


 いつもの数倍の時間がかかりながらも、無事町役場に到着。

 町役場も冒険者ギルドと同じように、雨風に影響されない裏口がある。

 台風が多い地域の特色だ。


「ふうう、やっと着いたぞ」


 トンネルのような廊下を進み、扉に手をかける。

 三枚の扉で仕切られている裏口。

 外扉、中扉、そして三枚目の内扉を開け建物内に入った。

 建物内は混乱しており、崩壊した二階の一部を封鎖するために大勢で板や土のうを運んでいる。


「町長! 町長はいるか!」


 ずぶ濡れのまま廊下を進み大声で叫ぶと、顔見知りの漁師が足を止めてくれた。


「マルディンか!」

「町長はどこだ!」

「救護室にいるぞ!」

「救護室?」

「ああ、怪我をした。廊下の突き当りを左に行け」

「分かった! ありがとう!」


 俺は廊下を走り、救護室の扉を開けた。


「町長! アラジ爺さんの救助に来たぞ!」

「マ、マルディンか」


 ベッドに横たわっていた町長が、ゆっくりと上半身を起こす。

 頭に包帯を巻いていた。


「大丈夫か?」

「ああ、大したことはない」

「悪い。時間がない。状況を教えてくれ」

「アラジと崩壊した二階を補修していたんじゃ。そこへ信じられない突風が吹いての。儂は壁に打ちつけられ、アラジは崩壊した壁穴から外へ飛ばされたんじゃ」

「何だって! アラジ爺さんは二階から飛ばされたのか!」

「そうじゃ」

「救助の状況は?」

「ここに避難していた漁師が救助に出たが、あまりにも危険で救助は中止した」

「賢明な判断だ。二次災害が出るからな。あとは俺に任せろ」

「マルディンよ、アラジを助けてくれ。お願いじゃ。親友なんじゃよ。六十年のつき合いなんじゃ」


 瞳に涙を浮かべ、うつむきながら両手を握りしめる町長。


「もちろんだ!」


 俺は救護室を出て、二階へ向かった。

 アラジ爺さんが飛ばされた状況を確認するためだ。

 壁の仮補修は終わっており、ひとまず雨風の侵入は防げている。


「この壁穴か。この方角だと東へ飛ばされたか。アラジ爺さんの体重、突風の強さを考えると、この先の中央公園ってとこだな」


 俺はすぐに一階へ戻り、裏口から外へ出た。


「ま、また酷くなってやがる!」


 公園に向かって歩くが、猛烈な風にさらされ、目を開けるどころか呼吸すらままならない。

 雨風は全方向から吹きつける。

 雨が下から降るなんて、常識では考えられない現象だ。

 さらに時折吹きつける突風は、俺の体重を簡単に浮かせる。


「公……園……だ!」


 なんとか公園に到着した。

 一旦振り返り、アラジ爺さんが飛ばされた町役場の部屋を確認。

 風向きを考え、公園内の雑木林に視線を向けた。

 雑木林に引っかかっていれば、救助の可能性は格段に上がる。

 腕を顔の前に出し、目を細めながら雑木林を隈なく探す。


「いた! アラジ……爺……さん! 爺……さ……ん!」


 木の枝に引っかかっているアラジ爺さんの姿を発見した。

 地上から高さ十メデルトの位置だ。

 意識がない状態で、あの高さから落ちたら大怪我では済まない。


「危な……い!」


 突風が吹き、アラジ爺さんの身体が大きく揺れた。

 このままでは落ちるのも時間の問題だ。

 俺は右手の糸巻き(ラフィール)に視線を向けた。

 爺さんに(フィル)を引っかけ巻き取る。


 (フィル)の発射速度は最大のまま、爺さんの身体に(フィル)が巻きつくように発射。

 しかし、強風で(フィル)が大きく流れてしまう。


「くそっ!」


 狙いが定まらないことで、先端の鉤が爺さんに当たってしまう危険性もある。

 作戦を変更し、俺が直接登ることにした。


「急……げ!」


 まずは地上から三メデルトほどの高さにある太い枝に(フィル)を発射。

 即座に巻取り枝の上に着地。

 しかし、強風で煽られ枝から投げ飛ばされた。


「うわっ!」


 空中に投げ出された俺は、とっさに別の枝に向けて(フィル)を発射。

 巻き取ることで何とか枝に着地し、すぐにしがみつく。


「あ……危ねえ」


 (フィル)の強度と、糸巻き(ラフィール)の巻取り機構の強さに助けられた。


「集中……だ」


 枝から飛ばされないように細心の注意を払いながら、(フィル)を発射し頭上の枝に着地。


「ぐ、ぐうう。か、風……が……」


 八メデルトくらいの高さだが、地上よりも遥かに風が強い。

 爺さんがこれほどの強風にさらされているとは思わなかった。

 急がないと飛ばされてしまう。


 スピード勝負だ。

 枝にしがみつきながら(フィル)を発射し、爺さんが引っかっている枝に着地。

 すぐさま爺さんの身体を抱える。


「よしっ!」


 爺さんの意識はないが、呼吸はある。

 怪我の状態は分からない。

 だが、生きているならどうとでもなる。

 俺は過去の救助活動で、どうにもならない状況を何度も経験していたから。


 あとは下りるだけだ。

 その瞬間、猛烈な風が俺たちを襲う。


「うおおおっ!」


 俺と爺さんは宙に投げ出された。

 爺さんを左腕に抱えながら、とっさに(フィル)を発射。

 狙い通り鉤を枝に引っかけたが、風に煽られ凧のように空中を彷徨う。


 (フィル)を巻き取ろうにも、右手一本だけで俺と爺さん二人の体重を繋ぎ止めているため、手首を回すことができない。

 だが暴風は容赦なく、俺たちの身体を上下左右に大きく振り回す。


「ぐぐ! や……やば……い!」


 そろそろ腕が限界だ。

 このままでは肩の関節が外れ、腕がちぎれるかもしれない。

 今の状態で糸巻き(ラフィール)を取り外すことは不可能。

 腕にしっかりと固定する籠手(ガントレット)タイプが裏目に出た。


 何度も繰り返す突風で、俺の身体は空中でもみくちゃにされている。

 (フィル)を引っかけた木が大きくたわむ。


「これ……だ!」


 木が折れるかもしれない。

 そうすれば、俺たちは地上へ下りることができる。

 俺はあえて大きく身体を揺さぶった。


「折れろっ!」


 何度も繰り返すと、突風の力と俺の力が相まって思惑通り幹から木がへし折れた。


「うおおおお!」


 完全に空中へ放り投げられた俺と爺さん。

 突風に飛ばされながら(フィル)を巻取り、もう一度発射。

 別の木に鉤が引っかかる。

 だがその直後にモンスター級の暴風が襲いかかり、木は根から抉り取られた。


「ウソ……だろ!」


 大きく飛ばされる俺たち。

 このままでは地面に叩きつけられる。

 即座に周囲を見渡すも、もう雑木林から離れてしまった。

 鉤を引っかける場所がない。


「爺さ……んは……守る!」


 俺は両腕で爺さんを抱え、背中から落ちるように身体を捻る。

 全身に力を込め、背中を丸めた。

 軽鎧(ライトアーマー)で衝撃を受け切れば、多少の打撲で済むはずだ。

 腰はまた痛めるが構わない。


「え?」


 地面に衝突する直前で、モンスターが咆哮を上げたかのような轟音と同時に、猛烈に吹き上げる暴風。

 俺たちを守るかのように受け止めた暴風は、一切の衝撃なく、大人二人を優しく丁寧に地上へ着地させてくれた。


「はあ、はあ。こん……なことって……あるの……か」


 自然の猛威に弄ばれたような気がする。

 人間の力なんて遠く及ばない巨大台風。


「はは……。ありが……とう」


 これまで散々苦しめられた暴風に感謝した。


 爺さんを背中に背負う。

 (フィル)を引っぱり出し、背中から腰に何重も巻きつけ、爺さんをしっかりと固定。

 暴風の中、俺たちは町役場へ戻った。

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